Word 5 何も知らない
ジョーはニコニコしていた。お母さんはやれやれみたいな表情をしていた。
違うよね?私狙われてるんだよね?百歩譲って私狙われて無かったとしてこの状況はテロだよね?
「大丈夫よ!元とはいえ神代七で一番エロスで一番目立ちたがり屋の私がいる限り誰も傷つけさせやしないから!言っちゃった!嫁入り前なのにエロスの化身て言っちゃった!」
先生。大丈夫かな。Bのワードの男は困惑しながら周りを見渡している。ジョーとお母さんと先生以外は伏せているから良く見える。
「オロオロするなら人の門出を邪魔しようなんてしちゃダメよ?」
ねっとりと余裕をたっぷり含んだ口調で男に先生が話しかけた。男が口を開いた。
「今だぞ!やれ!」
伏せていた人の何人かが立ち上がる多分10人位。銃を持っている男が3人ほど、何も持っていない男が7人ほど。
「ワード解凍!V(バイオレンス)!」
男の体がみるみる肥大化していった。
「ワード解凍!B(ボム)!」
男の掌からはみ出る程の光の弾が出来上がった。
「ワード解凍!P(パペティアー)!」
男の手から伸びた糸の様な物が伏せている周りの人の体に括り付けられている。
銃を持った男達は先程と同じBのワードだったと思う。残りの男達もインテレクトらしく何かのワードを叫んでいた。
ジョーは動く気配すらない。お母さんは私をじっと見つめている。先生は
「ちゅうもーく!」
先生の気怠げでねっとりした声が広場に響いた。
「あのさぁ。バイオレンスの彼が何人かヤッちゃって、ボムの彼が動くな!全員吹き飛ばすぞ!ってなって、パペティアーの彼がこいつらがどうなっても良いのか!みたいにあたしに迫ってバレットの彼らがベルちゃんを撃つみたいな計画なんだろうけど」
先生は一呼吸置いて続けた。
「やりたい事は早くした方がイイよ?瞬きする間にヤッちゃうから」
その表情は恍惚としていて口調のねっとり具合は今までの3倍くらいはあった気がする。獲物をゆっくり飲み込む蛇の様に冷たい目をしていた。
異変が起きた。
バイオレンスの男の顔が何かに怯ている。時折肥大化した手を振り回し何かを払っている。立ち上がっていた男達も同様の動きをしていた。
「あたしのワードT.T(最恐教師)。生物の根源的な恐怖を教え込み相手の精神を壊すチカラ。もうあなた達は廃人同然。残念でした」
一瞬で事が終わった。恐らくは2〜3分くらいの出来事。男達は呻きながら人をかき分けて広場の近くの橋から次々と身を投げていった。男達の亡骸を見た人の話だと恐怖にひきつるって言ってたかな。見たこと無い表情だったらしい。
ヤッた張本人はというと。
「久々の2文字解放!快感絶頂カタルシス!」
この人はやっぱりどうなってるんだろう?
「ベルちゃん!」
先生が駆け寄って来て私を抱きしめた。お母さんとは違うけど優しい匂いがした。
「怖かったでしょう?怖かったわよね?でももう大丈夫。これから先はもっと怖い思いするから。あれ?あたし何か違うか!」
やっぱりどうかしてる。と思った瞬間だった。少し声を下げて先生が囁いてきた。
「大丈夫よ。皆が祝福して皆が護ってくれるから。安心なさい」
「あっ。はい。ありがとうございます」
「よし」
短い会話だった。でもやっぱり先生は優しい人だった。笑いのセンスは合わないけれど。
「ジョー君?ちょっと」
先生がジョーを呼んでいる。
少し離れた所からニコニコしながらトコトコジョーが歩いて来た。
先生はジョーの襟元を捕まえて耳打ちをしている。
「さっきさ。なろうともしなかったよね?」
「えっ?だって弱いインテレクトだったッスよ?まだアイツの出番じゃないッス!ピクリとも来なかったッス!」
「そう。でもあなたも神代七。双子の、魔女の護衛よ。出す時はしっかり出しなさい」
「もちろんッス!その時は遠慮なく!」
先生から解放されたジョーは少し困った様な照れた様な笑顔を浮かべていた。そして私の隣に立って叫んだ。
「皆さん!ゴタゴタしましたが(元神代七)マリアン先生が悪漢を退治してくれたッス!盛大に目立ちたがり屋に拍手を!」
万雷の拍手。先生に向けて。先生は謙遜とか遠慮とか一切、ただの1ミリすら無く拍手を浴びていた。
「ただ!今日の主役はこっちッス!ベルさんッス!」
あっ。もうこっそり旅立ちたい気持ちだったんだけどな。もう先生の悪者退治がメインディッシュで大丈夫だと思ってたのに。
「さぁ!ベルさん!さっきの続きをッス!」
そういえば決意表明の途中だったね。
ふとお母さんを探すとちゃっかり最初の位置に立っていた。 相変わらず優しい目をしている。ゴタゴタなんて無かったかの様に。
「えっと」
