野原小麦

もうずっと妖怪が好きです。 好きのきもちをもてあましてしまったとき、わたしは詩を書きは…

野原小麦

もうずっと妖怪が好きです。 好きのきもちをもてあましてしまったとき、わたしは詩を書きはじめます。 境港妖怪検定「上級」合格しました。 つぶやきびと

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    あぶくっこ の吐き出す あぶくだま

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    妖怪をテーマに詩を書きます。

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    世紀末、過ぎし日の妖怪日和。

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    思い出に生きる「思い出の民」、刹那刹那を生きる「せつなびと」。彼らは同じ世界に共存している。

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    私が見つけて、私が名づけた、私だけが知っている、私だけの勝手気儘なおばけたち。私が名前をつけたけど、すべてを好きなわけじゃない。

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ティーソーダ 17

 先に店を出ていく橘をぼんやり見送ってしまった。  テーブルの上に伝票がある。  気の抜けたティーソーダ。  幸せなうちに飲んでしまえばよかった。  橘のジンジャーエールも、最後の一口は気が抜けていたのだろうか。  立ち上がって、伝票を手に取った。  今、主導権を握られてしまっているのは私だ。  主導権を握っているのは橘櫂であろうか。  赤い塊は、まだ私の口の中にある。  由里さんの赤い金魚。  私は由里さんには頭が上がらない。そう思っている。  結局、主導権

    • ティーソーダ 16

      「そんな顔をされると傷つく」  機嫌をとらなければいけないような気分にさせられる。  こんな風に主導権を握られるのは癪だよ。  そういって、橘はジンジャーエールを飲み干した。  眉間をさすり続ける私の姿を見守るように眺めている。  傷つけるものが主導権を握るというのか。  残りのティーソーダをストローで一気に吸い込んだ。  喉を通り抜ける液体は、ぬるく、すっかり気が抜けてしまっている。 「サクランボ、ちゃんと食べてね」  私の目をのぞき込むようにして橘がいった。  

      • ティーソーダ 15

         たとえば、どんな場面で橘が由里さんに主導権を握られているのか。  特に浮かんではこないけれど、橘自身は、なんとなく、いつも主導権を握られてしまっているような気分でいるのだろう。  それも悪くはないけどね、なんて思っているくせに。 「まあ、それも悪くはないんだけどね」  案の定、橘は、そういった。 「でも、あなたには主導権を握らせたくないな」  こっちだって、橘に主導権を握られるのなんて御免だ。  会話が途切れてしまった。  コップの氷は、溶け切っている。 「だ

        • ティーソーダ 14

          「あなたは、由里さんに主導権を握られていませんよね」  まじめな顔で、そんなことをいわれた。  私は由里さんに主導権を握られていない。  そうだろうか。 「でしょ」  橘がじっと見つめてくる。  そんな風に思ったことはなかった。 「だって、あなたは由里さんのお気に入りだから」  私は由里さんのお気に入りなのか。 「でも、僕は由里さんのお気に入りじゃない」  それはそうだろう。 「だから、いつも由里さんに主導権を握られてしまっている」 (つづく) 「ティー

        ティーソーダ 17

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          ティーソーダ 13

          「まあ、百歩譲って、あの金魚を持っていったのは、あなたではないとしましょう」  百歩も譲らなくても、持っていったのは私ではない。一歩も譲る必要はない。 「重要なのは、由里さんが、誰かのために金魚の世話をしている、ということですよ」  金魚の世話を由里さんにさせている誰かがいる。 「その誰かは、由里さんに主導権を握られていない」  深刻そうに橘はいった。  そんな相手が由里さんにいるということが気に入らないのか。  気に入らないと思っている橘を私は私で気に入らない

          ティーソーダ 13

          ティーソーダ 12

           由里さんは自分の服をどこに干すのだろう。 「どこかに乾燥機でもあるんじゃないの」  橘がいった。  あの部屋のことを隅々まで知っているわけではないから、乾燥機を見逃している可能性がないとはいえない。  まさか、着ているものを洗濯することさえないのか。  由里さんはいつもどんな服を着ていただろうか。  印象にない。 「洗濯の話なんてどうでもいいよ。あの部屋に金魚を持っていったのは誰なのか。それを知りたいだけなんだから」  少し苛々した調子で橘がいった。  私でな

          ティーソーダ 12

          ティーソーダ 11

           由里さんが花の世話をするベランダには、ちゃんと物干し台があって、物干し竿が渡してある。  そこには、花の咲いた鉢植えがたくさん吊り下げられているので、洗濯物を干すスペースがない。  タケトと古泉が、鴨居にハンガーを引っ掛けて、シャツを干しているを何度か見たことがある。  そういえば、部屋の中に女性用の服や下着が干してあっただろうか。  そんなものは、なかった気がする。  目につくところへ干してあったら、目のやり場に困ってそわそわしてしまうはずだ。  念のため聞いてみ

          ティーソーダ 11

          ティーソーダ 10

          「あなたが持っていった金魚だから、由里さんは大切に世話しているのではありませんか」  芝居じみた喋り方で、橘が畳みかけてくる。  由里さんが、花の手入れ以外のことをしているところなんて、金魚がくる前には見たことがなかったじゃないかと橘は主張する。  金魚がいなかったころ、あの部屋で由里さんの手が加えられているものといったら、ベランダの花だけだった。  部屋の掃除は、いつも訪問者の誰かがやっていた。茶碗を洗ったり、いらない雑誌を束ねたり、そんな諸々のことは、気の利く誰かが

