杓(しゃく)おくれ (全1回)



今日はね、瀬戸内海で長い間、漁師さんをしていたおじいさんに海の上で出会った幽霊のお話しを聞かせてもらったんだよ。讃岐地方(香川県)に伝わる怖いお話しさ。

ポンと昔々。
「いつの日じゃったかな。お昼もだいぶ過ぎた頃じゃよ。生暖かい風も吹いてきてな、雨もポツリポツリ落ちてきたんでな、遠く雲を見ていたんじゃよ。あたりは薄暗くなってきてなぁ、そしたらよ。一艘(いっそう)の船がこっちにぐんぐん来るのが見たんだ。こりゃ危ない、ぶつかるって思ったんじゃよ。そしたら、ふんわか横を通り過ぎたんじゃよ。そん時、なんか声が聞こえたんじゃ。よく見れば目の前に船が泊まっててな、しかも船の帆が反対についてるんじゃよ。でな、{杓(しゃく)おくれ、杓おくれ}こう言うたんじゃ。しょからびいよ、しょからびいが船ん中から、杓おくれと言うてるんじゃ。しょからびいってのは、船幽霊のことよ。海でな死んでいった古い仏さんたちが迷って呼んでいるんじゃとよ。やまじって呼んでいる南風が吹いてくるとな、船が流されて、しょからびいとかな、沖幽霊(おきゆうれい)迷い船なんかが出てくるんじゃよ。そうして、ワシらを迷わせるんじゃ。杓を渡してやるとな、そうよ、杓ってのは、柄杓(ひしゃく)のことよ。船ん中に入った水を外に掻い出す(かいだす)ために皆持っているもんじゃよ。そいつを渡すと、ごいごい海の水を船ん中に入れられて沈められてしまうんじゃ。だからな、杓の底を抜いたもんを渡してやるんじゃ。底なしの柄杓よ。そいで、念仏唱えながら、船廻して浜へ向かって逃げたんじゃよ。

あと、こんな事もあった。あん時もやっぱり、やまじが吹いてな、船が流された時よ。船の周りに青い火が、ぼーっぼーっと浮かんどるんじゃ。なんじゃ?とその青い火を見てたらな、その火ん中から、細い手がな、そうよ何本も細い手がひょろりひょろりと出てきてなぁ、それが海の手よ。海で迷ってる仏さんたちの手よな。ワシのじいさまから聞いたんじゃよ。
{杓おくれ、杓おくれ}と仏さんたちが言うんでな、青い火はなかなか消えんかったよ。そいだから、底を抜いた杓をな、海ん中へ投げてやったんじゃ。しょからびいの声はな、人間の声とも違ってな、寒気がする声なんじゃよ。あぁ、おっかなかったなぁ。

さぁ、今日も怖いお話しだったね、
急いで寝ちゃおう。
最後まで聞いてくれてありがとう。ポン!

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