「私は今日。私の一歩目を踏み出します。自分の謳歌のために。その一歩目が誰かの邪魔になるかもしれない。誰かの不利益になるかもしれない。でも私も謳歌したい。そのための一歩目なんです。今日まで育ててくれたお母さんに感謝します。暖かく接してくれた皆さんに。私を受け入れてくれた世界に感謝します。私の謳歌が皆さんと共に歩む為の
謳歌である事を願って歩き出します。ありがとうございました」
さっき先生に贈られた拍手よりも大きな拍手。
「また戻っておいでよ!」
「ベルの謳歌に幸あれ!」
「頑張るんだよ!」
色々な背中を
押す声が私を打った。
お母さんの元に歩み寄る。お母さんは私の手を取った。
「ベル。お母さんは待っているね。全てが終わったら戻っておいで。最愛のベル。妹にもよろしく伝えて。何かあれば連絡をね。気をつけて」
泣きそうだな。でも大丈夫。泣かないの。お母さんが泣いているから。
「ジョー君。ベルをお願い。他の神代七の皆さんにもよろしく伝えて」
「了解ッス!ご安心を!」
「貴方の謳歌に幸あれ」
「ウードさんの謳歌に幸あれッス!」
ジョーは私に向き直ってきた。
「さぁ!ベルさん!冒険に出発ッス!皆さん!骨砕ける程の拍手でベルさんを送って欲しいッス!」
私とジョーは女神の広場から拍手を背に受けながら去っていった。去って。どこに?
「ジョー?私達はどこに行くの?」
「言い忘れてたッス!他の神代七の宮に行って7人揃えてレッツゴーッス!」
「そうじゃなくて。妹のいる所はどこなのかなって」
「言い忘れてたッス!パート2ッス!この街の外の森の奥にある安寧の塔ッス!オブザーバー曰くそこッス!」
この街の外は4方が森で囲まれている。森は街から離れれば離れる程危険らしい。安寧の塔があるのはその森の端。治安は最悪な所らしい。学校でそう教わった。
ジョーが思い出した様にメモを渡して来た。
「神代七の事ザックリ書いておいたッス!これから会う参考にして欲しいッス!」
渡された手紙は次の様な内容だった。
・1.太陽ーリィズ・イズ
・2.月ーG太郎
・3.火星ー俺ッス
・4.水星ーハルカ
・5.木星ージュダス・キャピタル
・6.金星ーラヴ・ラヴ
・7.土星ーフェイタルレッド
惑星はあまり関係無いッス!でも太陽だけはその代の神代七で一番ワードの破壊力が高い人が選ばれるッス!分からない事は俺まで! ジョー
うん。全く分からないけど名前は分かったかな。
「この人達に今から会うんだよね」
「そうッス!俺以外は皆さん一撃必殺!呉越同舟!四面楚歌!の猛者ばかりッス!」
色々気になるけど。とりあえず
「先ずは誰から?」
「一番近い太陽の宮!イズさんからッス!」
何も知らない。自分の事すら知らない。そんな私の一歩目が始まるよ。お母さん。
女神の広場
「行ったみたいね」
「えぇ。いなくなるとこんなに寂しいモノなのね」
「ウード。あんた自分の事はベルちゃんに伝えてるの?」
「あたしの?うーん。昔の事は何も言ってないかもね」
「うしろめたいワケじゃないんでしょ?なんで教えてあげなかったの?」
「言いたく無いとかじゃないわ。マリアンは言った方が良いと思う。あたしは言わない。ただそれだけの違いよ」
「ふーん。まぁあんたの母娘関係だから良いんだけどね」
「マリアン久々にT(テラー)のワード使ったんでしょ?少し出力が落ちてたわね」
「やっぱり久々はダメね。昔なら即死!みたいな!恐怖で即死!は無理か!」
「でも精度は良かったんじゃない?ピンポイントで当ててたし」
「(元)神代七だしね。まぁそれくらいはね」
「さて。あたしもお家に戻ろうかしら。久々に話せて良かったわ。マリアン」
「あたしもだよ。また時間あったらゆっくり呑んだりしようよ。時間はあるでしょう。まだまだ見た目もイケるんだしたまには羽目を外してさ」
「外す羽目は結婚した時に外したからもう外す羽目は無いわよ」
「昔とは違うってね。ウード。あんたもたまにはワード使っときなさいよ?まぁしきたりじゃベルちゃんに譲渡したんだろうけど。片鱗くらいは使えるでしょ?」
「機会があれば考えとくわ。ありがとうマリアン」
「あたし達の代の太陽様だからね。落ちぶれて欲しくないってだけよ。神代七様」
「マリアン。あたしも(元)よ」
「お互いね。それじゃあまたねウード」
「またね。マリアン」
ベル。あなたはまだ知らない事だらけ。これから知ると良いわ。経験。選択。決断。その全てがあなたの、私達の路。楽しみましょう。楽しんで。ベルの謳歌に幸あれ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?