Report『可能性の姿』#1

※お読みいただく前に……

まずはこの記事にたどり着いていただき、本当にありがとうございます。予防線を張るようで申し訳ございませんが、下記注意に目を通していただき、それでもOKという方のみ閲覧いただくことを強く推奨いたします。

①細かい世界観の書き込みはありません。そういうものとしてください。

②お楽しみいただくためには、BLEACH(特に涅マユリ)およびウマ娘(特にアグネスタキオン)の事前知識が必要です。ご了承ください。

③BLEACHの時間軸は、千年血戦編終了後となっています。ネタバレを多分に含みますので、本編読了前の方はご注意ください。

④登場人物のキャラ崩壊については、両作品のファンとして許せる範囲内でおさめているつもりですが、あくまで作者の感覚に基づくものですので、お気を悪くさせた場合は大変申し訳ございません。

以上、何卒よろしくお願いいたします。

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ープロローグー

毒々しい緑色の液体に浮かぶ肉塊、ゴウンゴウンという低い機械音、様々な薬品の混じった独特の匂いーーそれが世界の日常。壷府リンは、スナック菓子の油を死覇装の裾で拭い、その日常の中を歩いていた。

「こ、こちらです」

そんな日常に突然の来訪者。黒崎一護たちが頻繁に尸魂界に訪れるようになってから、人間がこちら側に来ることは多くなったため、それ自体は最近しばしばあることだ。しかしながら、この技術開発局に"健康体"の人間が訪れることはそうそうない。

「まったく、大事な時期だっていうのに……」

人間は、いわゆる現世での正装をしていた。そういえば、現世に派遣された日番谷先遣隊のうち、阿散井副隊長や班目副隊長が「かっこいいから」という理由で尸魂界に持ち帰っていた気がする。スーツ、そうスーツだ。おいそれと購入できるものではないため、補修のために技術開発局に持ち込まれていたので見覚えがある。

人間は少し苛々しているようだったが、これまでの経緯を考えればそれも無理はないだろう。

「ここを右ーーあっ、壁は触らないでくださいね!持っていかれますから」

向かっているのは"もう一人の来訪者"の部屋。技術開発局内部は、複雑で分かりにくい構造をしているだけでなく、侵入者が中枢部へと簡単にたどり着けないように、時間経過で回廊がランダムに組み替わる機構が備わっている。隊員に支給されている専用のレーダーを使用しなければ、永遠に建物内を彷徨うことになるだろう。先の大戦でここも甚大な被害を受けたため、セキュリティ対策がより一層厳しくなったということだ。尤も、前のように瀞霊廷ごと作り替えられた場合は全く意味を為さないのだが。

「こちらの扉が入り口です」

技術開発局最奥部。隊長室の近くにあるのこの研究室は、隊長自らが"もう一人の来訪者"を迎えるために造ったものだった。普段他人のために何かをすることがほとんどない彼がここまで手を尽くしているのは、来訪者と研究者同士の誼を通じている以外にも理由がある。「関係者以外ノ入室ヲ禁ズ」という札のさがったこの扉の向こうに、彼女は居る。人間は少し荒っぽくノックをして、部屋の仮主を呼んだ。

「やぁ!遅かったじゃないか、トレーナー君。今手が離せなくてね。勝手に入って来てくれたまえよ!」

扉越しに、高揚した彼女の声が響く。リンは思う。普段は頑なに他者の入室を拒む彼女が、実験中で手が離せない、邪魔をされたくないこのタイミングでこうもやすやすと招き入れるのかと。

