望んでいたものが突然目の前に現れると躊躇してしまうという話

スイフトスポーツに試乗してきた。妻からMTの購入許可がおりたのである。しかし、肝心の俺のほうが日和ってしまっている。

いまうちには3列シートの車がある。車の完成度は高く、満足している。運転していて楽しい感じではないが、でかい車体の割には素直なハンドリングで、エンジンのトルクもモリモリなのでゆったり運転できる。ディーゼルで燃費もいい。俺には過ぎた車である。

俺はこの車に加えて、アルトワークスあたりの軽スポーツを増車したいと考えている。しかし、家計的に難しく、妻を説得することはできなかった。俺は絶望し、昼飯を納豆だけで済ませ続けてきた。俺は貧しいからだ。

しかし妻も鬼ではない。車趣味を理解していないわけではないのだ。妥協案として、今の車をMT車に乗り換える提案をしてきた。予算と使い勝手からして、スイフトスポーツが現実的な選択肢になる。

俺は日和っている。今の車は妻も運転している。妻はAT限定免許なので、乗り換えれば運転できない。通勤で車を使う必要があるのは、むしろ妻の方である。職場までは車で10分程度なので、別に俺が送り迎えをすればいいわけだが、今に比べれば諸々の不便を強いることになる。そうまでしてMT車を欲しいわけではないのだ。

ともあれウダウダ悩んでいても仕方がない。俺たちはスイフトスポーツの試乗に行った。結論から言って、めちゃくちゃいい車だった。しかし、どうにも「乗りたい」という気持ちが湧いてこないのである。

もちろん、妻に不便を強いることの抵抗感もある。今の車を手放す名残惜しさもある。とはいえ実際に乗ってみてめちゃくちゃ楽しければ、そういうハードルも気にならなくなるはずだった。そう、いい車だったが、楽しくなかったのである。

これは意外だった。車としての完成度が高すぎたのだ。およそ200万で買える車の完成度ではない。スポーティなのに、乗り心地や静粛性が犠牲にされていない。ピシッと曲がるし、しなやかに段差をいなしてくれる。快適で速い。それなのに、いや、それだからなのか、ワクワクする感じがないのである。

俺はかつてカローラレビンに乗っていた。AE111と呼ばれるモデルである。スイフトスポーツとはキャラクター的にまぁまぁ近い。括りとしては、ライトウェイトスポーツということになるだろう。軽い車体の俊敏さを楽しむ。パワーはないが、街中でも楽しむにはかえってその方が適していたりする。

決定的に違ったのは、車体の高さとエンジンである。スイフトスポーツは座面が高いために、脚を下ろすような、いわゆるアップライト気味の運転姿勢になる。レビンは車体が低いので、脚を投げ出す形の運転姿勢だ。車との一体感というか、コクピット感というか、その辺がだいぶ違う。

エンジンも、スイフトスポーツは低回転からターボが利くトルク型のエンジンであるのに対し、レビンは高回転型のエンジンである。普通に走るぶんには前者の方が乗りやすいし、速い。しかし、伸びないのである。低速はスカスカなのに、5000回転あたりから気が触れたかのように伸びていく、あの感じがないのである。

排ガス規制によって、高回転型のエンジンはことごとく絶命してしまった。ロードスターや86といったスポーツカーも、ノーマルのエンジンは凡庸である。かつてのVTECのように、回してナンボなエンジンは過去の遺物になったのだ。

スイフトスポーツに話を戻そう。スポーツタイプなのに、ベビーカーも問題なく載った。後席も、イメージほど狭くない。妻からも及第点が出た。静粛性と乗り心地も、レビンとは雲泥の差である。レビンは高速道路でつねに五月蠅く跳ねているので、長距離は疲れて仕方なかったが、スイフトスポーツにそんな心配は無用そうである。

しかし、再度乗りたいとは思わなかった。かつてレンタルしたロードスターは、そのまま乗って帰りたかった。レビンには今でも乗りたいと思う。どちらも、感触をありありと思い出すことができる。「あれをもう一度」と思ってしまう。スイフトスポーツは、人生で2度と乗ることがなくても、とくに後悔することはなさそうだ。

優等生よりもDQNの方がモテるのと同じ理屈だろうか。ヤバい感じが欲しいのかもしれない。逸脱したいのかもしれない。スイフトスポーツは、キチッと枠の中に収まっている。しかも、どの面をとっても、価格に見合わない高い水準で、である。

もちろん、後から弄って逸脱させることはできるだろう。しかし、そのための費用の捻出は100%許されない。どうするべきだろうか。いや、こうやって「買わない理由」を長々書いている時点で、結論はもう決まっているのかもしれない。

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