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村田陽一『Tapestry Ⅱ』 2024年インタビュー Vol.1(Interviewer:内田正樹)

2024年7月1日、村田陽一がニューアルバム『Tapestry Ⅱ』をリリースした。
本作は、2012年リリースの前作『Tapestry』同様、全作曲、演奏、アレンジ、録音を村田が一人で行ったソロアルバムだ。リリースに際して、同月、村田に行ったロングインタビューをnoteに寄稿する。
Vol.1では、主に今作の誕生の背景や制作環境について話を訊いた。
前後編トータル9,000字のテキストを通して、トロンボーンという楽器の可能性を存分に追求した『Tapestry Ⅱ』の世界へ、より深く分け入ってもらえたら幸甚である。(内田正樹)

 記録しておきたい音、遺しておきたい曲は、
 形にしておかなければ


 ──前作『Tapestry』のリリースは2012年。12年振りの続編となりました。

「以前のオフィシャルインタビューでも少しお話ししましたが、前作は、当時、いろいろあってやや鬱屈としていた自分の心の混沌というか、有る種の“澱(おり)”を吐き出すように一人で作りました。吐き出すことで循環して、先に進まなければと思っていたというか。

この数年、世の中ではコロナもあったし、自分の周囲も目まぐるしく変わった。肉親の旅立ちや、コロナで亡くなってしまった友人、知人もいた。かつて一緒にプレイした、村上“PONTA”秀一さん(2021年没)や、デイヴィッド・サンボーン(2024年没)も、そこまで高齢ではないのに旅立ってしまいました。

近年は自分のメンタルも安定していて、自宅で野菜を育て、収穫したりと、生活環境もオーガニックになりました。あまりネガティブな感情に支配されずにやってこられていましたが、近しい人の死は、やはり非常に堪えます。今年2月には、札幌在住のピアニスト/コンポーザーの福由樹子さんも52歳の若さで亡くなってしまって」

 ──福さんが22年にリリースされたセカンドアルバム「Ordinary Delight」に、村田さんはミュージックディレクターとして参加されていた。

「大貫妙子さんや坂本龍一さんも好きだった真駒内の芸森スタジオで一緒にレコーディングをして、東京でのマスタリングやレコ初ライブのメンバーのアレンジもお手伝いをしました。彼女にとっても、僕にとっても自信作でした。また一緒にやろうと言っていたのに……でも、決して不謹慎な意味ではなく、いま、こうなってしまうと、あのタイミングで胸を張って自信作と言えるアルバムを制作できたことは、彼女にとって本当によかったんだと思います。

僕自身、いつかはこの世からいなくなる日が来る。だからこそ、記録しておきたい音、遺しておきたい曲は、やはり形にしておかなければと改めて思いました。最新作が最高傑作でありたいし、最後に手掛けた音源が、生涯一番のサウンドでありたい。その思いは、昔も今も変わりません。そうした思いのなか、直近の作品をきちんと遺しておきたいと思うし。

今年3月、珍しくスケジュールがガラッと空いた期間があったので、今の自分が出来ることを一人でやってみようと制作をはじめました。前作の頃は毎日曲を書いていたけれど、ここ10年くらい、曲を書かなくなっていたんです。なので、自分のネジを自分で締め直したというか」

 ──その理由のひとつは、やはりレコーディングやアレンジ、バンド参加など、コロナ禍を除いてオファーがひっきりなしに続いたからでしょうか?

「有り難いことにそれは大きかったです。やはり自分を必要としてくださる場所では良いプレイヤーでいたいし、ベストを尽くしたい。しかも、特に、椎名林檎さん、渡辺貞夫さん、香取慎吾さんとのお仕事は、自分が思うような形でスコアを書かせてもらえたり、プレイヤーやバンマスとしての表現をさせてもらえているので、充実もしている。すると、その分、どうしても自己表現欲は希薄になってしまう。でも、自分の思いの表現や記録という面では、やっぱり自分の音楽が必要。ソロ作品は、メロディからアレンジまで含めて、全て“自分”の表現ですから。

最初は今作を、『Tapestry』の『Ⅱ』にしようとは、全く思っていなかったんです。でも、全て一人で作っているわけだし、制作・録音を進めていくうちに、前作とほぼ同じ機材で、この数年の自分の変化が可視化できるわけなので、「『Ⅱ』がいいのかもしれない」という気分になっていきました」

 トロンボーンの音色には徹底的にこだわった


 ──今作の制作環境については?

