北朝鮮でデジタル革命が進む(二〇一一年の原稿です)


 来年は、北朝鮮にとって記念すべき年になる。まず、故金日成主席生誕100年である。誕生日の4月15日には盛大な行事が行われるはずだ。2月16日は、金正日総書記の70回目の誕生日、後継者である3男正恩氏は30歳になる。こういった切りのいい年を北朝鮮は大変重視する。
 これと軌を一にする動きが平壌で進んでいる。社会のデジタル化だ。インターネットも自由に使えないのにデジタル化ができるのかと思う人も少なくないだろう。もちろん、基本的に市内で高速ネットは使えないし、世界の若者を熱狂させているipadもiphoneもない。外部世界との接触をもたらす技術は、制限しているが、その他の面では意外に進んでいる。


 たとえば、以前もこの欄で紹介した携帯電話。加入者はすでに80万を突破したと言われている。家の加入電話より高くても、携帯を持ちたがる人が多いのは日本と同じだ。通話だけでなく、写真やメッセージの受け渡し、音楽などのダウンでードといった分野でも急速に発展するのは間違いない。
 また、最近、商店では外貨を利用する代わりに、プリペイド式の電子決済カードが発行されている。名前は「ナラエ」と呼ばれ、北朝鮮の貿易銀行が発行する。ドルや円などの外貨を入金すれば、その日の交換レートに換算された分の現地通貨が入力され、外貨商店に置かれた専用カードリーダーで決済ができる仕組み。カードはちょうどICチップが埋め込まれており、クレジットカードと同じサイズだ。
これまで平壌では、様々な外貨が流通しており計算が複雑だったが、このカードで生活が便利になったと、店員や平壌在住の外国人の評判はなかなかだという。


 西側諸国では、新聞のデジタル化が進んでいる。記事情報をネット経由で見られるようにするものだ。採算の問題があり、購読料は割高だが、携帯電話やパソコンでいつでも見られるため、今後普及が進むとみられる。
 北朝鮮でもこの夏、朝鮮労働党の機関紙、労働新聞がデジタル化された。記事は紙版とほぼ同じだ。PDFでも見ることができる。これなら、紙版とまったく同じレイアウトで記事が読める。

 労働新聞は、閉鎖国家北朝鮮の動向を把握する最も重要なニュースソースである。研究者や情報機関は船便や航空便で新聞を取り寄せ、丁寧に記事をスクラップし、記事の変化から北朝鮮の内部を推測してきた。1980年代までは船便を使っていたので日本に来るまで3カ月。今は航空便だが、1週間程度はかかる。それでも1面の記事や、写真の扱われ方などは貴重な情報だった。
 ネットを通じ平壌市民と同時間に記事が読めるようになったのは、革命的な変化といえる。

 工場にもデジタル化の波が押し寄せている。コンピューター数値制御を意味する「CNC」だ。平壌では、通りに掲げられている看板にこの単語をよく見かける。外国人観光客に人気の芸術公演「アリラン」のマスゲームでもCNCの人文字が登場している。
 どんなすごい技術かと思うかもしれないが、日本でなら町工場でも行っていることだ。要するにコンピュータを使って工作機械などを効率よく動かし、生産性を上げる技術の1つだ。

 こういったデジタル化とともに、「最先端へ」「世界に目を向けよう」というスローガンも増えている。韓国の情報関係者によれば、これらのデジタル化は、どうやら3男正恩氏の功績として宣伝する意味があるらしい。若くて、新しい思考方法を持つ指導者が、住民生活向上のために苦労しているとアピールしているという。

 それはそれで評価したいところだが、今ひとつ胸に落ちない点がある。
 一番重要な食料問題はどうなっているのか。10月に食糧事情の現地調査で北朝鮮を訪問していた国連のエイモス事務次長(人道問題担当)は、韓国で会見し、北朝鮮の食糧配給が今年3月以降の1人1日400グラムから7月以降は2百グラムに半減し、「(日本海側の工業都市)咸興の病院では、栄養失調の子が昨年より50%以上増えたと聞いた」と報告した。また耕作地が不十分で、毎年必要な食糧530万トンのうち100万トンが不足状態と報告した。北朝鮮支援を行っている韓国の団体も、地方で食料事情が深刻化していると伝えている。

 食べる問題を十分解決できない中で、デジタル化を進める意義はあるのだろうか。
 思い出されるのは、過去の北朝鮮の経済政策だ。軍需産業に通じる重工業を重視してきたため、農業や軽工業が遅れた。一気に挽回しようと、トウモロコシやジャガイモの作付けを奨励したが、解決にはほど遠い。また軽工業については、金総書記自身、「一般消費物資を生産する軽工業は、人民の食・衣・住の問題を解決するうえで極めて重要な位置を占めている」と再三強調し、「軽工業革命」を訴えて来たが、自力での軽工業再建にこだわるあまり、成果を挙げておらず、日用品の多くは隣の中国から輸入している。

 北朝鮮に批判的は人たちは、「社会を閉鎖しておいて、経済だけを発展させようというのは無理」と話すが私も同感だ。北朝鮮が今進めている社会のデジタル化も上滑りにならないか心配になる。

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