見出し画像

本記事は、医療用医薬品利益供与・贈収賄規制ハンドブック「第三章 医療関係者等への利益供与・贈収賄規制における国際的潮流」のうち、「3️⃣欧州における利益供与・贈収賄に関する規制」の内容をまとめたものです。

(1)欧州における利益供与規制

 日本の医療関係者等への利益供与規制は,景品表示法に根拠を有する公正競争規約(消費者庁長官及び公正取引委員会の共同認定)を中心に規定されており,薬機法や製薬協コードによる直接の制限は課されていない。

 他方,欧州においては,医療関係者等への利益供与に関し,景品表示法のような競争法ではなく,各国の薬事基本法や,これに対するガイダンス等によって一定の制限を設けている国が多い。そのうえで,利益供与規制の詳細(例えば,飲食金額の上限)や,苦情の受付,処分の決定等,多くを各国の製薬関連団体(各国製薬協)*3に委ねている場合がほとんどである。

 つまり,欧州においては各国薬事基本法と各国製薬協の規制を理解することが重要となるが,これらの規制のルーツはIFPMAコードにあるため,IFPMAコードの考え方を理解することにより,統一的な把握が容易となる(アジアを含めた他地域にも同様ないし類似の規制構造が存在するが,詳細は割愛する)。

*3いずれもIFPMA及びEFPIA(The European Federation of Pharmaceutical Industries and Associations:欧州製薬団体連合会)の加盟団体である。

例)
英国:英国製薬工業協会(Association of the British Pharmaceutical Industry(ABPI))   
フランス:フランス製薬工業協会(Les Entreprises du Médicament(LEEM))
ドイツ:ドイツ製薬工業協会(Freiwillige Selbstkontrolle für die Arzneimittelindustrie e. V.(FSA))

1)法律による規制(英国)

 英国における薬事に関する基本法は「ヒトに投与する医薬品に関する規則」(Human Medicines Regulations(英国薬事法))である。英国薬事法は,英国保健省の機関である医薬品・医療製品規制庁(Medicines and Healthcare Products Regulatory Agency(英国医薬品庁))によって運用されている。

 英国薬事法では,広告は第14章(Part14)において,医療関係者等への利益供与規制として定められている。例えば第300条は,医療関係者等への物品や接遇の提供につき,次のように規定している。

第300条
(1)何人も,処方または供給の資格のある者への医薬品の販売に関連して,以下のものを除き,贈呈品,金銭的利益または便益の供給,提供,または約束をしてはならない。 
 (a)安価であり,かつ;
 (b)医学または薬学における実践に関連している
(2)何人も,以下の場合を除き,医薬品のプロモーションを目的として開催された会議またはイベントにおいて接遇を提供することはできない。
 (a)接遇が会議またはイベントの主目的と厳密に付随しており,かつ;
 (b)それが提供される者が,医療関係者に限定されること
(3)この規則のいかなるものも,以下の場合において,純粋に専門的または科学的な目的で開催された会議において接遇を提供することを妨げるものではない。
 (a)接遇がイベントの主な科学的目的と厳密に付随しており,かつ;
 (b)それが提供される者が,医療関係者に限定されること
(4)医薬品の処方または供給の資格を有する者は,この規則で禁止されている贈呈品,金銭的利益,便益または接遇を求めたり,受け取ったりすることはできない。
(5)この規則において「接遇」には以下が含まれる。
 (a)会議またはイベントへの参加者の出席の後援
 (b)交通費または宿泊費の支払い
(6)この規則は,1993年1月1日時点に存在していた価格,マージン,または割引に関する措置または取引慣行に関しては適用されない。

 また,英国医薬品庁は2014(平成26)年9月に医薬品広告についての一般的なガイダンス文書としてブルーガイド(BlueGuide)を発出し,英国薬事法の注釈を行っている。例えば,第300条に関しては次のとおりである。

