燃えた「江戸風呂」
衝撃だ。
僕にとっての今年一番のサウナニュースは、1週間前の12月3日、広島県にある蒸し風呂「江戸風呂」が燃えたことだ(TOP画像提供SANAMANE様)。
去年くらいまでサウナイキタイの広島県で長らくイキタイ1位を独走していた(現在は6位くらいまで落ちてる)「江戸風呂」が突如火事になった….
といっても僕はこの施設のことを好きだったから衝撃を受けているのではない。逆にサウナイキタイの広島の長年1位を懐疑的に思っていたほど、まったく自分の好みから外れた施設だったというのが本音である。
それでも毎回周囲に「江戸風呂」トークをしていたのも事実。ある意味、斜め目線での熱烈な「江戸風呂」ファンであり、ウォッチャーでもあった。一度訪れた際の体験が、あまりにも強烈だったために興味を覚えたのだ。
そんな「江戸風呂」が消滅したと知って、思わず筆を取ってしまった自分がいる。少し話は長くなるが、まあサウナ好きなら損はしないので読んでもらいたい。
2016年、偶然「江戸風呂」に迷い込んだ
「江戸風呂」に行くには、ジブリ映画の「ポニョ」で有名な広島県福山市の港町「鞆の浦」から船に乗り、仙酔島に向かう必要ある。
ネットでググると、もともと無人島であった「仙酔島」は、仙人が住んでいたという伝説があり、「仙人が酔う程に美しい島」というのが島の名前の由来と書かれていた。江戸時代の学者・頼山陽は、仙酔島や瀬戸内海の美しさを見て「山紫水明」という言葉を生み出したという話もあるほど、風光明媚な島とも書かれている。
これは行ってみたい。鞆の浦に訪れた際、どこか行こうかと迷った俺は、ふとした興味とノリで5分で渡れるという仙酔島行きを決めた。
到着すると、「山紫水明」とは異なる、ひなびたよくある島の光景が広がっていた。
だが何か妙なのだ。小さな島を散策していると、随所に不思議な違和感があった。それは日常の間違い探しのような感覚で、島のあちらこちらに「願い事が叶う」とか「パワースポット」といった、根拠のわからない看板が立ち並んでいることだと気づいた。違和感の正体が過剰なスプリチュアル臭であることに分かるのに時間はかからなかった。
例えば島が妊婦に見えるとか、観光名所の名を借りた松の木に姿を変えた龍やパワースポットの五色岩はまだしも、島の守り神「龍神さま」へのご挨拶や、「感謝の浄化玉」というものを作れるスポットといった謎の儀式のオンパレードに戸惑った。あまりにもスピ系コンテンツが島に多すぎるため、これは一体誰が、どんな目的でブランディングをしているのかが気になり、観光どころの気分ではなくなってしまったのだ(島のコンテンツがどのような内容か、次のリンク先を読んでもらえればわかるだろう)。
俺はパワースポット巡りに興味が湧かず、風呂にでも入って帰ろうと思い直し、「江戸風呂」の入っている建物へ向かった。その旅館の名前が「人生感が変わる宿 ここから」と知って、益々気が滅入ってしまう自分がいた。
館内は想像よりもひどかった。カウンターの椅子の一つ一つに白い布がかけられ、そこに相田みつをのような書体で「ありがとう」とか「感謝!」といった文字が並んでいたからだ。
自分の最も苦手とするセンスに居心地の悪さを感じながら「江戸風呂」に入ったのだが、風呂の名前は「母親の胎内風呂」というネーミングな上、超絶ぬるかった。そして施設管理が行き届いていないのか、湯船がどことなく汚いのにも耐えられなかった。
季節は冬に近い。海沿いのため、寒風にさらされ、身体は無茶苦茶冷えてしまう(風呂の様子は「強運女神チャンネル」という、やはりスピ系の動画がわかりやすいので、知りたい人はどうぞ)。
震えながら、体を温めるならサウナだろうと、江戸時代の蒸し風呂を再現したという「洞窟蒸し風呂」に逃げるように入った。すると中は何も見えないほどの真っ暗だ。何故かここも温度がぬるく、5分経っても汗一つ出なかった。
もしかして薪を焚いていないのではないか?
