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ビジブル・ネバーエンド

ーこれは、可能性が目に視えるようになった世界の。

僕と彼女と、“彼女“の話。



向坂楼は困惑した。

机の上に2枚並べた紙の上、見えるはずのない黒い数字が浮かんでいる。

左の紙の上には、98%。右の紙の上には、2%。
自分の目がおかしくなったのかと、何度も瞬きした。

視える。
握った拳で目を擦ろうと、紙をひっくり返そうと、視える。


その数字が何を表すのかは、翌々日のニュースで知った。

アニメや小説の世界でしか聞いた事のない話だったが、どうやら僕たち人間は『可能性が数字として目に視える』ようになったらしい。

なんたらの専門家の男性が、ボードやグラフを使いながら詳しく説明するのをぼんやりと眺めた。両親がその説明を聞きながら、“非現実的だ“とうだうだ文句を言っている。どちらの声も頭に入ってこなかった。2日前の、2枚の紙と数字のことが脳裏にこびりついている。


左の紙は、返ってきた進路希望調査票だった。高校2年の冬、「今は受験生0学期だ」などと担任に言われて仕方なく書いた紙。
『それが将来のあなたの為になる』と両親に言われるがまま書いた、“医学部“進学を希望する文字。

98%、そう書いてあった。98%、叶う道。

対する右の紙の上に浮かんでいた“数字“は、2%。

現実は残酷だな、と失笑する。

右の紙は『高校最後に皆で本気でチャレンジしよう!』と約束していた、バンドコンテストのフライヤーだった。


「…やっぱり出るのやめにしようぜ。」

ベースの野口がそう言い出したのは、翌日バンド練習が始まってすぐのことだった。

先週の練習では、誰よりも張り切って『これで1位獲ったらメジャーデビューだ!』って意気込んでいた野口だったのに。
次々刺さるメンバーからの視線。バツが悪そうに野口は言い訳する。

「親に怒られたわ。そんな夢みたいなこと言ってないで現実見ろ!って」

他メンバーからの野次が飛ぶかと思いきや。キーボードの琴美がおずおずと手を上げた。

「アタシも。受験生なんだし、将来のこと考えたら今は真面目に勉強しなさいって」
「俺も賛成。バンドは楽しいけど…大学行ってから趣味でもできるだろ。今こんなんに出なくても、これからいくらでもチャンスあるし」

ヴォーカルの木村までもがそう言い出して、僕は喉まで出かけた反論の言葉を飲み込む。

“2%“の数字が視えてからも。心のどこかで、「それでもいいから仲間と一緒に音楽がやりたい」と思っている自分がいた。数字が視える前までは、両親に土下座してでもどうにか説得して音楽の道に進む…そんな未来も視野に入れていた。

でも僕が考えていたより世界はずっと残酷で、皆現実的だった。

目指すものが同じで、絆があればずっと楽しく続けられると、そう思っていた僕が愚かだったのか。
“ただの数字“なんかで、こうも簡単に諦められてしまうのか。

…その程度のものだったのか。

「は!?皆何言ってんだよ!絶対これで賞とって、デビューしようぜって言ったじゃんか! この間まで全員それで気合入れてただろ! あんな本当かも分かんない、都市伝説みたいな数字間に受けて諦めるのかよ…!」

唯一異を唱えたのは、幼馴染でドラム担当の福沢だった。必死さが滲む福沢の反論に、他のメンバーは揃って目を逸らしたり、視線を落としたりする。

「…楼は?賛成じゃないの?」

逃げ道を見つけたかのように、僕に話題を振った琴美を見つめ返す。僕が何か言う前に、野口が笑った。
「楼は賛成だろ。だって頭いいし、きっと何選んだって“数字“高いんだろ?わざわざ“2%“のために他の道捨てるなんて馬鹿みたいだよな?」

