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予科練習生制度について

 村松豊(丙飛会々長、丙4)

 搭乗員は任務の性質上、充分な戦術的知識を要求されるので、特に優れた素質と充分な教育が必要であった。そのため将校搭乗員の員数を増加するのが理想であったが、人事行政上の制約から、大部分は下士官兵あるいはその出身者に頼らざるを得なかった。

 大正2年に搭乗員および整備員に下士官兵も採用する制度がとられ、7月17日から横須賀航空隊で下士官兵に対して教授がはじめられた。

 第一期航空術練習生は大正9年5月に横須賀航空隊に入隊し、8名の操縦練習生が卒業している(第一期操練)。大正12年3月、霞ヶ浦航空隊に入隊した第四期航空術練習生は、機上作業練習生と呼称して攻撃兵器(射爆)10名、通信6名、写真6名の22名が専習教程を卒業した(実際の第一期偵察練習生)。

 昭和4年12月には将校搭乗員の不足を補いつつ優秀な下級幹部を養成する目的で、海軍兵学校に準ずる三カ年の基礎教育を行なう予科練制度が生まれ、昭和5年6月その第一期生を採用した(のちの乙種予科練である)。予科練制度は生まれたが、海軍内部の下士官兵から操縦へ偵察練習生の養成は続けられた。さらに小隊長級搭乗員が不足するため、応急処置として中学四年一学期卒業を資格とする甲種飛行予科練習生制度が昭和12年5月に生まれ、同年9月に第一期生が横須賀海軍航空隊に入隊した。

 このように下士官兵搭乗員の養成は操縦・偵察練習生と予科練習生の二本立てで行なわれたが、昭和15年10月1日、丙種飛行予科練習生の制度が制定された(15年令達192号)。これは部内から選抜した23歳以下の海軍兵に短期間(6カ月)の基礎教育を行なうこととし、飛行作業教程は、甲乙丙種共通の「飛行練習生」の一種類とし、操縦・偵察練習生の制度を廃止したのである。

 これにより昭和15年10月1日、霞ヶ浦海軍航空隊に入隊した第57期操縦練習生を第一期丙種飛行予科練習生に改め、第58期操縦練習生の採用予定者は第二期丙種飛行予科練習生とし、昭和15年11月5日に土浦海軍航空隊に入隊させた。

 丙種予科練習生に操縦・偵察の専修制度がとられたのは第三期生からで、昭和16年4月28日、操縦474名、偵察159名が土浦海軍航空隊を卒業し、第17期と第18期の飛行練習生に分れて飛行術教程に進んでいる。以後、第17期丙種飛行予科練習生が昭和18年7月24日岩国海軍航空隊を卒業するまで、丙種飛行予科練習生の養成は続けられた。

 昭和18年に至り、下士官兵搭乗員の養成員数は急激に拡大されたが、海軍全般に要員不足という状況にあり、一般下士官兵から採用する「丙種飛行予科練習生」は素質優秀な者を確保することが難しくなり、しかも適当でなくなった。そこで昭和18年4月乙種飛行予科練習生(特)という制度を新設し、丙種予科練習生に代えてから選抜する丙種飛行予科練習生の制度は廃止されたのである。

(海原会機関誌「予科練」56号 昭和56年5月1日より)


 予科練の所在した陸上自衛隊土浦駐屯地にある碑には以下の碑文が残されている。

「予科練とは海軍飛行予科練習生即ち海軍少年航空兵の称である。俊秀なる大空の戦士は英才の早期教育に俟つとの観点に立ちこの制度が創設された。時に昭和五年六月、所は横須賀海軍航空隊内であったが昭和十四年三月ここ霞ケ浦の湖畔に移った。

太平洋に風雲急を告げ搭乗員の急増を要するに及び全国に十九の練習航空隊の設置を見るに至った。三沢、土浦、清水、滋賀、宝塚、西宮、三重、奈良、高野山、倉敷、岩国、美保、小松、松山、宇和島、浦戸、小富士、福岡、鹿児島がこれである。

昭和十二年八月十四日、中国本土に孤立する我が居留民団を救助するため暗夜の荒天を衝いて敢行した渡洋爆撃にその初陣を飾って以来、予科練を巣立った若人たちは幾多の偉勲を重ね、太平洋戦争に於ては名実ともに我が航空戦力の中核となり、陸上基地から或は航空母艦から或は潜水艦から飛び立ち相携えて無敵の空威を発揮したが、戦局利あらず敵の我が本土に迫るや、全員特別攻撃隊員となって一機一艦必殺の体当りを決行し、名をも命をも惜しまず何のためらいもなくただ救国の一念に献身し未曾有の国難に殉じて実に卒業生の八割が散華したのである。

創設以来終戦まで予科続の歴史は僅か十五年に過ぎないが、祖国の繁栄と同胞の安泰を希う幾万の少年たちが全国から志願し選ばれてここに学びよく鉄石の訓練に耐え、祖国の将来に一片の疑心をも抱かず桜花よりも更に潔く美しく散って、無限の未来を秘めた生涯を祖国防衛のために捧げてくれたという崇高な事実を銘記し、英魂の万古に安らかならんことを祈って、ここに予科練の碑を建つ。」


昭和四十一年五月二十七日

海軍飛行予科練習生出身生存者一同

撰文    海軍教授 倉町歌次


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