「いいか?入るぞ」

リンは慌ててセキュリティカードを探す。懐に手を入れるが、あるべき場所にカードはない。ひとしきりあたふたしていると、スーツの人間が困ったように声をかけてきた。

「あ、あの…さっき右の袖に入れてましたよ」

「ああっ、ごめんなさい!今すぐ開けますから」

ピピッと認証音が鳴り、ロックが解除される。重い扉がゆっくりと開いていく。その部屋の中にはーー

「見たまえ!これが可能性の姿さ!!」

全身煌々と輝くウマ娘が居た。

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ー第一幕ー

「で、どういうわけか説明してくれるかい?」

十二番隊隊舎、貴賓室。研究室から引っ張り出してきた担当ウマ娘は、濃い緋色の目を一際輝かせた。久しぶりに会った彼女が最初に所望したのは、淹れたての紅茶。尸魂界にわざわざ茶葉を持ち込んで正解だった、と俺は思った。

「偉大なウマ娘というのは、輝いて見えるものだよ」

彼女の目と同じ色をした紅茶を、ティースプーンでくるくるとかき混ぜながら彼女は言う。カップから立ち昇る湯気が、タキオンの前髪を掠め撫でていく。

「まぶしい理由のほうは訊いてないんですけど?」

超光速のプリンセス、アグネスタキオン。大事なレースを一か月前に控えたタイミングで、彼女は忽然と姿を消したのだ。トレセン学園中を探してみたが、影も形もなかった。まさか尸魂界に居たとは。

「それについてはすまなかったと思っているよ。でもねぇ、ここには私の好奇心をくすぐるものが多くてねぇ、いてもたってもいられなかったんだよ」

前回瀞霊廷に訪れた時、タキオンは技術開発局に強い興味をもっていた。その時はトレセン学園総出での交流会だったため、「いやだ、帰らない!ここで存分に研究させておくれよ!!」と駄々をこねるタキオンを、マンハッタンカフェとともに引き摺って連れ帰ったのだった。だが、彼女の研究欲は限界を迎えてしまったらしい。

「それにあの眼帯の総隊長だって『またいつでも遊びにおいで』と言っていたじゃあないか」

尸魂界は、外の世界に開かれつつあるらしい。ある死神たちの反乱や特殊な力をもった人間たちの一件があってから、現世(こっちの世界の事を指す言葉らしい)へ派遣される死神の数が増えた。彼らの現世での活動を円滑に進めるため、現世の文化や流行を積極的に取り入れようとしている向きがあるという。この内容は秋川理事長から聞いた情報そのままだが。そういわれてみれば確かに、ガングロギャルみたいな死神も見かけた。あれほどステレオタイプなギャルは、もはやこっちの世界では絶滅危惧種だと思うのだが、ダイタクヘリオスとわいわいしていたのは何となく微笑ましかった。

『最近じゃあ、上の方も結構後押ししてくれているからね』

護廷十三隊総隊長、京楽春水はトレセン学園幹部との顔合わせでそう話していた。なんでも先の大戦で、中央四十六室とかいう中枢機関のメンバーがごっそり入れ替わったことに、前回のトレセン学園と尸魂界の交流会は端を発しているらしい。逆に尸魂界のロンドン支部では以前からしばしば交流会がおこなわれていたらしく、エイシンフラッシュが帰省ついでに参加しているという噂を聞いたことがある。なぜか担当トレーナーも一緒だったらしいが。

ふふん、と鼻を鳴らし、勝ち誇ったようにタキオンが紅茶をすする。

「いや、許されているからって、タイミングってものがあるだろ。それに無断でーー」

「無断とは失敬な」

彼女の反論は俺の言葉尻をかき消した。

「ちゃんと手紙を君の机に置いておいたろう?」

スーツの内ポケットにしまっておいた一枚の紙きれを取り出す。そこには何も書かれていなかったが、タキオンの行方について何かの手掛かりにならないかと思い、とりあえず回収しておいたものだった。

「いや…これじゃ何のことかさっぱりだよ」

俺が紙を机の上に広げるのを見ると、彼女はやれやれと肩をすくめた後、残りの紅茶を一気に飲み干した。

「私のモルモット…もといトレーナーともあろうものが、この紙切れに可能性の一つも見いだせないとは…心底残念だよ」

芝居がかった口調でそう言うと、タキオンはどこからともなくライターを取り出した。紙を取り上げると、ライターでゆっくりと炙っていく。すると、じわじわと文字が浮き出てきた。