皮肉めいたわけでもなく、ただ純粋にそう思っただけ。それが分かったからこそ、余計に痛かった。

さっき喉から出しかけたのとは正反対の言葉を、僕は笑いながら口にする。

「んー、そうだな。実は○○大学の医学部、98%って書いてあってさ。そりゃ、叶う保証されてるんだったら…そっち選ぼうかな…みたいな?」
最後の1人頼みの綱だった僕がそう口走って、視界の隅で福沢が絶句した顔でこちらを見ていた。反対に残りのメンバーはどこかホッとしたような顔。

「うわ、エリートコースじゃん、いいなー!俺は教育大受けようかなって思ってたけど、“教師になれる可能性9%“ってなってたから…諦めて、第二希望の大学にするわ」
「アタシはね、試しに今まで無理かな~って思ってたデザイナーの“数字“みたら、なんと96%!普通に大学受験しようと思ってたけど、辞めてデザイナーになる!」
「へー、ってことはお前のあのピカソみたいなよく分かんらん絵は、いつか世間に評価してもらえるんだな…」
「どういう意味よそれ!」

笑い合うメンバーたちに合わせて、僕もハハッと気のない笑い声をあげる。福沢の、酷く失望したような視線に気づいていながら。

結局その日は、練習も特にしないまま互いの“可能性“の話だけして終わった。色んな“可能性“を視てみよう!と野口が言い出して。流されるまま、僕はさまざまな未来を天秤にかける。

昔から何をやっても大抵のことは出来た。勉強もスポーツも楽器も人付き合いも…そんな僕は、どんなものを選んでも基本80%超えで。教師、学者、警察官、サッカー選手(これは75%だった)…何にでもなれる、と“数字“に太鼓判押された僕をメンバーは羨ましがった。


ただ一人、福沢が帰り際にボソッと。

「そんな決めつけられた道選んで、人生楽しいか?」

そう呟いたのが聞こえた。


外はもう真っ暗で、空に滲むような淡い三日月に出迎えられた僕は、夜の街をフラフラ歩く。酔っ払いや不良学生が蔓延る、飲み屋街を抜けて。
1匹の黒猫が、ブランコの上で佇んでいた、その公園を通り過ぎて。
温かい光の灯る、自宅の前に着く。


…別にいいよ。人生なんて成功した者勝ちだろ?
上手くいくはずもない、危ない橋を渡るなんて馬鹿みたいだ。

せっかく神様が、“数字“を使って僕たちを導いてくれようとしてるんだから。
ありがたく、その道を歩かせて貰えばいい。

そうすればずっと安全に、何一つ心配なく過ごせるのだから。


胸の奥にかすかに残る、虚しさは見ないフリをした。
僕は笑顔を作って、「ただいま」と家のドアを開けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


8年が経った。

26歳になった僕はというと、相変わらず何不自由ない生活を送らせてもらっている。“数字“のお陰で、失敗しそうなことは事前に回避できる。試験の成績も、人間関係も、進路も。
思うままで、安心安全で、どこか退屈な8年だった。


高校を卒業して以来、バンドメンバーとは会っていない。
部屋の隅で8年間、寂しそうに横たわっていたギターケースはこの間捨てた。

…ああ。
8年間で1つだけ、思うようにいかなかったことがある。



「あの“数字“ってさ、本当に本当なのかな。」
「は?何を今更…」

また突拍子もないこと言い出したぞ…と呆れる僕を見て、栞は少しむくれた顔をする。昼下がり、僕が研修医として勤めている大学病院の中庭で。二人並んでベンチに座って、お弁当を食べるのが日課だった。

「楼君はすぐそうやって呆れた顔する。なんていうか…もう少しこう、ロマン?夢?疑う心?を持ったらいいのに!」
「ロマンと疑う心って全然違うカテゴリーじゃん。それに、僕にだってロマンや夢くらいあるよ」
「へえーどんな?」

うっと言葉に詰まる。医者になる…は夢、というよりほぼ確定の未来だ。他にやりたいこと…と必死に脳内を探す僕に、今度は栞が呆れた視線を向ける。

「ほらね。楼君は“数字“を鵜呑みにしすぎだし、物事をなんかあっさり受け入れすぎ!」
「はいはい…それは前も聞きました。で?“数字“がなんだって?」
適当に受け流した僕に納得がいかないのか、栞は大きくため息を吐いた。


