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ひと夏の暮らし

むせかえるような暑い夏の日
ひょっこり訪ねてきたあのひと

右眉の上に
細くて長い傷あとがあった

私と会わない数十年の間に
いったい
なにがあったのだろう

ひさしぶり
なんて言葉は使わない

なにごともなかったかのように
くつろいでいる

縁側に寝そべって
虫の音を聞いている


そろそろ夏も終わりだろうか
そんな気配を感じた夜に
とっておきの日本酒を
ふたりでかわした

私の目をのぞきこみ
やさしくほほえんだひとは
千鳥足

上機嫌で
厠に立った
束の間に

ことり

音を立てて

消えてしまった


秋のいちばんはじめの朝に
縁の下で見つけたお猪口

二十七年前に
あのひとが残した
獺の杯

金継ぎしていたところから
きれいに
ぱっくり
割れていた


おまえが慰めてくれていたのかい


下手くそな私の金継ぎで
この思い出の杯に
もう一度
魔法をかけることは
可能だろうか



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