見出し画像

車いすのドメスティック進化 〜6輪車いすの話


かつて自分がいた大学に、車いすの動線やら空間やら何やらを研究テーマにしている先生がいらっしゃった。
だがこの業界にあまり興味がなかった自分は、当時は華麗にスルーして劇場の研究などをしている先生のゼミに入ったのだった。


でもその先生方の研究成果は、車いすで生活するための標準的な寸法などに生かされ、何らかの基準として、高齢・障害者の住居基準や現在のバリアフリー法などに記されている、はずである。

そしてその結果として、日本の一般的な木造住宅の廊下は車いすを使うには狭いという建築業界的な定説が生まれ(今でも介護福祉士のテキストにはそう書いてあったりする)、
だから車いすユーザーは古い家を直さなくては住めない、というように一般にも受け取られるようになっていったのだと思う。



でも現実として、よほど大柄な方でもない限り、いまは介助用車いすであれば、場合によっては自走用だとしても、昔ながらの芯々3尺幅(柱の中心間隔91cm)の直角に曲がる廊下でも、車いすがつっかえて詰む事のない選択肢が見つかる。
よほど大柄か、リクライニング型など多機能のもの必須の方以外は。

なので段差の問題がなければ、派手に壁を壊すような大掛かりなリフォーム、基本的に不要と自分は断言しよう。ごめんよN村先生。



ただこれは、その研究が無駄だったわけではなく、そういう局面で使うための、6輪車いすのバリエーションが発展したことが大きい。
これ、介護系の方々はご存知かもしれないが、一般の方はピンと来ないと思うので、それがどんなものか説明してみる。



いわゆる普通の車いすは、横から見て主輪の軸がシート中心よりちょっと後ろ側にずれて配置される。
これは手で漕いだ時に後ろにひっくり返らないために必須だ、と思われていた。

前輪と後輪との距離(ホイールベース)が広がると安定するが、小回りが効きにくくなるのが4輪車の物理特性である。


自動車で言うと50年代のアメ車を想像していただきたい。ホイールベースは3m弱。鼻先が遠く重たくなると、旋回半径も大きくなり、さらに転回するために必要なモーメントが大きくなるので、車はむやみに曲がりたがらなくなる、と言う方が正確な表現かもしれない。



それに対して、狭いところでもクルクル回すためには、ホイールベースを小さく、重量を重心に近い位置に集めれば良い。

自動車で言うところの、ラリーに勝つために生まれた名車、ランチアストラトスの理屈である。
ちなみにホイールベース2.1mのこの車、西風氏のGTロマンという漫画の中で、どうやって走ってもスピンするみたいな描写が面白かった。
こちらはちょっとした刺激で、よそ見ばかりしていろんなところを向いてしまうわけである。

つまり、小回りを特徴とした車いすをつくる時もそれがポイントになるわけで、ホイールベースを最短にするためには、前輪は近めに、そして主輪もできるだけユーザーに近いところに寄せると良い。

ただし、このままではちょっとした動きでも後ろに転倒する。それは不味いということで、主輪のさらに後に転倒防止のための補助輪をつけたのが6輪車いす、というものになる。

狭い日本の間取りが、介護保険が始まってからの20年余りで、車いすの実用的なデザインを磨きつづけたことになるだろうか。結果としてドメスティックでなく、ワールドワイドに通用するものができてしまった。

現在は、このタイプの車いすに、それぞれの身体の大きさや使用目的に合わせたバリエーションが増えたので、家が狭いなら6輪車いすに換えればいいじゃない、が可能になった、という訳である。


たとえば日進医療器のこの辺ですと
回転半径、なんと53cm
介助用ならカワムラサイクルのこれかな?
こまわりくんというネーミングの勝利


介護保険では、レンタルでその人の身体に合った車いすが貸し出せるというのが売りだが(ただし原則要介護2以上)、実は家に合わせるという点でも以前よりずっと進化しているのだ。

そして、こちらの方が、間取りを派手に直すよりお財布にも優しくなっている事は、ぜひ死ぬまで自宅で過ごしたい、と考える皆様には予備知識として知っていただきたいと思うのである。


介護に先んじて、予防的なバリアフリーリフォームなど行う前に、ぜひお近くの福祉用具専門相談員の方にもご相談あれ。ケアマネさんなら良い方をご存知のはず、なので。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?