栞に出逢ったのは2年前。医学部をストレートで卒業して、そのままこの大学病院に研修医として入って。先に勤めていた3つ歳上の栞に、仕事のことや病院のことを教えてもらっているうち。
彼女に恋をした。

彼女とは共通の話題が多かった。仕事の話はもちろんだが、好きな音楽が似ているとか、子供や動物が好きなこととか…とにかく話していて楽しい。

誰かを本気で好きだと、自分のものにしたいと思ったのは初めてだった。


ところが。

“栞と付き合える可能性“を初めて視た時の“数字“は、4%。
生まれて初めての、挫折を味わった。

他に好きな人でもいるんだろうと、諦めてしばらく他の女性と遊び歩いていた僕だったが。半年ほど前、ダメ元で再び“数字“を視てみると、86%になっていた。

なぜそうなったのかは知らないが、こんなチャンスを逃すわけにはいかない…と。“数字“を視たその日に栞に告白し、晴れて恋人同士になり、今に至る。



「あの“数字“。視えるようになったばかりの頃は、信じない!って人の方が多かったのに。今じゃ“信じない派“は“スマホ持ってない人“並に少数派になったでしょ?」
「皆信じてるし、根拠もしっかり証明された。僕には未だに原理がわかんないけど。専門家がいうならそうなんだろうさ」
「またそうやって…でもまあね。ひと昔前はこんな画面1つで世界中の人と繋がれる…なんて思ってもみなかったんだし?今は信じられないことも、いつかは“当たり前“になる日が来るんだろうねえ」

傍に置いたスマホにチラッと視線をやって、栞が言う。

「…それとこれとは話が違くないか?スマホは“文明の発達“で、“数字“のは…」「“科学的根拠がある“って専門家が言ったんでしょ?一緒だよ」
「…一緒か?」

栞の話は時々強引なことがある。付き合って約半年、だいぶ慣れてきたけれど。反論してもそれ以上の反論が返ってくるだけなので、最近は黙って受け入れることにした。


「でもさ、不思議じゃない?」
「何が?」
「可能性が高いとか低いとか、そんなの視えるようになる前からわかってたことじゃん?なのに、視えるようになったってだけで諦めたり、コロッと意見変えられるの。何でなのかなって」
「…現実が見えたからだろうよ」

あの日。
バンドで仲間とデビューの道を捨てた日がふと蘇る。
栞はその答えに納得がいかなかったらしい。しばらく黙っておにぎりを頬張っていたが、やがて思い出したようにまた口を開いた。

「この間ね、どうしても助けたい患者さんが居たんだけど、“数字“を見たら“1年後に生存できる可能性は1%“だったのね」
「…それって、この間廊下で話してたツインテールの子か?」
「ん?」
一瞬キョトン、と栞の目が丸くなる。よく栞が一緒にいる、黒髪ツインテールの女の子。小学校高学年くらいだろうか。いつも仲良さそうに話しているのを見かけた。1年前くらいからずっと。

少し考えて栞は「ああ」と笑った。

「違う、違う。それは冬花ちゃん。あの子はもう退院も決まってるし、大丈夫よ。ずっとみてきた大事な患者さんだから、退院決まって本当に嬉しくて…あ、話逸れちゃった。戻すね。“数字“が視えた途端、親族の方も患者さん自身もみんな諦めちゃって。それまでは治療にすごく前向きだったのに、“もう何もしなくていいです“まで言われちゃってさ」
「…まあ、そうなる気持ちもわかるけどな」
だって“数字“がそう指し示しているのなら。殆ど確実な未来だ。もう為す術はないと割り切った方が、変に期待するよりもずっと楽だ。