6.14 贈呈品,誘引その他の便益
(前略)
 英国薬事法第300条第1項は2段階で機能する。まず,本項は広範な活動に適用される。広告,価格プロモーション,ロイヤルティ・スキーム,ボーナス・スキーム,リンクされた共有オファー,広報や販売に関する申出など,医療関係者等/医療機関等へのあらゆる医薬品プロモーションを包含する。
 次に,その広範な適用範囲内から,公衆衛生に悪影響を与える可能性があるため禁止されている種類のプロモーションを特定する。当該種類のプロモーションは,医療関係者等に対する金銭的利益または便益の供給,提供,または約束である(ただし,安価な医学・薬学関連の例外を除く)。
 これは,医療関係者による医薬品の購入,供給,または販売を促進するプロモーション活動が,「安価かつ医学・薬学の実践に関連する」という要件を満たさない付帯的な便益を申し入れる場合には英国薬事法第300条第1項によって規制されることを意味する(ただし,同条第6項によって適用除外となる場合を除く)。
(中略)
 医療関係者等に医薬品のプロモーションを行うあらゆる者は,英国薬事法第300条第1項の対象となる。これは,法人と非法人・個人の両方を含み,また卸売業者を含む医薬品の製造業者や販売業者を含む。
(中略)
 英国薬事法第300条第1項の違反は犯罪である。また,医薬品を処方または供給する資格を有するあらゆる者にとっても,英国薬事法の下で禁止されている贈呈品,金銭的利益,現物給付,接遇または後援を要求し,または受領することも犯罪である。したがって,医療関係者はサービスの対価として報酬が支払われる場合は,プロモーションの要素がないことを保障するために特に注意が必要である。アドバイザリー会議や市場調査等は,正当なビジネス上の疑問に回答するための明確な設計にすべきであり,また参加者の数は当該目的に照らして必要最小限に抑える必要がある。市場調査は,自社製品の有利な特性を強調したり,その使用を奨励したりするものであってはならない。
6.15 「安価」及び「医学または薬学の実践に関連している」の解釈
 英国薬事法第300条第1項の禁止の範囲外になるためには,提供される品目または便益は,安価であり,かつ,医学または薬学の実践に関連するものでなければならない。つまり,両方の条件を満たす必要がある。安価な物品とは,6ポンド(付加価値税を除く)ないし同様の価値を受領者に提供するものではないと考えられている。「関連性」の基準は,業務用途が明確な物品である場合にのみ充足され,ペン,メモ帳,電卓,PC付属品,日記,カレンダー,手術用手袋,ティッシュ,マグカップなどが含まれる場合がある。
(中略)
6.16 接遇
 英国薬事法第300条第1項の制限は,同条第2項及び第3項に基づいて定められた条件(接遇は会議の主目的に厳密に付随するものであり,医療関係者等に限定される)の下で純粋に専門的または科学的な目的のイベントで医療関係者等への接遇を申し出ることを妨げるものではない。
 英国薬事法第300条第3項では,会議またはイベントの主目的に厳密に付随している場合,医薬品のプロモーションのために開催される会議またはイベントにおいて医療関係者に接遇を提供することもできる。この場合においても接遇は程度において妥当でなければならない。

2)自主基準による規制

 EFPIAは欧州でビジネスを展開する製薬産業を代表する団体であり,ABPIと同様,IFPMAに加盟している。

 IFPMAの会員になるためには,各団体で定めたコードを採用することが求められる(IFPMAコード前文)。そのため,EFPIA及びABPIにおいても,それぞれEFPIAコード・オブ・プラクティス(EFPIAコード)及びABPIコード・オブ・プラクティス(ABPIコード)が策定・採択されている。