「こういうアナログなのが、君にはいいとおもったんだがねぇ」

   "二週間で戻る

             タキオン"

「炙り出しか…!って、これでも情報少なすぎるだろ」

「兎にも角にも無断じゃあない。この議論は私の勝ちでいいね?それと、紅茶のおかわりをくれるかい?」

「ぐぬぬ…」

先程まで、元気そうなタキオンの姿を見て少し安心していたが、ここまでしておいていつもの調子の彼女にやっぱり腹が立ってきた。

紅茶をカップに注ぎながら、この部屋にもう一人いる人物に視線を向ける。タキオンとは水掛け論になってしまう以上、こっちにも問いたださなくてはならないだろう。

「いや、オレは止めたんすよ」

壁際に寄りかかり、この論争の火の粉が飛ばないように気配を消していた死神が、何かを察したように口を開く。止めた、ということは、タキオンを技術開発局に引き入れたのはここにはいない第三者……

「やっぱりマユリさんが黒幕なんですね…阿近さん」

「隊長命令なんで従うしかないでしょう」

彼はあっさりと真犯人の正体を認めた。

「まァ、ここに二週間近く居てこんなに元気なんですから、この子の精神力を褒めてやってくださいよ」

確かに、二週間近くタキオンを見ていなかったが、彼女の体調は比較的良好のようだ。ここの薬品臭やグロテスクな実験物も、マッドサイエンティストたるウマ娘には、逆にちょうどいい環境だったのかもしれない。

おかわりの紅茶にありついたタキオンは「元気なのだから問題ないだろう」と言わんばかりの態度で、こちらに視線を飛ばす。

「正直、隊長が二人みたいな状態だったんで……それはまァ、キツかったんですけどね」

「ああ…」

勝手気ままな科学者の死神と、勝手気ままな科学者のウマ娘。相当に気を張っていなければ、なにを仕出かすか分かったものじゃない。心なしか顔色が悪いように見える阿近さんに、薄っすらとシンパシーを感じた。マユリさんが二人居る状態、それは俺なら命の危険すら感じるシチュエーションだ。タキオンが二人は…それはそれで楽しそうだけど。

「苦労されてるんですね…」

「それはお互い様でしょう」

俺と阿近さんのため息が重なった瞬間。

「他人の悪口とは感心しないネ」

誰も居ないはずの背後の壁から、突如としてクセのある声。部屋の体感温度が二度ほど下がった感覚に襲われる。声のした方を恐る恐る振り返るとーー

「やれやれ……良心が服を着て歩いていると言っても過言ではない私を、こうも散々に言えるとはネ」

本来壁である筈の空間が盛り上がり、ギギギ…と聞いたことのない音を立てて変形していく。それは少しずつ人の形をとり、ゆっくりと色も変化している。さながら、岩に擬態した蛸が姿を変える時のようだった。

「まったく…胸が痛むヨ」

毒々しいメイク、異様に長い中指の爪、紛れもない。十二番隊隊長及び技術開発局二代目局長、涅マユリその人だった。

「か、壁の中から!?」

「隊長、いつから…!」

黒幕、突然の登場。マユリは部屋を悠々と闊歩しこちらに近づくと、ギョロリとした目で舐め回すように俺を見た。正直、鳥肌が止まらない。

「久しぶりだネ、タキオンのトレーナーくん。少し、やつれたんじゃあないかネ?」

「え…ああいや…そう、ですかね?」

余りの展開に思考が追い付かない。阿近さんだけは落ち着いていて「またいつもの悪い癖か」とでも言うかのように呆れた表情でマユリを横目で見ている。

「…す、素晴らしい!!」

呆然と一部始終を眺めていたタキオンだったが、彼女の場合、驚いたというよりマユリの擬態に強烈な興味をもったようだった。

「体色の変化だけでなく形状の変化まで…しかも壁には質量の変化がみられない。一体どういう仕組みになっているのか…これは研究欲が搔き立てられるぞ……!」

「そうだろう、そうだろう。後で私の研究室に来給え。君には特別に、この仕組みの誕生秘話からじっくりと教えて差し上げるヨ…!」

研究者談義に流されそうになったが、俺は本来の目的を思い出した。

「ち、ちょっと待った!マユリさんは今回の件についてちゃんと説明してください。それと、タキオンは今日からレースに向けての調整に入るから研究は無し。すぐあっちに帰るからな…!」