そう相槌を打った僕に、栞が物言いたげな視線を送った。

「…何?」
「ううん。でもさ、知らなくていいこと、がこの世にいっぱいあるように。私はこの数字は視えない方がずっと良かったって思ってるよ。昔の世界の方が皆、夢を追いかけたり、好きなことに打ち込んだり、“いつかこうなれるかも!“ってキラキラしてた。私は…」

手に持ったおにぎりをぼんやり見つめて。
栞はぽつりと言葉を零す。

「昔の世界に、戻りたいな」

分かるようで分からない、と思った。僕は栞から目を逸らして、手元に残っていた弁当のおかずを口に運びながら答える。

「そういうもんか…?僕は別に、今のままでもいい。どの治療施せば最良か、いつどのタイミングで手術すればいいか、一目で分かるし確実だし」
「いつどのタイミングで好きな人に告白すればOKもらえるかも、一目瞭然だもんね!」
「っお前なあ…」

茶化す栞の悪戯っぽい微笑みに、僕は舌打ちした。僕が“数字“を確認した上で、タイミングを見計らって栞に告白したことは既に彼女にバレている。
彼女曰く、「男気がない」とのこと。

「いつまでもその話引きずるんじゃ…」

文句を言いかけた僕の言葉は、途中で引っ込んだ。

視界の端で、彼女の華奢な体がぐらりと揺れて。
風にはためく白衣と靡く髪。


そのまま地面にドサっと、鈍い音を立てて栞が倒れ込む。

「栞!?」

周囲がざわついている。膝に置いた弁当箱がガシャーンと音を立てても構わず、栞の傍に膝をついた。苦しそうに顰められた眉と、青白い顔。


この日、僕が1番望んでいた未来は。
栞とずっと、ただ幸せに暮らしたいという未来は。
音を立てて崩れ去った。


栞は、原因不明の病とされた。
僕は医者見習いでありながら、栞に対して何もできなかった。

倒れた日以降、栞は目覚めることはなく。

初めのうち、「すぐ目を覚まして元気になる」なんて安易に考えていた僕は、現実の残酷さと人の命の脆さを知る。


“1ヶ月後に栞が生きている可能性は?“

その“数字“に頼りたかったのは、安心したかったからだ。なんともない、放っておけば自然に目を覚ましてまた元気になると。そう証明して欲しかったから。

結果は、たったの15%。

ふざけるな、と思った。


僕は初めて“数字“に抗おうとした。

栞の生きる道をどうにか繋ぐために、あらゆる手を可能性を探った。手術をする、海外の病院に移す、優秀な医者を呼んでくる、試したことのない治療法を試す…何をやっても、“数字“は上がらない。それどころか、日が経つにつれどんどん下がっていく。

倒れてから2週間が経った時。

たった1日、それも数時間だけ栞が目を覚ましたことがあった。


呼吸器をつけたまま、か細い声で栞が僕に話しかける。自分の患者についての話、家族に何を伝えて欲しいか、自分が死んだ後にどうして欲しいか。

死を完全に受け入れている栞が、許せなくて。

「まだ道はあるから、可能性はあるから」と何度も無理やりな笑顔で励ます僕を見て、栞は可笑しそうに笑っていた。

「…楼君らしくないね…あんなに“数字”に、従順だったのに」
「…あんな数字、クソ喰らえだ」
「…ふふっ、本当だ。楼君にもちゃんと…ロマンとか、あったんだねえ」
「…これはロマン関係ないだろ」

相変わらず無理やりな理論だ。苦笑いしたつもりが、何故か涙が溢れてしまいそうで慌てて目を瞬いた。栞はそんな僕を、ただ優しい眼差しで見つめている。

やがて、栞がそっと消え入りそうな声で言った。

「…ごめんね、伝えてなくて」


その言葉で理解する。栞は倒れるよりもずっと前から、自分がいつどうなるのか知っていたのだろうと。

「…いつ知ったの」
「…3年くらい前から…だから、誰とも付き合わないって決めてたんだけど…最後の最後でね、負けたの、自分の気持ちに…」
僕と出逢った時には、既に知っていたということだ。その言葉で全てわかった気がした。

