バイデン政権の北朝鮮交渉を占う


 オバマ政権下で2014年までの4年間、米国防長官に直属する軍政機関の米国防長官府((OSD)で政策顧問を務めていた北朝鮮安保問題専門家、ヴァン・ジャクソン氏の論文に目を通した。

バイデン次期米大統領が頼る民主党系シンクタンク「新アメリカ安全保障センター(CNAS)」)でシニア・フェロー補を務めている。論文は「北朝鮮の核放棄を求めるのは現実的でない」と述べている。米国でさえ、北朝鮮は簡単には核を放棄しない前提で進めようと思っているわけだ。ただ多様な抑止力を持ったことで北朝鮮は交渉には出てくるのではないかとジャクソン氏は踏んでおり、オバマ政権下では「戦略的忍耐」で北朝鮮に対応してきたが状況は今や変化した、これからは軍備管理こそが非核化につながる道だととらえている。


トランプ大統領のように核を放棄すれば経済制裁も緩和するというのではなく、軍備管理という枠組みの中で北朝鮮とつきあって管理していく方向。軍備管理の3段階を挙げ、終戦宣言や核の凍結、非武装地帯(DMZ)の非核地帯化、在韓米軍の段階的撤退などを提案していこうとしている。北朝鮮のこれまでの交渉手法の「思うつぼにはまらないか」という危険な印象が頭に浮かんだ。私は20年以上も北朝鮮問題の取材をやってきて6カ国協議、4カ国協議も現場取材し、交渉での北朝鮮の強硬な姿勢、陰での核開発の進行を見てきただけに、その再現になるのではないかと懸念している。

◆ 「水面下の動き」示唆する日朝改善、東京五輪と結び付くか
本題である日朝、日米など外交課題に移る。東京五輪開催がキーワードになろう。明確な情報に欠けるが、水面下で交渉中の説もある。北朝鮮も形だけでも(五輪参加などで)交渉に臨んでくるのでは、とも憶測されている。ただ思惑が双方で大きく食い違っているので、拉致問題に関する大きな実質的な進展は望み薄な状況だ。

バイデン政権の最優先課題がコロナ対策になり北朝鮮問題は後回しになるのかどうか、これもよく分からない点だ。

日朝関係の現状を簡単にまとめる。去年ぐらいから日本側は無条件に対話すると言い始めた。安倍前首相のこの路線を菅義偉首相も引き継ぐ姿勢で、初の施政方針演説で外交の2番目に言及した。自分の知っている分野で何かやれるのでは、という自負心があるのだろう。北朝鮮問題を通じて安倍首相と知り合い、NHKに拉致問題を重点的に伝えるよう指示を出したこともある。また2014年のストックホルム合意の際、私は外務省記者クラブ詰めだったが、外務省担当者が首相官邸に逐一報告しないとうるさい、と言っていた。向こう側には菅義偉官房長官がいたわけで、ストックホルム合意にもかなり深く関与していたとされる。当時の伊原純一アジア太平洋局長から、ちらっとそんな話を聞いた。

この前の自民党総裁選で石破茂さんが拉致問題の透明化、平壌と東京に連絡事務所を設置して話し合うべきだと主張していた。確かに日本当局は何も言わないので日朝交渉の何がどう進んでいるのか分からない。以前は日本外交官が交渉に動くかどうかと羽田空港に記者が張り込んだが今はそれもなくなり、期待値は低くなっている。日朝首脳会談に関連しては、五輪が良い機会になるのではと菅義偉首相は11月5日に発言した。これも自負心の現れかもしれない。いきなり金正恩が来日して首脳会談は考えにくいが、代表団に誰か当局者が付いて来て日本側と話し合うとか雰囲気を作る可能性はあるかもしれない。日本側が検討しているのは間違いなかろう。

一方で北朝鮮側は無反応どころか、関連サイトでもスル―しているような状況が続く。非常に強く批判をすると日本に関心がある証拠で交渉が間もなく始まるのではないかと憶測が高まることがあると懸念をしているのか、対日批判もそれほど熱心ではない。

菅内閣の茂木敏充外相は11月16日の日本記者クラブ会見で拉致問題について「水面下で、決して北京の大使館ルートだけでない、いくつかのルートでいろんなやりとりを行っている」とさらっと言及した。このルートについては、いま北朝鮮はコロナ禍で国境を閉鎖中なので怪しいとことがある。ただ内閣官房の北村滋国家安全保障局長あたりが第3国で北朝鮮の誰かと会っている可能性はなきにしもあらず、かもしれない。首相がいざとなれば自分が動くという姿勢なのだから、部下は間違いなくそれに向けて動くのが当然だろう。

 このところ北朝鮮関係者と意見交換する機会がいくつかあった。「コロナ禍で難しい状況だが正面突破でいく」と言っていた。正面突破は本国でのスローガンだが対象は何なのか。2019年の穀物生産で655万トンとの数字を挙げていた。また万一、平壌でコロナ感染者が出れば即刻、全面通行禁止になるとも確言していた。