          ティーソーダ 10

          ティーソーダ 9

           ティーソーダの底に沈んだサクランボ。  もう、金魚にしか見えない。  おいしそうなサクランボだなあ。  必死で演技する。  白々しすぎることは、わかっている。  橘の方に視線を向けると、案の定、口の左端を上げて、こちらを見て、ほくそ笑んでいる。  見透かされているのか。 「なんだか怪しいな」  怪しまれている。  しかし、金魚を持っていったのは私ではない。嘘をついているわけではないのだ。なにも動揺する必要はない。 「金魚なんて持っていってないよ」  きっぱり

          ティーソーダ 9

          ティーソーダ 8

          「すり替えた金魚のことだよね」  確認すると、橘は表情を変えた。 「すり替えた金魚?」  怪訝な目で私を見つめてくる。  まずいことをいってしまっただろうか。 「違うよ」  慌てて否定する。   目を合わせていられなくて、ストローでティーソーダをかきまぜた。サクランボがつっかえて、氷がうまくまわらない。  動揺している。 (つづく) 「ティーソーダ」は「金魚」のつづきのおはなしです。

          ティーソーダ 8

          ティーソーダ 7

           橘も、あの金魚に注目していたのだ。  コップの中にある赤色は、やはり弱った金魚を私に連想させる。  金魚を持っていったとは、どういう意味だろう。  由里さんに金魚を最初に預けた人間のことなのか。  それとも、死にかけた金魚のかわりに、別の元気な金魚を用意した人間のことなのか。 「どの金魚を」  動揺して声にビブラートがかかってしまった。 「由里さんの部屋にある金魚鉢の金魚だよ」  橘は落ち着いている。  じっと見つめられて、私は冷たい汗をかく。 (つづく)

          ティーソーダ 7

          ティーソーダ 6

           本気で拒絶したわけではない。  気にしないでほしい。  ひとこと謝っておくべきだろうか。  意を決して私が目を合わせると、橘が見つめ返してきた。  不敵な笑みを浮かべている。  前言を撤回すべきかもしれない。  橘に悪気はありそうだ。  警戒する私に向かって、意味ありげなトーンで橘はいった。 「つかぬことをお聞きしますが」  突然の前振りに身構えて、私は自覚を持って、思いきり眉根を寄せた。  そんな私の表情にはおかまいなしに橘は続ける。 「由里さんの部屋に金

          ティーソーダ 6

          ティーソーダ 5

           頭を反らせて、橘の親指を振り払った。 「せっかくサクランボあげたのに」  不満そうに橘がいう。  ストローでレモンスカッシュをかき混ぜながら「サクランボ好きだったよね」と私の機嫌をうかがっている。  橘に悪気はない。  うまく噛み合わないだけ。  ティーソーダをおごってくれるうえに、サクランボで私を喜ばせようとしてくれているのだ。  それなのに、このサクランボはレモンスカッシュに手を突っ込んで取り出したのだろうか、なんてことを私は考えている。  私の対応は冷たす

          ティーソーダ 5

          ティーソーダ 4

           ポチャン。  目の前にあるコップに赤い塊が飛び込んだ。  金魚だ。  すがすがしさが一瞬でかき消されてしまった。  赤色の気がかりが、体の中を再び支配しはじめる。  金魚。金魚。  赤い金魚。  金魚は、すり替えられている。 「そのサクランボ、あげるよ」  橘の声で我に返った。  飛び込んできた赤い塊。  これは金魚ではない。  赤いサクランボ。  橘が私のティーソーダに放り込んだのだ。  断りもなく勝手に入れないでほしい。  心のなかで非難する。    私は

          ティーソーダ 4

          ティーソーダ 3

           小さな泡がのぼっていく様子は美しい。  泡と一緒に紅茶の香りも鼻の先まで立ちのぼってくる。  なんという茶葉の香りなのか私は知らない。  すがすがしく、すっきりとした香りだ。  この香りに諭されて、体に染みついていた心配事がだんだん小さくなっていく。  頭の中に溜まり続けた、ぐずぐずとした考えは、小さく小さく萎んでいって、ものすごく濃い、ぎゅうっと詰まった塊になる。もうこれ以上は無理というほどに小さくなると、その瞬間、いきなり、ぶわっと拡がって、細かい細かい霧に変わる。

          ティーソーダ 3

          ティーソーダ 2

           喫茶店の一番奥、右側の席に橘は座っていた。  店の扉が開く音に顔を上げると、レンガの壁にすがったままの姿勢で、右手を軽く上げて合図してきた。  店内には私たちの他に客はいない。 「ティーソーダ?」  私は黙って頷いた。  私は人におごってもらうのが好きだ。  得した気分と食べたいものを食べられる喜びで気持ちがいっぱいになる。  飲みたいものを飲みたいときに飲ませてもらうのも好き。  橘が私にティーソーダを飲ませてくれている。  もちろん、ティーソーダを私の口元に

          ティーソーダ 2