 IFPMAコードでは医療関係者との交流について,次のように規定している。

7 医療関係者との交流
7.1 イベントおよび会議
7.1.1 科学的および教育的目的:
 企業が開催または後援し,医療関係者が出席する全てのシンポジウム,学術会合およびその他のプロモーション的,科学的または専門的な会合(「イベント」という)の目的は,科学的・教育的情報を提供する,もしくは医療関係者に製品情報を提供するものでなければならない。
(中略)
7.1.4 適切な開催場所:
 全てのイベントは,その科学的または教育的目標,あるいは当該イベントまたは会議の目的に適う適切な場所で開催されなければならない。企業は,有名な,または過度に費用のかかる開催場所の使用を避けなければならない。したがって,当該コード7条の追加的規定がここでも適用される。
7.1.5 制限:
 イベントの主目的に付随する軽食または食事は,次の場合にのみ提供できる。 → イベントの参加者に限定。
 → 当該国の基準から判断して,節度があり妥当である場合。
7.1.6 娯楽:
 加盟企業は,娯楽,その他のレジャー活動または社交活動を提供したり,またはその費用を支払ってはならない。
7.1.7 加盟協会からのガイダンス:
 加盟協会は,IFPMAコード7.1.4条で使用されている「有名な」および「過度に費用のかかる」という用語の意味,またIFPMAコード7.1.5条で使用されている「節度がある」および「妥当」という用語の意味に関する文書によるガイダンスを定めることが推奨される。原則として,提供される接遇は,参加者が通常自己負担で支払う程度の金額を超えてはならない。

 特にIFPMAコード7.1.7条では,「有名な」,「過度に費用のかかる」,「節度がある」,「妥当」の意味に関するガイダンスを定めることを求めている。

 また,EFPIAコードではイベントと接遇について,次のように規定している。

第10条 イベントと接遇
10.01 すべてのイベントは,会合の主目的に見合った「適切な」場所及び会場で開催する必要があり,娯楽において「有名な」施設であることや「過度に費用がかかる」ことは避けなければならない。
(中略)
10.03 会員企業は,イベントにおいて接遇が「適切」であり,当該会員企業に適用されるコードに準拠する場合にのみ接遇を提供することがでる。
10.04 イベントに関連して提供された接遇は,交通費,食費,宿泊費及び実際の登録料に限定されなければならない。
10.05 会員企業は,食事(飲食)の価値が関連加盟団体の自国コードによって設定された上限を超えない場合のみ,医療関係者,医療機関のメンバーまたは患者団体の代表参加者に食事を提供することができる。
(中略)
10.07 医療関係者,医療機関のメンバー,または患者団体の参加者に提供されるすべての形式の接遇は,程度が「妥当」であり,イベントの主目的に厳密に付随している必要がある。原則として,提供される接遇は,参加者が通常自己負担で支払う程度の金額を超えてはならない。
10.08 接遇には,娯楽行事(スポーツやレジャーなど)の支援や開催を含めることはできない。

 なお,EFPIAコードの別紙Cでは,会員団体が自国コードで金銭的基準を設定することと,EFPIAコード第10条で使用されている「妥当」,「適切な」,「有名な」,「過度に費用がかかる」の意味に関するガイダンスを定めることを求めている。

 IFPMAコード及びEFPIAコードによる委任を受け,ABPIコードでは次のように規定されている。

22.1 企業は,科学的な会議,プロモーション目的の会議,学会その他の会議や研修に関連する場合を除き,医療関係者等に接遇を提供してはならない。会議は,イベントの主目的に見合った適切な場所で開催されなければならない。接遇は,イベントの主目的に厳密に付随するものであり,二次的(すなわち,必要最低限)でなければならない。提供される飲食の程度は適切で,場面に比例している必要がある。関係費用は,受領者が通常自己負担で支払う程度の金額を超えてはならない。また,医療関係者等やその他の関連する意思決定者を超えて提供してはならない。
22.2 必要最低限のものとして提供される食事(飲料を含む)の費用は,1人あたり75ポンドを超えてはならない(付加価値税及びチップを除く)。

◆注釈
22.1 会議と接遇
 接遇の提供は,軽食/必要最低限の飲食費,宿泊費,実際の登録料及び会合の参加者を後援するために会社が提供する妥当な交通費の支払いに限定される。参加者の随行者の交通費等の支払いは認められない。医療関係者等が会議に参加する際の移動時間だけのために,金銭を申し出または提供してはならない。講師,アドバイザリーボードのメンバー及びその他の専門サービスの提供者に対する,妥当な謝礼の支払い及び実費(交通費を含む)の払戻しは認められる。会議の手配は,接遇と会場に関して第22条第1項に準拠する必要がある。
 企業は,会議の参加者にのみエコノミークラスによる交通費を申し出または提供することができる。会議の参加者は,実費を自費で支払うことによりアップグレードができる。6時間以上かかる予定のフライトの場合,企業はエコノミーからプレミアムエコノミー等へのアップグレードの代金を支払うことができる。
(中略)
22.2 飲食費の上限
 飲食費に関する75ポンド(付加価値税及びチップを除く)の上限は,上位コンサルタントとの自宅会議での夕食や,実質的な教育内容のある学会での夕食など,非常に例外的な状況でのみ適切である。飲食費は,通常,当該上限を大幅に下回るものである。