研究者二人は不機嫌そうにこちらを睨んだ。

「まぁまぁ落ち着き給えヨ。そう声を荒げるんじゃない。カルシウムが足りていないのかネ?仕事熱心なのは結構だが、身体にも気をーー」

「こうなっているのは、あなたがタキオンをこっちに連れてきたからなんですけどね」

舌戦でどうにかなる相手ではなかったが、一発何か言ってやらないと気が済まなかった。

「タキオンくんがこちらへ来ていることを、親切に教えてやったのはこの私なんだがネ」

「いや、教え方ってもんがあるでしょ!」

昨日、自室でタキオンの行方についての手掛かりがないかといろいろ調べていた時、目の前に突然涅マユリの姿が出現したのだった。しかしそれは3Dの映像らしく、よくよく見てみると俺の頭から投射されているようだった。

『君の大事なアグネスタキオンくんは尸魂界に居るヨ。心配ならさっさとこちらに迎えに来ることだネ』

3Dのマユリはそう言い放つと、投射していたであろう機械が俺の上で爆発した。本当に死ぬかと思った。

「なんなんですかあれ。急に光るし、爆発するし」

「立体映像投影機能付き録霊蟲はお気に召さなかったようだネ。心配しなくても爆発の威力は加減してあるヨ。それに、君だって急に光ったりしているじゃないかネ」

「いちいち揚げ足をとらないでください!」

完全にマユリのペースだ。ここで無駄に言い合いをしている暇はない。とりあえず要件を伝えて、さっさと去るのが最適解だ。

「とにかく、タキオンは連れて帰りますからね」

「トレーナーくぅん、あんまりカリカリしないでくれよぉ」

「タキオンはちょっと黙ってて」

最悪の二対一。阿近さんの気配がまた消えた。援軍は見込めない。勝機は髪の毛一本分ほどの希望だが、ここで引くわけにはいかない。

アグネスタキオンはここまでレース無敗。しかも、全レースにおいて圧倒的ともいえる強さを見せつけている。この子には間違いなく世代最強の素質がある。無敗での三冠だって夢物語ではない。それだけの可能性が十分にある。だから俺は次に控えているレースでもタキオンを必ず勝たせないといけない。彼女の可能性を、俺が潰してはいけない。何としてでも、何としてでも。

「ふむ…そうだネ。迎えに来いと言ったのは私だし、そもそも無理に引き留めておくほど私は悪人じゃアないしネ。連れて帰るといいヨ」

意外にもあっさりとした返答。それはそれで怖いが、何かが起こらないうちに連れ帰るのが吉だろう。

「あ、ありがとうございます。…って、お礼を言うのは違うな」

「やり残した研究があるんだが…仕方ないねぇ。だがトレーナー君、帰る前になにか食べさせておくれよ。ここの栄養補充剤、栄養バランスはいいんだが味気なくてね。それに、君に会ったら妙にお腹が空いてきたんだよねぇ」

そう、一見するとタキオンは元気そうだが、髪の艶、肌の具合や目の下にうっすらできているクマなど、万全とは言えない状態だった。恐らく体重も少し落ちているだろう。それは最初に研究室で見た時から感じていたもので、だからこそ俺は一刻も早くタキオンを連れ帰りたかったのだ。

しかしながらそうなってくると、すぐにあっちに戻るより、コンディションを整えるまでこちらに滞在したほうが良いのではないだろうかと思い直した。環境の変化はそれ自体がストレスになりやすく、特に異世界間の移動はそれなりに体力と精神力を消耗する。気まぐれなタキオンの事だから、ここで何か食べさせてあげないとまた駄々をこねそうでもある。