室内は人の気配がなく、蒸し風呂が焚かれていないのか、壊れているのか、確認する相手もおらず、ただ震えるよりなかった。
仙酔島に渡ったのは失敗だ。
出よう。
そう思い、入ってきた扉を押した時、厚手の大きな木の扉はぴくりとも動かなかった。何度か扉を押してみたがビクともしない。強い力で押したが、扉が動かないのだ。一瞬パニックになりながら、何度も扉を押したり引いたり、試してみる。だが、開かない。
「マジかよ。おーい!」
と声が自然と出た。蒸し風呂内に声が響く。
扉は動かない。
どうやら蒸し風呂に閉じ込められたらしいと気づくのに、数分が経っていた。
この時になって恐怖が初めて訪れた。これまでの流れから、もしかして怪しい宗教団体に閉じ込められたのかも、といった妄想まで思い浮かんだ。漫画「彼岸島」のような展開まで想像している自分がいた。
人間怖いと思うとスイッチが入るものである。狭い蒸し風呂内で扉に体当たりすると、馬鹿力が出たのか扉が少しだけ動いた。どうやら扉がひっかかっていたようなのだ。
何度かぐいぐいと押すと扉が開き、外に出ることができた。
浴室内は相変わらず誰もいない。誰かが閉じ込めたというわけでもなさそうだ。
どうクレームを伝えたらいいのかわからず、無言で俺は宿を出た。その日は、真っ暗な夕闇のなか、まるでホラー映画の脱出のような気分で船に乗って本土まで逃げ帰ったのを覚えている。
地元企業と一人(二人)の男
しばらく「江戸風呂」の入浴体験が頭から離れなかった俺は、やがて仙酔島について調べるようになった。誰が一体あの島をブランディングをしているのか、正直気になったのだ。
ネットで調べると「感謝グループ」なる会社が「人生感が変わる宿 ここから」を運営していることがわかった。
サイトを見た感想は率直に「?」が浮かんだ。会社に関するすべての説明が抽象的というか、あまりにも宗教的なのだ。
「感謝グループ」は福山市を中心に、酒類販売事業、ホテル事業、健康食品製造事業、タクシー会社といった多岐にわたる15業種を傘下に持つ、アルバイト含めた社員数600人ほどの地方企業だ。
そして「感謝グループ」総責任者の濱岡喜範氏が、まさに陣頭指揮をとって、仙酔島のすべてを運営していることを知った。
CHIC Webのインタビューによれば濱岡氏は次のような経歴で、仙酔島と出会ったことを語っている。
「島が泣いていた」「天の声を聞いた」からホテル・旅館業をはじめるとは、まさに天啓という奴だろう。
実際にこうした超人的なパワーを持つ濱岡氏は宗教人として、大空宗元の名前も持っている。
YOUTUBE動画によると、5歳から始まる自身の神秘的な体験の数々から出家したと話しているが、『この地球で遊ぶための宇宙の法則』という著書も出していた。要は彼の宗教的な体験とビジネスが結びついたのが仙酔島だったのだ。
「江戸風呂」を有する宿「ここから」は大空宗元のセミナー付きの宿泊プランも数多く販売していた。
実際行ってみた人のブログやnoteを読んでみると、直接大空氏と出会った人々の多くが“ただ者ではない”オーラを身に纏っていると語り、影響を受けている。やはり宗教人としての力があるのだろう。
宗教とサウナ
一方でこんなブログも見つけた。鞆の浦に在住しているであろう人のブログで、感謝グループの仙酔島への一方的な歴史の改変、捏造に怒っているのだ。
この記事は感謝グループが記している仙酔島の歴史や伝説が事実かどうかは議論しない。だが仙酔島を訪れた時に感じた違和感、それは紛れもない島に色濃く反映された宗教色であった。そして不確かな話が有難い法話のように脚色され、看板に設置され、ブランディングされていることへの疑問であった。こうした宗教的な側面に、うっかり立ち寄った自分だけでなく、地元民で仙酔島のブランディングに怒っている人がやはりいたのだ。
とはいえこうした声はSNS上に多いわけではない。感謝グループを調べていて感じたのは、なぜかネットで良い悪い含めて声や意見が表に現れないことだ。地元行政も広島県も地元民も、ほぼこうした事象を黙認しているという現実だ。
だがこれは危険だ。というのも一企業ならともかく、宗教人を名乗る人がバックに存在すると、観光やサウナを入り口に宗教に入信してしまう可能性があるからだ。特に旧統一教会(世界平和統一家庭連合)や宗教二世の問題が続く日本において、近年そうした偽装勧誘におけるマインド・コントロールは問題になっている。
ジブリ映画「崖の上のポニョ」の舞台に近い「江戸風呂」はサウナイキタイで広島県内1位という高評価を得て、僕の友人にも絶賛するものが何人かいた(俺には絶賛する理由が皆目わからなかったが…)。実際にサウナイキタイの「江戸風呂」の投稿を読んでみると「日本古来のスモークサウナ体験と観光セットで充実したサ旅を送ることができて本当に良かった!」という感想が並んでいたりするのを見かける(スモークサウナとは別ものだと思うが)。
感謝グループが別に所有するホテルや宿にはサウナがあり、サウナイキタイに登録されている。
ここ最近のサウナブームもあり、サウナから宗教という流れは警戒しておく必要がある。古来入浴が禊と呼ばれ、ケガレを落とすものとして宗教と深く結びついたのと同じく、サウナと宗教の親和性は元々高いのだ。
近年、感謝グループは自身が所有する鳥取県の皆生温泉「東光園」の水の販売事業(よみがえりの水)や、アトピーで悩む人々を集め、アトピー療法・技法・実習を行う合宿型の医療講座を積極的に行なっている。
もしサウナに訪れる際、我々はこういう宗教的な側面を持った企業のサウナを利用している、という前情報は心構えとして大切だ。
ちなみに今回調べていて衝撃的なブログを見つけた。濱岡喜範氏が元AV男優だったという告白だ。
日本屈指のパワースポットらしからぬ、今回の「江戸風呂」火災に目が離せない。なぜ火事が起きたのか? 続報を待ちたい。
*感謝グループについてのみなさまの情報をお待ちしています