見出し画像

本記事は、医療用医薬品利益供与・贈収賄規制ハンドブック「医療関係者等への利益供与・贈収賄規制に おける国際的潮流 」のうち、「1️⃣はじめに」の内容をまとめたものです。


 製薬企業は「研究者,医療関係者,医療機関等及び患者団体や医薬品卸売業者の医療界全体におけるステークホルダーの意思決定に不適切な影響を与えるような物品や金銭類は直接・間接を問わず提供」してはならない。また,これに該当しない場合であっても「医薬品の品位を汚すような物品や,社会の理解,納得を得られ難いような物品,金銭類を提供」してはならない(製薬協コード「9.物品・金銭類の提供」)。なぜなら,医療関係者等との「交流にはインテグリティが必要不可欠であり,倫理的で患者の立場に立った意思決定が行われていることへの信頼が常に求められている」からである(製薬協コード「3.1 交流の基本」)。  

 製薬協コードが示す原則は日本特有のものではなく,世界共通のものである。すなわち,IFPMAコードのエトス(Ethos:精神)は,インテグリティ(Integrity:高潔さ)として「倫理感,責任感,プロフェッショナリズムを持って行動する。意思決定に不当に影響を与えることや,不当な優位性を得るためのいかなる利益の申し込み,約束,提供を行わず,受け取ることをしない」とし,処方誘引を目的とした医療関係者等への利益供与(TransferofValue)を制限している。そして,海外の多くの国では,このIFPMAコードの概念を中核にして利益供与の規制を構築している。

 しかし,日本においては歴史的経緯もあり,医療関係者等への利益供与規制については,かなり特異な構造となっている。

グローバルの視点が要求される場面の仮想事例

 XはA社の米国本社で稀少疾患領域製品のグローバル・マーケティング責任者をしており,競合品が発売される前に圧倒的な優位をマーケットで築きたいと考えている。日本は重点国の一つであり,1年後に見込まれる当該製品の承認およびその後の上市に向けて準備をしているところである(現在承認申請中)。

 ある日,英国の国立大学教授で,当該分野の世界的な権威(Key Opinion Leader(KOL))が,関連する稀少疾患における学会イベントに参加するため,6ヵ月後に日本を訪れるという情報を得た。Xは当該KOLを自陣営に組み込むことが戦略上不可欠であると考え,当該学会イベントへ「コンプライアンスに反しない範囲で最大限のスポンサーシップ」を行ったうえで,当該KOLの受け入れにおいては「コンプライアンスに反しない範囲で最大限のホスピタリティを提供してほしい」とのリクエストをA社日本法人のマーケティング担当者Yに要請した。では,このようなリクエストを受けたYは,何を気にするべきであろうか。

 Yとしては,まず,学会イベントの形式を確認する必要がある。海外においては,医療関係者等が関与する広義の会合を「イベント」と考え,当該会合を主に資金面でサポートする行為を広く「スポンサーシップ」と呼ぶことが多い。この場合における「スポンサーシップ」とは,会場費や資料代,飲食費,講師報酬,参加者の旅費,参加者の登録費やレセプションの開催費用等を含めた広範な資金的支援を含む概念である。一方で「スポンサーシップ」自体は「イベント」の目的(プロモーション目的の有無等)や形式(レクチャー形式の有無等)とは必ずしも紐づいていない。

 これに対して,日本における公正競争規約では,まず,当該会合が「自社医薬品の講演会等」に該当するか否かによって提供できるものが大きく異なってくる。本件の場合,当該製品は日本において承認前であり,承認前広告の禁止(薬機法第68条)等との関係から「自社医薬品等の講演会」を主催または共催する場合には,資材の事前レビュー等を含めて極めて慎重な検討が必要である(なお,日本の公正競争規約においては,IFPMAコード等に見られる継続的医学教育(Continuous Medical Education(CME))に相当する規定はないため,
ノン・プロモーションのCMEへの支援という建付けをとることはできない)。 

 そうなると,承認前広告に該当するという疑義を避けるため,疾患啓発等を目的とした「自社医薬品に関連しない講演会」の主催または共催という建付けも考えられるかもしれない。しかし,自社医薬品に関連しない講演会等において製薬企業が負担可能なのは会合費用のみであり,イベント当日の飲食の提供や懇親行事の開催,参加者の旅費の提供はできない(本書第2章1(2)参照。なお,参加者の登録費を負担することは,講演会の内容が自社医薬品関連か否かを問わず公正競争規約においては認められていないことに注意)。また,「講演会」の建付けをとる以上,いわゆるディスカッション形式ではなくレクチャー形式の会合にする必要もあるほか,「共催」とする場合,プログラムは事前に当該学会と共同で立案される必要がある。

 講演会の主催または共催という形式をとることが困難な場合は「講演会等への寄附金」といった建付けをとることも可能だが(本書第2章5(3)参照),その場合はあくまで「寄附」である以上は「イベント」の内容自体には関与できないほか,提供できる寄附の範囲・金額も制限される。

 加えて,本件の場合,A社の米国本社が当該「スポンサーシップ」に関与しているほか,KOLが英国国立大学所属の英国人であるため,支払いが適正市場対価(FairMarketValue(FMV))に従っていないと判断された場合,米国海外腐敗行為防止法(後述)や英国贈収賄防止法(後述)が適用される可能性も考慮して十分に注意して判断しなければならない。

 Yとしては当該イベントないしKOLへの支援は,Xが考えるほど容易ではないと不安になり始めている。しかし,前提となる問題点やその規制上の根拠をXに説明することができないため,Yは社内のコンプライアンス部門に相談することにした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?