◆ 日韓では日本側にトーンダウンの気配

日韓関係については日本側が「最も重要な」と韓国を持ち上げる方向で動いている。日本としては東京五輪が安定して開けることこそ大切で、韓国と全面対決するわけにはいかない。11月8日に朴智元国家情報院長、11月12日に韓日議員連盟の金振杓会長が来日し、それぞれ菅義偉首相と会い、風向きが少し変わってきたと感じる。またバイデン次期大統領が同盟重視姿勢を打ち出していて、おそらく中国に対抗して日米韓の同盟を確実に強めることになろう。そうなると、日本の方に理があるとしても今の徴用工問題で押しまくるだけでは困る。なんとか韓国に解決のきっかけを作ってほしい、何とか歩み寄ってくれないかと日本側がトーンダウンしている感じがする。韓国側としては具体的な歩み寄りはしないにしても、日本には五輪開催というアキレス腱があるのを見越して「我々は関係改善を進めるが時間が少しかかる」とじらしす戦術を使い、攻守所を変えている印象だ。また南北朝鮮の関係があって、曲りなりにも文在寅大統領と金正恩委員長が親書を交換したりしている、北朝鮮の中にも再度南北関係を改善していこうという機運があるとすれば、韓国もそれを無視できない。

話の裏は取れなかったが、在日系の統一日報に朴智元国家情報院長と菅義偉首相との会談で「もし五輪に向け北朝鮮がミサイル発射したら」という話が出たと伝えられた。五輪に協力するので日本も、という話が韓国側かr出ていてもおかしくない。加藤官房長官は金振杓会長と首相との発言の中身のひとつひとつにはコメントしないとしたが、これに近い話があったのだろう。

 韓国の国家安保戦略研究院のチョ・ソンニョル諮問研究委員は11月19日にハンギョレ新聞とのインタビューで、「条件なしの日朝対話など最近の日本側の積極姿勢が目立つ。もし五輪に向け北朝鮮が日本列島越えのミサイル試射などをすれば日本はパニック状態に陥る可能性があり、コロナ禍の打撃に安保に対する不安が重なれば、東京五輪の成功は不透明になってしまう。日本は植民地支配の賠償金カードを切って北朝鮮に接近するだろう」と答えている。私としては、この意見は極端過ぎる、いきなりそこまで行くか疑問だ。北朝鮮が選手団を派遣してくるようなら、首相が会わないにしても日本の要人が北朝鮮関係者と会って話の糸口を探るくらいではないか。韓国内には日韓関係が悪いので、日本が五輪を利用して韓国の頭越しに日朝改善に動くのではという警戒感がある。

韓国内のもう一方には丁世鉉元統一相がいて、「東京五輪を機会に日朝関係の改善を図るのはアイデアのひとつ。ただ慰安婦や徴用など過去の歴史問題があり、日本が賠償金に応じないなら会う必要がないと北朝鮮は言うだろう」と指摘している。この方が現実感あろう。

小泉首相との首脳会談で金正日総書記が拉致を認めた後、日本社会は総決起状態に陥り、拉致問題で日朝国交正常化への努力は全部かき消されてしまった経験がある。北朝鮮はこれ以降、興味を失ったというか、交渉しても何も動かない状態になった。第2次安倍内閣初期には期待もあったが、首相が力の外交にシフトし期待感は消えた。平壌では案内人や外交官が日本関係は職を失うなどで日本との将来はあまりないのではという空気が強いようだ。


日本で会った北朝鮮関係者も、過去の清算なしでは日本とは話し合わないと言っており、国交正常化したら何をしてくれるのかとカネの問題になっている。北朝鮮内には日本製品に対する信頼感が高くビジネスチャンスもあると思うが、菅政権の間に非常に活発な外交的エネルギーをもって日朝国交正常化交渉を進めるとはとても思えない。日韓正常化14年かかっており、いまも歴史問題が絡んでいるだけに、いま日朝交渉を始めたら北朝鮮がふっかけてくるのは間違いないだろう。今までの100億ドルを、200億、300億と、どんどんふっかけてくるだろう。菅内閣が考えているのは、東京五輪を成功させるためにとりあえず静かにしていてほしいということではないか。話し合いますよ、と刺激しないで管理していく姿勢を取りそうだ。

韓国との間でも徴用工問題は簡単には解決しないだろう。歴史問題なので15年前に戻ってやり直そうとなってしまう。それはお互いにできない。
 李相哲講師が述べたようにバイデン新政権が過去の米政権と同じ道を行かないように、日本も声を上がていく必要もあるだろう。

 かなり厳しい状況が日朝関係では続き、今後もなかなか難しいという展望だったとモデレーターの姜英之理事長がまとめ、先に話した李相哲講師の意見を求めた。


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