「うん、確かにそうかもしれないな。マユリさん、すいませんが炊事場をお借りしても?」

「…ここに普通の炊事場があるとでも?」

それもそうか…。となると当てはあそこしかない。

「僕が聞いたのが間違いでした。前回の訪問の時にお世話になった朽木邸にお願いしてみようと思います」

「なるほど、それなら…」

マユリさんは懐からスマートフォンのような装置を取り出し、何やら確認し始めた。

「朽木ルキア隊長が午後から休暇をとっているようだネ。今から向かえばちょうどよく会えるはずだ」

「え、それもしかして全隊長のスケジュールを把握してるんですか」

「当たり前だヨ。スケジュールはもとより、今何をしてるかだってある程度分かるさ。先の大戦では私の忠告も聞かず勝手に行動されてしまったからネ。尸魂界の安寧には必要な犠牲だヨ」

これ以上深入りすると、知りたくない事実まで知ってしまいそうな予感がするので、適当にお礼を言ってここを出ることにした。できれば、二度と技術開発局には来たくない。朽木邸の場所はよく覚えている。さて、タキオンの食事メニューはどうしようか…

「なぁトレーナー君。さっきの機械、持って帰ってもいいかい?」

「絶対ダメだ。たづなさんに間違いなく怒られるぞ。さては前のこと、全く懲りてないな?」

タキオンは前回「これもウマ娘の可能性のためだ」と言い、録霊蟲をトレセン学園に持ち帰り、そして案の定めちゃくちゃ怒られたのだ。俺が。

「デジタル君に相談したときは『いくらでも出すので、譲ってくだしゃい…!!』と鼻息を荒くしていたから、一定の需要はあると思うんだが」

それは完全に相談相手の人選ミスだろ、と思ったが、録霊蟲を欲しがるウマ娘は何故か他に何人か浮かんできてしまったので、すぐ考えるのを止めた。

「まぁ、ほどほどにしてね…」

真上に登る太陽の下、石畳の街道を朽木邸へと急ぐ。いきなり訪問して失礼ではないだろうかと考えるが、まあ何とかなるだろう。と、そういえば彼らにも連絡をしなければいけない。

「あ、もしもし。うん、こっちは何とか。で、合流したいんだけどーー」

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「良かったんですか、隊長」

「何のことだネ」

二人が去った十二番隊貴賓室。まだ紅茶の香りがうっすらと残っている。

「準備はもうできているんでしょう。だからここに来たんじゃないんですか?」

「選択する権利は彼にもあるからネ。むしろ、彼の方が悩むことになるんじゃないかな。幸いまだ彼らはこっちに居ることになるだろうし、また機会は来るヨ」

窓の外に遠ざかっていく二人の姿を見つめながら、マユリは続ける。

「彼、すぐにタキオンくんが万全でないことに気づいたネ。ウマ娘という種族を研究するのは初めてといえど、私も最善を尽くしてみたんだがネ」

「こっちに来た当初より、明らかにコンディションが低下してましたからね」

「非常識なことは嫌いじゃアない。何が彼女をそうさせるのか、興味が湧いてきたところだヨ。丁度いい、しばらく様子を見ようじゃないか」

タキオンとそのトレーナーの姿が見えなくなるのと入れ替わりに、ドタドタと足音が近づいてきた。

「マユリ様!矢動丸隊長から通信です!」

十二番隊には似つかわしくない少女の死神が、勢いよく貴賓室の扉を開けた。

「おまえは落ち着きが足りないといつも言っているだろう」

「すみませんマユリ様!」

愚痴をこぼしつつも、マユリは通信室へと歩を進める。紅茶の香りをかすかに引き連れて。

「隊長、彼らはどのような選択をすると思いますか」

「そうだネ、私の中ではある程度予想はついているんだがーー」

その視線は、先を行く小さな死神に注がれている。

「"可能性を失う恐怖"とは、存外厄介なものだからネ…」


ー第一幕・終ー

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