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磯の湯

(2021/9/15発行 新聞コラムのこぼれ話し)

毎月第3水曜日、スポニチ西日本版(近畿、東海、中国、四国、北陸:一部を除く)で「温泉書き流し」というコラムを執筆しています。

山奥に突如現れる野湯や、覚悟を決めないと中々辿り着けない河原の湯など、温泉ソムリエとして比較的マニアックな温泉をご紹介しています。

今日はこちら。

トンネルをぬけると確かにそこには。

舞台は静岡県東伊豆町です。大川や熱川など6つの温泉郷を有する伊豆が誇る湯どころです。

とある取材の帰り道でした。大海原を臨むようにそびえ立つ高級宿に見とれながらレンタカーを走らせていました。

夕方のニュース番組で平日は毎日ニュースを伝える一方で外の取材に出向くことも多いです。同じ時間に同じ場所で仕事をするルーティンが苦手な私にとっては、今は理想的なワークスタイルです。次の取材候補地を聞いた時に、もちろん最初に集中するのは本筋の内容です。しかしある程度取材の道筋が描けたタイミングで考えてしまうのは「その地域なら◯◯温泉が近いな」「少し周辺を調べたら秘湯が見つかりそうなにおいが」など温泉ソムリエとしての二次取材。

この日も。

国道沿いを運転中に「ゆ」の看板が目に飛び込んできました。温泉マークはあるのに建物は見当たりません。私の秘湯アンテナが強く反応しました。

帰りの新幹線までまた時間はあるし何なら時間を変えたって良い。すぐさま車を停めました。

脇道へ入ると駐車場がありました。辺りを見渡すと、地下の小川へいざなう階段があったのです。ちょうど私がいま通ってきた国道の下を流れる川で、その水は道路下に造られた小さなトンネルへと吸い込まれていきます。

温泉の案内はその先を指しています。

足元がぬれそうになりながら、不安な気持ちとともに水路へ。そして十数メートルの謎の暗がりを出ると、何とそこに湯小屋がありました。

秘湯にたどり着くまでの個性豊かなプロセスも、各地にある名湯の魅力です。

暑い夏の日でした。私の気分はオアシスを見つけたキャラバンの一員のようでした。

ニュース取材を終え、ぐったりとした疲労感と共に1日が終わっていきそうなタイミングで、想像もしていなかったストーリーがまた始まり、その日の終盤を潤わせてくれる。

きちんと番台があり、そこには女性が1人。よく来たね、と言わんばかりの優しい笑顔で迎えて下さいました。500円を支払い中へ。

海が見えました。

緑褐色の源泉が注がれるな岩風呂が1つ。その先には相模湾が広がり数々の小さな漁船が浮かんでいます。日本の海です。潮風を全身で受けながら湯につかりました。

疲れがとれていくというよりは、素敵な場所を偶然見つけられた喜びを噛み締めるように湯を堪能。


ポケットがたくさん付いたメッシュのベストを着た男性が脱衣所へ入って来ました。間違いなく太公望です。私を見てすぐに地元の人間ではないと分かったのか「兄ちゃん、良いとこ見つけたね」と。早朝から釣りをし、この温泉で締めくくるのが休日の楽しみ方なのだとか。

男性は海に向かって洗い場に座り豪快に一日の垢をおとしていきます。その向こうを、カモメが数羽飛んでいきました。桶の湯をザブーンとかぶり、私がいる湯船へ合流。身のこなしからしても常連というか、こちらの主の様な雰囲気を醸し出していました。

続くコロナ禍。このトンネルもいつかはぬけるでしょう。次は釣りざおを持って、また訪れたい名湯です。

 ◆磯の湯 静岡県東伊豆町。営業時間は午前11時~午後6時。火曜日、荒天時は休み。

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