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短編小説

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note掲載の短編小説をまとめています。色々なジャンルごちゃまぜです。タイトル後ろの【 】にジャンルを記載しているので、参考にしていただけると嬉しいです。
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2023年4月の記事一覧

その奇妙な店は~朝顔は絡みつく【奇談】

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません __________  その奇妙な店は、ジャングルのようであった。  佳代子は思わず足を止めた。  職場からの帰り道に、何となくいつもと違うことがしたくなって、いつも曲がらない道で曲がった。そして、見つけたのだ。その店を。  花屋のようであった。  床にはびっしりと植木鉢が並べられており、天井からは無数の植物がぶら下げられている。切り花は見当たらない。鉢植えの観葉植物がほとんどで、その全てが生き

赤い紫陽花【奇談】

 赤い紫陽花もあるのだ、と、相川は少なからず衝撃を受けた。    六月の始め。  吉祥寺から渋谷に向かう通勤電車でのことであった。  人の詰め込まれた車内には、梅雨特有のじっとりとした空気が漂っている。傘が当たってしまったのだろうか、それともただ苛立っていたのだろうか。隣の若い女性がこちらを一瞥し、舌打ちをした。  酷く憂鬱な気分であった。寝不足のせいもあるのかもしれない。頭の中にもやりとした膜が張っているかのようである。その鬱屈さを少しでも追いやろうと、相川は、窓の外に視

恋探偵!姫崎ヒメノ~和歌のヒミツを解き明かせ!【児童小説】

「うーん! わかんないなあ」  あたしは何回目かのため息をついて、手に持った手紙を高くかかげた。自分の部屋の、魚の形をしたペンダントライトに透かしてみても、なんにも変わらない。いたってフツーの手紙だ。 「夢佳ちゃん、お手紙きてるわよ」  そう言ってママがポストから出してきた手紙は、シンプルな白い封筒だった。宛名のところにはたしかにあたしの名前『池野夢佳さま』と書かれている 「差出人が書いてないけど、心当たりある?」 「んー。わかんない。友だちかなあ」  あたしたちの学校では、

わたし、きれい?【児童小説】

 五時を告げるチャイムが、赤く染まった教室に鳴りひびいていた。 「えっ、もうこんな時間?」 「やばっ」  マキとユリはあわててランドセルをつかむ。  放課後教室に残って、こっそり持ち込んだファッション誌を読むのが、ここ最近の二人の流行だった。ついつい読みふけってしまったのだ。こんな時間になっているなんて、まったく気がつかなかった。  校舎を出ると、もう夕やみがあたりを包み始めていた。がらんとした校庭はうす暗い。校舎の影がうすむらさきに溶けているようだ。秋の、冷たい風が砂を巻

かしづく、手【奇談】

 その手は、公園に生えていた。  赤ん坊の手のようだった。ふっくらとした指の先はほんのりと赤く、米粒のような爪は斜陽に照らされて、ぴかぴかと光っていた。  うすら寒い春先の出来事である。  まだ冬の気配を濃厚に感じる、吹き下ろすような風が、彼のトレンチコートの裾を巻き上げていった。  河野は、目を細める。  夕焼けの赤が眩しい。この時間に帰宅するのは久しぶりである。  家路を急ぐ、という感覚は、彼には分らなかった。もう四十近い年齢であるが、妻も、子どもも、彼にはいない。家