見出し画像

誇りか、やりがいか、報酬か

最近よく聞く有料ラジオで、『なるほど!それは面白い考えだ!』と思ったことがある。

仕事で得られるものは、【誇り、やりがい、報酬】の3つだが、それらは3つ全部、得ることは出来ない!というものだ。

誇りとやりがいのある仕事なら、報酬は少なくなり、反対に報酬の高い仕事は、誇りとやりがいがもてなくなる、という考え方だ。

そしてほとんどの人は、報酬のために働いているにもかかわらず、誇りや、やりがいまで求めてしまうため、報酬の少ない仕事についてしまっているらしい…

確かに、給与は低いが、その分、誇りとやりがいがあるから、頑張れている人間は多い気がする。

それでいうなら、給与が低いのに、誇りもやりがいも無い仕事なら、早く転職したほうが良いということだろう。

自分の場合は、最初から誇りや、やりがいではなく、いかに仕事が楽かどうか…つまりコスパが良いか悪いかで決めているので、誇りや、やりがいは無い…というかそんなこと考えた事もない…

それでも介護施設の宿直をしている時は、自分より10才〜20才若い人が、高齢者の相手をしているのを見て、よく感心していた。


おそらく、彼、彼女らは誇りをもって仕事をしているのだろう…そうでなければ報われない。


最近またバイトを追加した。
障がい者の人が共同で暮らす一軒家で、その人達の生活をサポートする、世話人という仕事だ。


老人ホームの宿直と時間帯は同じだが、こっちは世話人という言葉通り、入居者のお世話をする仕事になる。

今まではコスパ第一に考えて、そのように疲れる仕事は敬遠していたが、もしかしたら自分も若者に感化されて、誇りや、やりがいを求めてしまっているのかもしれない…

正直、宿直中に頑張っている若者を見て、自分だけ楽をして、少し後ろめたさというか、罪悪感のようなものを感じていた。

自分で選んでやっていることだから、そんな風に考えること自体間違っているのだろうが、わざわざ考えてしまう…


こういう思考回路が、普通のサラリーマンではジャマになり、自ら生きづらくしているのだろう。

何にせよ、次はダイレクトに人間相手の仕事になる。必要以上に責任感を、感じてストレスを溜めないよう働く前から心がけてないといけない。


年初のファミレスでの、デリバリーバイトでは、小さなミスを度々つつかれて、精神的に消耗して辞めることになった。

その時の二の舞にならないように、悪い思い出(トラウマ)にならないように適度に頑張りたいと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?