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ダンス・ウィズ・ハンドレール 〜支持基底面と重心位置のはなし ③

続き物のはなし第三弾です。



高岡早紀という女優さんをご存知だろうか。


自分とほぼほぼ同世代の方なのだが、彼女が中学生から高校生の時に、我々世代にはファンファン大佐として記憶される俳優さん(岡田真澄さんですね)と、マドラスという靴屋さんのCMに出演されていた。


あの、高く脚を跳ねあげて仰け反る彼女に悩殺された年頃の男子は多かったと思う。されました。
今回はそんな動画からご覧ください。



バレエやダンスなどの身体表現は、支持基底面と重心位置の関係を無視しては成り立たない。そしてソロであればできる事は限られるが、ペアを組むと話は変わる。


改めてこのCM動画を見てみると、ラストシーンでファンファン大佐は彼女の背後にまわり、手を繋いで開く動作を誘導し、彼女はその身を軽く大佐に預けている。羨ましい

そして、その瞬間、彼女の支持基底面は広がっている。左足が外側に開いていることに加え、その手から、大佐にその重みを伝え、それを受け取った大佐がそれを支える反力を伝えているのだ。
それによって、彼女の支持基底面は両足裏と、大佐に繋いだ両手の4ヶ所がつくり出す広い範囲となる。だから単独のときに比べてより複雑なポーズがとれる。ペアを組むダンスのダイナミックさの、これが根源である。実際はこれに動き(モーメント)の話が加わっていくので、そこまで単純ではないのだが。


そしてその後、大佐のその両手は、彼女の手が頭上までゆっくり動くように添えながら、彼女が脚を揃えてスッと上に伸びたポーズを取るのを助ける。
これは平面方向に反力を与えて、彼女の極めて小さくなった支持基底面から、彼女の重心位置が外れないようにサポートしている。
なるほど、ペアを組むダンスには、相手がこういうアクロバットな姿勢を保たせる役割もあるのだね。


この動作から、わかる事がふたつある。

支持基底面を構成する接地面は、何も足裏だけに限らないということ。

そして、

重心位置は外部から誘導することができるということである。


まず前者について考えると、大佐の手の代わりとなるものは、実はたくさんあることがわかる。
横手すりを上から押さえてもいいし(バレエスタジオには横手すり必須ですよね)、縦手すりをしっかり掴んで、摩擦力で垂直方向に反力を伝達しても良い。さらに杖だって反力を伝えるし、歩行器はより広い支持基底面をつくる杖とも言える。

大雑把な言い方をすれば、これらはすべて、いわば支持基底面拡張デバイスなのだ。



もっと考えてみる。たとえば自分が1歳頃の時を思い出してほしい、といっても記憶はほぼ無いだろうから、その頃の写真が残っていたら見て欲しい。

アダムスキー型宇宙船のようなサークル歩行器の中で、満面の笑みを浮かべる赤子のそれがないだろうか?
1人では立ち上がる筋力がなくても、支持基底面を広げるデバイスの反力を適切に借りられれば、人は立って移動できるのだ。

その中で下肢の筋力を鍛え、重心の位置のコントロールが上手くなり、徐々に人間は転ばずに二足歩行ができるようになる。

高齢者のリハビリも、それと大きな違いはない。ただし、骨が弱っているなどの別の困難要素はあり、その場合はそれをカバーすれば良い。

こちらは支持基底面を広げながら、荷重をコントロールして関節や骨への負荷を減らす優れものである。福祉用具貸与では使えず、病院等での利用に限られているようではあるが、コンセプトを突き詰めたこのようなものもあるのだ。


我々、住環境整備を行う側からできる転倒防止は、その人の身体と生活に合った支持基底面拡張デバイスを、いかに適切に選び、配置するか、ということになる。

言い換えると、我々は「支持基底面拡張業」を営んでいるのである。住環境を身体に合わせて整える仕事人は。

だから、T字杖から各種の歩行補助つえ、各種の歩行器、そして貸与品手すり各種、こういった福祉用具のバリエーションの理解は重要である。
転倒防止からの自立支援という同じゴールを目指す上で、選択肢は多い方がそれだけ利用者さんのニーズとすり合わせがし易くなるからだ。

例えば、寝室からトイレまでの壁に横手すりを張り巡らしたとする。しかし、広い扉のところには手すりは付けられなかった。その時、その利用者さんの歩行能力では手すりが必須だったとしたら?
むしろこれは、断崖絶壁に利用者さんの手を引いて行くようなものである。

そのとき、様々な福祉用具の知識があれば、適切な歩行器をお勧めしたり、またその飛び石状になってしまう危険部位に貸与品の手すりを導入したりなど、違う手段を利用してその危険を埋めることが可能になる。
だから、住宅改修の手すりの設置は、それだけでは成立しないということが、少しはご理解いただけるだろうか。あくまで支持基底面を、生活上必要な場面で拡張することを目的に、そのデバイスを配分する思考が必要になる。その形状や特性の違いや、介護保険の制度利用を前提としたランニングコストも考慮して、である。

ファンファン大佐のあの手のように、相手のしたい動作を考え、それをサポートするような支持基底面拡張デバイスを適切に配置する、そんな仕事がわれわれの理想と言って良いのでは、と思う。



とりあえず大まかに支持基底面と重心位置の理屈は書けたかな。というところで、早紀ちゃんを狭い支持基底面に乗せるファンファン大佐の手の話が出てきたので、さらに次の話に続く。

次回、手すりが重心位置を操作するお話です。


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