「前回同様、自宅のMacで、Logic Proというデジタルレコーダーを使いました。Macも7.8年前のiMacのまま。アレンジもちゃんとしたキーボードは使わないので、iMacの前に小さな作曲用のキーボードが置いてあるだけ。デジタルな素材も、Logic Proの標準に入っている素材しか使ってない。新たに素材を買い揃えようという気持ちもなくて、それよりはフレーズやタッチを変えることで納得のいく聴こえに近づけるというのが僕のやり方です。

ただ、使い方は前作から大分変わりました。今回はトラックがアコースティックである必要も一切ないという意識が最初からあったし。自分のメロディやコード感を全てトロンボーンで構築していく上で、バックトラックにそこまで執着しなくていいと思った。チルっぽいリズムもある一方で、生のドラムだとまず叩けないようなビートや、DJ風のビートやトラップっぽい音も入っていて」

 ──リズムの音色についてはかなり割り切っているような印象を受けました。要は、トロンボーンと一緒に生のグループを生み出そう、みたいな発想のリズムではなく、あくまでトロンボーンの背後で鳴るリズムというか。それでいて、前作とは打って変わって開放的というか非常に自由なのも興味深くて。

「そうですね。たしかに今回、トロンボーンの音色には徹底的にこだわったけど、リズムの音色にはそこまで執着が無かった。ドラムも2つぐらいのドラムを同時に鳴らしていたり。曲によっては、オーディオデータとして既存のループ素材も使っているし、かなり割り切っていますね。ライブでやろうとしたらまた違うものになるだろうし、メロディとビートとハーモニーを全体の印象で感じてもらえたらそれでいい、という考え方ですね。

その辺りの割り切り方は、ここ最近のソロパフォーマンスの収穫も影響しています。上手いプレイヤーと一緒にやるバンドの機微や生の醍醐味は、『HOOK UP』のライブや、オーケストラ形態のライブで十分に味わえているので。『HOOK UP』なんてグルーヴの権化が集った動物園みたいだし(笑)。その分、ソロでは一人だからこその面白さや楽しさを自由に追求するという方法論に特化していますね。そこは今回の制作当初から全くフォーカスがブレなかった」

 ──作曲のペースは?

「ほぼ1日1曲。前作のときもそうでしたが、日記を書くような気持ちで書きはじめて、出来るまで途中で止めない。午前中からとにかく1曲書き上げてしまって、Macで楽譜を書き、そのデータをそのままLogic Proにエクスポートしてある程度のトラックまで仕上げる。で、夕方か翌日には、それに合わせてトロンボーンをダビングする。

日記のつもりだから、たとえば昨日と似ている曲が出来ても別に構わない。基本的に、自分のために書くものは、素材としてあまり長く持ち越さないようにしているので、前作当時にあった曲は一切無いですね」

 ──主旋律はどんなふうに浮かぶのですか?

「僕は完全にコード派。まずコード進行を考えて、それに合わせてメロディを作っていき、メロディが固まったら、それに合わせて少しコードをいじるという感じです」

 ──トロンボーンのダビングについては?

「ものすごく時間をかけました。今までで最もかけたかもしれない。前日のソロが気に入らなかったら全てやり直して、その翌日、「やっぱり違うな」とまた録り直したり。16小節のために、3、4日かけるくらい執着しました。ソロっぽく聴こえる箇所も、アドリブではなく、固定のメロディだったり、完全なダブル(=二本分の演奏がぴたりと揃ったサウンド)だったりするので、少しでも気に入らなければ、全く違うメロディに変えました。

あと、今回初めて、Logic Proについている機能を使って、トロンボーンのオーディオデータをMIDIデータに変換して、全く違う音色で鳴らしたものを重ねたりしました。トロンボーンと一緒にシンセが鳴っていたり、トロンボーンのソロの後にぴったりとヴィブラフォンがいたりするのもそう。自分が吹いたフレーズをコンピューターが解析して、それを鳴らしている。ある意味、AIレコーディング(笑)。マインドとしては、パット・メセニーのギターシンセみたいな感覚ですね。

『Tapestry』(=つづれ織り)というタイトルは、デジタルとアナログの混在という意味も含んでいるので、3声のハーモニーも、自分で吹いたラインを4つぐらいコピーして、それぞれに単音ずつハーモナイザーをかけてちょっと面白いハモりにしたり。同時に鳴っているトロンボーンは最多で3本かな。でも、同時でなければ一曲の中のトラック数で20〜24本ぐらい使っていることになりますね」

 ──前作は意識の混沌を汲んで曲にしていたのに対して、今作はテーマやメロディー、アレンジと一定の距離を取っているというか、村田さん自身がそれぞれの曲を対象化されている印象を受けました。

「そうですね。初めて邦題のタイトルを付けた曲があるのも、その表れだったのかもしれません。曲順も前作は出来た順に並べていましたが、今回は聴いていただける方の側にある程度立って考えられましたし。肩の荷が軽くなったというか、力(りき)みが減ったのかな。こんなにスムーズにアルバムが作れるのなら、もっと作らなきゃなと考えを改めた次第でした(笑)」

(Vol.2へつづく)

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