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短編小説

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note掲載の短編小説をまとめています。色々なジャンルごちゃまぜです。タイトル後ろの【 】にジャンルを記載しているので、参考にしていただけると嬉しいです。
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記事一覧

逆さ男【怪談】

 何しろ『こういう』ことが滅法好きなので、辻村がこの道を歩こうと決めたのはごくごく当然のことであったのだと思う。  夏の宵。  暑さも幾分鳴りを潜め、そぞろ歩きにぴったりの夜である。酒は回っているが、ふらつくほどでもない。  月が綺麗であった。その月光と街灯のおかげで、まるで昼間のような明るさである。  確か、この先の道を曲がったところのはずだ。  あの廃屋があったのは。 「そういや、あそこもなくなったんだよなあ」  口火を切ったのは、新田であった。  お盆休みに、久しぶ

来訪者【怪談】

 鳴り響く音に、和子は身を固くした。  枕元の携帯を引き寄せ、時間を見る。午前一時十一分。  ――また、だ。  和子は布団を頭上まで引き上げた。  ――もう、いい加減にして。  この部屋に越してきて、一週間。必ず、毎晩、この時間に。  誰かが、インターホンを鳴らすのである。  和子は今年で大学二年生になる。今までは隣県の実家から学校に通っていたのだが、学年が上がるとともに校舎が変わり、通学に三時間、かかるようになった。  いちいち通学にそんな時間はかけられないし、交

蛍【青春】

 降るような蝉の声に包まれながら、わたしは汽車を降りた。背後で扉が閉まる。ここが終点。他に客はなく、ここからの乗客もひとりもいない。無人のプラットホームに、わたしばかりがぽつねんと立っている。  もうじき陽が沈むのだろう。差し込む茜が駅の柱の影を長く伸ばし、黒のコンクリに濃い陰影を描いている。  ツクツクホウシの説法に混じり、かなかなと相づちを打つのはヒグラシか。夕暮れの赤と、影の黒。コントラストに眩暈を起こしそうで、わたしは大きく息を吸い込んだ。濃厚な緑と、土の香が、肺い

その奇妙な店は~薄紅色の籠の中で【奇談】

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません __________  その桜を見て、久恵は目を丸くした。  会社帰りのことであった。  深夜である。  普段ならもう少し早く家路に付くのだが、会議やら会食やらが立て続けに入り、気付いたら終電を逸していた。別の路線ならば、まだ電車が出ている。タクシーを使うことも考えたが、節約を命じている立場である。自らが破るわけにはいかないと思い直した。  それで、歩いていたのである。  普段通らない道を、

その奇妙な店は~朝顔は絡みつく【奇談】

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません __________  その奇妙な店は、ジャングルのようであった。  佳代子は思わず足を止めた。  職場からの帰り道に、何となくいつもと違うことがしたくなって、いつも曲がらない道で曲がった。そして、見つけたのだ。その店を。  花屋のようであった。  床にはびっしりと植木鉢が並べられており、天井からは無数の植物がぶら下げられている。切り花は見当たらない。鉢植えの観葉植物がほとんどで、その全てが生き

赤い紫陽花【奇談】

 赤い紫陽花もあるのだ、と、相川は少なからず衝撃を受けた。    六月の始め。  吉祥寺から渋谷に向かう通勤電車でのことであった。  人の詰め込まれた車内には、梅雨特有のじっとりとした空気が漂っている。傘が当たってしまったのだろうか、それともただ苛立っていたのだろうか。隣の若い女性がこちらを一瞥し、舌打ちをした。  酷く憂鬱な気分であった。寝不足のせいもあるのかもしれない。頭の中にもやりとした膜が張っているかのようである。その鬱屈さを少しでも追いやろうと、相川は、窓の外に視

恋探偵!姫崎ヒメノ~和歌のヒミツを解き明かせ!【児童小説】

「うーん! わかんないなあ」  あたしは何回目かのため息をついて、手に持った手紙を高くかかげた。自分の部屋の、魚の形をしたペンダントライトに透かしてみても、なんにも変わらない。いたってフツーの手紙だ。 「夢佳ちゃん、お手紙きてるわよ」  そう言ってママがポストから出してきた手紙は、シンプルな白い封筒だった。宛名のところにはたしかにあたしの名前『池野夢佳さま』と書かれている 「差出人が書いてないけど、心当たりある?」 「んー。わかんない。友だちかなあ」  あたしたちの学校では、

わたし、きれい?【児童小説】

 五時を告げるチャイムが、赤く染まった教室に鳴りひびいていた。 「えっ、もうこんな時間?」 「やばっ」  マキとユリはあわててランドセルをつかむ。  放課後教室に残って、こっそり持ち込んだファッション誌を読むのが、ここ最近の二人の流行だった。ついつい読みふけってしまったのだ。こんな時間になっているなんて、まったく気がつかなかった。  校舎を出ると、もう夕やみがあたりを包み始めていた。がらんとした校庭はうす暗い。校舎の影がうすむらさきに溶けているようだ。秋の、冷たい風が砂を巻

かしづく、手【奇談】

 その手は、公園に生えていた。  赤ん坊の手のようだった。ふっくらとした指の先はほんのりと赤く、米粒のような爪は斜陽に照らされて、ぴかぴかと光っていた。  うすら寒い春先の出来事である。  まだ冬の気配を濃厚に感じる、吹き下ろすような風が、彼のトレンチコートの裾を巻き上げていった。  河野は、目を細める。  夕焼けの赤が眩しい。この時間に帰宅するのは久しぶりである。  家路を急ぐ、という感覚は、彼には分らなかった。もう四十近い年齢であるが、妻も、子どもも、彼にはいない。家