 英国薬事法及びブルーガイドでは,接遇費用は「妥当」でなければならないとの一般的な基準が設けられていることがわかる。しかし,具体的にどのような場合が「妥当」であるのかは必ずしも明らかとされていない。そのため,IFPMAコード及びEFPIAコードによる委任に基づき,ABPIコードでは飲食金額の上限を「75ポンド」と具体的に定めている。

 このように医療関係者等への利益供与に関し,法律の規定を各国製薬協コードで補足・決定することが,欧州では一般的な規制方式となっている。

 

3)違反に対する制裁

 英国薬事法に違反した場合,第303条に基づき,最大で懲役2年が課される(ただし,実際の執行は極めて稀である)。

 英国医薬品庁とABPIコードの執行機関である医療用医薬品コード機関(Prescription Medicines Code of PracticeAuthority(PMCPA))は覚書(Memorandum of Understanding)を締結しており,英国医薬品庁による監督・執行とPMCPAによる監督・執行は「補完的かつ相乗的」となっているが,通常の企業間の苦情はPMCPAに回付される(ただし,PMCPAによるプロセスが不十分である場合,英国医薬品庁が介入することを規制するものではない)。 

 PMCPAによる紛争解決プロセスに関し,ABPIコードの前文は次のように規定している。

制裁
 コード違反が裁定されるそれぞれの場合において,関係する企業は,問題となる行為をただちに終了し,将来同様の違反を回避するために可能な全ての手段が採られたという確約をしなければならない。確約には,裁定を実施するために講じられた措置の詳細を添付しなければならない。事件の終了時には,詳細なケースレポートが公開される。
 重大な事案においては,追加の制裁措置も課せられる。これらには以下が含まれる。
・コードを遵守するための会社の手続きの監査を実施(将来使用する資材の事前審査の要件も課されることがある)
・すでに提供された資材の回収
・是正声明の発表
・公的なけん責
・ABPIの資格停止またはABPIからの除名

事例:Astellas UK

 アステラス製薬の英国子会社であるAstellas UKが,ABPIコード違反により,2016(平成28)年6月24日付でABPI会員資格停止処分を受けた。

 処分の理由は,Astellas UKを統括するAstellas Pharma Europeが2014(平成26)年2月にイタリア・ミラノで100名以上の医師を招いてアドバイザリー会議を開催したが,そこで前立腺がん治療薬イクスタンジの販売促進を目的とするような行為があり,これがABPIコードを逸脱しているというものであった。さらにABPIは,Astellas Pharma Europeが,この件に関して回答を求めたPMCPAに対し,不誠実な報告を行ったとしている。

 ABPIのJohn Keamey会長(当時)は「プロモーションコード違反は重大であり,結果として資格停止という形で反映された」と,処分について説明したうえで「我々業界は,厳格な規制の下で活動しているので,これらの基準に合致できないいかなる企業も説明責任を有している」とコメントした。

 この処分を受けて,アステラス製薬はグローバルでのコンプライアンス改善策を策定し,グローバル各拠点の販売子会社ごとにコンプライアンス担当者を配置することや,従業員にコード徹底のための再教育を行うなどの措置を実施した。なお,資格停止処分は,その後1年間の延長を経て2018(平成30)年6月24日に解除された。

(2)欧州における贈収賄規制

1)英国贈収賄防止法(UKBA)とは何か?