2年前に“付き合える可能性“が4%だったのは、他に好きな人が居たんじゃなく栞にその気がなかったからで。半年前の86%は、死期が近いと悟った栞が最後くらい…と思い直したから。


何も言えない僕に、栞は笑いかける。

「…私が、明日生きている可能性は…」

ふっと、見慣れた黒い“数字“が栞の顔の上に浮かび上がる。
信じられないその“1%“が、僕の眸に、現実を突きつけるように映る。


こんな“数字“、視えない方が良かった。


涙と共に零れ落ちたその言葉を聞いて、栞がふっと微笑んだ。


「大好きだったよ、楼君」


それが栞の最後の言葉であり、その日が栞の命日になった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


白い布を被せられた栞の姿が、頭から離れなくて。
何も考えられぬまま、呆然と僕はベンチに座っていた。毎日栞とご飯を食べていた場所。

“数字“の話をしていたあの日も、下らない会話をしていたあの日も、もう帰ってこない。

仕事も、世界も、人も全部全部どうでもいい。
栞の居ない世界なんて、意味がない。

“数字“なんて結局、なんの役にも立たなかった。神様は最低だ。
救いなんてどこにもなかった。決められた運命に向かって、ただ人間を歩かせているだけじゃないか。


呪いの言葉がぐるぐる回る頭で、ぼんやりと景色を眺める。

橙色に染まった中庭。茜色の空、遠くで鳴るどこかの学校のチャイムの音、駆け回る子供たち。

『夕暮れ時の世界が、1番綺麗だよね』

そう言っていた栞はもういない。


ふっと、何かが引っかかって。
僕の意識はようやく現実に引き戻される。

黒髪ツインテールの女の子が、中庭の端の方で友達とボール遊びをしていた。黄色いボールを互いに蹴り合っては、あっちこっちに飛んでいき、それをまた追いかける。とても楽しそうにキャッキャと笑う声。

見覚えのある子だ。冬花ちゃん、と呼んでいた栞の大事な患者さん。

最後に病室で言葉を交わした時も、「冬花ちゃんをよろしくね」と言っていた。退院するのを見届けたかったなあ…と少し寂しげに笑って。


彼女を見ていると、再び言い表せない悲しみが込み上げてきて。
僕は目を逸らした…逸らそうとしたのだが。


信じられないものを見た。

“0%“

“数字“が、冬花ちゃんの頭の上に浮かんでいる。何故だかわからないが、それが何の“数字”か僕にはわかった。

彼女が、1分後に生きている可能性。


友達の蹴った黄色いボールが、冬花ちゃんの頭上を超えて飛んでゆく。
それは中庭の芝生を超えて、すぐ脇の道路に転がった。

ボールを追いかけて冬花ちゃんが、道路へ駆け出す。

そこに、近づいている大型トラック。

ブレーキをかける気配はない。


『大事な患者さんだから』

『冬花ちゃんをよろしくね』

『…大好きだったよ、楼君』



脳裏に焼きついた、栞の言葉と笑顔。


その瞬間。


考える間も無く駆け出した。間に合う可能性は…何もしなくても助かる可能性は…両方とも助かる可能性は…なんてもう確かめない。

0%の“数字“は今も、冬花ちゃんの頭上にある。
その冬花ちゃんが、トラックに気づき恐怖で目を見開いた。

もう距離はない。足がすくんで逃げる事もできない。

トラックがぶつかるまで、あと数センチ。


飛び込んだ。

轟音、衝撃。


ーーーーーーーーーーーーー

世界が霞んでいる。

こちらを、泣きそうな目で見つめる冬花ちゃんの頭上。

0%の数字が少しずつ、上がり始めている。

ハハッと乾いた笑いが口から溢れた。

もう息をするのも苦しい。


「…可能性なんて、ただの…数字じゃないか…」


最後に見えたのは、血に赤く染まった右手と夕暮れの中に溶けた世界。

本当に、この時間の世界が1番美しいな。


そうぼんやりと思いながら。

重く瞼が、沈んだ。



NEVER END






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