 UKBAとは,2011(平成23)年7月1日より施行された英国の贈収賄規制に関する刑事法である。UKBAは,日本企業を含む英国外の企業にも適用される可能性があること,民間人に対する贈賄も規制対象としていること,企業が贈賄行為を防止するために適切な措置(コンプライアンス・プログラムの実施)を講じていなかったこと自体が処罰の対象となりうること等,多くの特徴を有している。また,UKBAの解釈については,英国法務省からガイダンス(UKBA指針)*4が発出されているのであわせて参照されたい。なお,UKBAでは,犯罪類型として次の4つを規定している。

*4  http://www.justice.gov.uk/downloads/legislation/bribery-act-2010-guidance.pdf

① 贈賄罪
② 収賄罪
③ 外国公務員贈賄罪
④ 贈賄防止措置懈怠罪

2)適用範囲

① 贈賄罪,収賄罪,外国公務員贈賄罪
 英国において違反行為の一部が行われた場合,または違反行為が英国で行われなかった場合であっても行為者が英国と「密接な関連」(close connection)を有する場合には,UKBAが適用される(第12条第2項(c))。

 ここでいう「密接な関連」とは,行為者が英国人・英国法人である場合や,英国を常居地としている場合などを指す(第12条第4項)。そのため,例えば英国本社の担当者が日本から医療関係者等をアドバイザリー会議に招聘する場合,当該医療関係者自身は日本人であったとしても,当該英国本社の担当者はUKBAの適用を受けるおそれがある(そのため,旅費や謝礼の支払いなどについて十分な注意が必要となる)。

② 贈賄防止措置懈怠罪
 「英国と関連のある営利団体」が,その「関係者」の贈賄行為に対して適切な措置を講じなかった場合,当該「英国と関連のある営利団体」自身がUKBAの適用を受け,処罰される場合がある(第7条)。

 ここでいう「英国と関連のある営利団体」とは,英国法人のみならず,英国内において事業の一部を運営している海外の法人・団体も含まれるため,場合によっては日本企業にも直接適用されることも否定できない(ただし,本稿の作成時点では公表情報に基づく限り,日本企業に対してUKBAによって直接処罰された事案は確認されていない)。そのため,日本企業においてもUKBAが適用される可能性があることを前提に,自社のコンプライアンス・プログラムを構築することが望ましい。

3)規制内容

① 贈賄罪,収賄罪,外国公務員贈賄罪
 UKBAでは,「金銭その他の利益を他者に提供またはその約束をした場合に贈賄罪が成立する」としている(第1条)。すなわち,「賄賂」ないし「利益供与」の要件そのものは日本法と大きく異ならないが,提供する客体については,国内贈収賄については単に「他者」(another person)とされており,公務員だけではなく民間人も含まれることに留意する必要がある。

 外国公務員贈賄罪については,日本の不正競争防止法と要件は大きく異ならない。ただし,外国公務員贈賄罪が成立するためには,当該外国公務員への利益供与が当該外国(自国)の基準(現地法・現地基準)上許容されていないことを立証する必要がある。そのため,例えば,英国で行われるアドバイザリー会議に日本の国立大学に所属する医療関係者を招く際は,当該日本の国立大学の倫理規程等を遵守することがUKBAの遵守との関係でも重要となるであろう。また,確立したビジネス慣行に基づいて接遇等を行うことはUKBAに反しないとされており,その点でも当該外国(自国)の倫理基準等を遵守することは重要となる。

② 贈賄防止措置懈怠罪
 英国関連企業が,その「関係者」の贈賄行為に対して適切な措置を講じなかった場合,当該英国関連企業はUKBAの適用を受ける。ただし,当該英国関連企業が,「関係者」による贈賄行為に対して適切な手続(adequate procedure)を採っていた場合には,UKBAの適用は免責される(第7条第2項)。

 ここでいう「適切な手続」とは,贈収賄防止のためのコンプライアンス・プログラムの一種であり,UKBA指針によれば,次の基本原則を満たす必要があるとされている。

❶ リスクに応じた手続き
  リスクの高低に応じた,適切な贈収賄予防手続きを確立すること。
❷ 経営陣によるコミットメント
 経営陣が自ら賄賂が許されないという誓約を行い,贈収賄を許容しない文化を醸成すること。
❸ リスク・アセスメント
  贈収賄のリスクを定期的に評価し,書面化すること。
❹ デュー・デリジェンス
 贈収賄の実行者となりうる者に対し,リスクの程度に応じて,デュー・デリジェンスを実施すること。
❺ コミュニケーション(研修を含む)
  社内全体で,贈収賄防止制度について周知徹底させること。
❻ モニタリング及びレビュー
 贈収賄防止制度を策定するだけではなく,モニタリングし,常にそれを見直し・改善していくこと。

4)違反に対する制裁

 UKBAの主要な執行機関は,英国法務省の下に設けられた重大不正捜査局(Serious Fraud Office(SFO))であり、SFOによる訴追事例はwebサイト上に公表されている*5。

 個人に対する罰則の場合は,禁固10年以内及び上限なしの罰金である。また,法人に対する罰則の場合は,上限なしの罰金となっている。

*5 https://www.sfo.gov.uk/our-cases/

(3)欧州における医療関係者等への支払情報の公開

1)法律による公開

 欧州ではフランスのように,透明性確保の観点から法律によって医療関係者等への支払情報の公開を義務付ける例もあるが,多くの国の場合,EFPIA開示コードを各国製薬協コードに組み込む形で自主的に公開を行っている。

2)自主基準による公開

① EFPIA開示コード
 EFPIAでは2011(平成23)年に,医療機関,医療関係者及び患者団体を対象とするEFPIA開示コード(EFPIA HCP/HCO Disclosure Code)を制定した。これはEU領域内で事業を行う製薬企業が,医療機関,医療関係者及び患者団体に対して寄附,コンサルティング料等,一定の支払いを行った場合,その情報について公開を求めるものである。

 英国でもABPIコード第24条において,EFPIA開示コードの要件がほぼそのまま組み込まれており,欧州内の医療関係者等への当該支払いについて公開することが義務付けられている。

② 公開の対象となる情報と公開の方法
 医療機関及び患者団体への寄附と助成金(EFPIAコードでは,個々の医療関係者への寄附や助成金は認められない),イベント費用(登録料やスポンサー料,交通費,宿泊費等),業務委託料やコンサルティング料といった契約に基づく利益供与が公開の対象となる。また,当該情報は,EFPIA各会員企業のホームページまたは政府,業界団体等が提供する公的なプラットフォームにて公開される。

 なお,飲食費は公開の対象とはならないが,先述したように,各国製薬協コードによって定められた上限金額を超えた飲食の提供は禁止されている。

❶ 医療機関への支払いの場合
 a. 寄附と助成金
   医療関係者等で構成される医療を支援する医療機関,団体または組織への寄附及び助成金(現金と便益の両方を含む)。
 b. イベント関連費用の負担
   医療関係者がイベントに参加するための支援を含む,医療機関または第三者を介したイベント関連の費用負担(以下を含む)。
  ・登録料
  ・イベントを管理するために医療機関または医療機関に指定された第三者と締結するスポンサー契約
  ・交通費及び宿泊費
 c. 業務委託料及びコンサルティング料
   会員企業と医療機関との間における,医療機関が会員企業に何らかの役務を提供する契約に由来・関連する利益供与もしくは上記a.及びb.のカテゴリーに含まれないその他の資金提供。ただし,当該利益供与と上記a.及びb.のカテゴリーに含まれないその他の資金提供(契約書により合意されたものに限る)に関連する費用は,それぞれ金額を区分して公開される。
❷ 医療関係者への支払いの場合
 a. イベント関連費用の負担(次のようなイベントに関連する費用の負担)  
       ・登録料
  ・交通費及び宿泊費
 b. 業務委託料及びコンサルティング料
   会員企業と医療関係者との間における,医療関係者が会員企業に何らかの役務を提供する契約に由来・関連する利益供与もしくは上記a.及びb.のカテゴリーに含まれないその他の資金提供。ただし,当該利益供与と上記a.及びb.のカテゴリーに含まれないその他の資金提供(契約書により合意されたものに限る)に関連する費用は、それぞれ金額を区分して公開される。

3)違反に対する制裁

 EFPIAコード及び各国製薬協コード違反として,処分の対象となり得る。ただし,本稿の作成時点において,処分事例は確認されていない。












この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?