3-4 米国における利益供与・贈収賄に関する規制
本記事は、医療用医薬品利益供与・贈収賄規制ハンドブック「第三章 医療関係者等への利益供与・贈収賄規制における国際的潮流」のうち、「4️⃣米国における利益供与・贈収賄に関する規制」の内容をまとめたものです。
(1)米国における利益供与規制
1)法律による規制
日本における利益供与規制は公正競争規約により,欧州における利益供与規制は薬事基本法及びそれを補完する機能を果たす各国製薬協コードによって具体的な制限が設けられている。 一方,米国における利益供与規制の構造は,IFPMAコードを基本とした日本や欧州の各国製薬協による自主的紛争解決モデルとは大きく異なり,国際的に独特の性格をもっている。
特に米国の場合,日本や欧州と比較して,司法省(DOJ)や証券取引委員会(SEC)をはじめとした政府当局による司法的な執行力が極めて強いという特徴がある。当然ながら米国にもIFPMA傘下の自主団体として,PhRMA*6が存在し,PhRMAコード(PhRMA Code on Interactions with Healthcare Professionals:医療関係者との交流に関するコード)によって医療関係者等への利益供与に関する規制を補足しているが,PhRMA自体に政府当局に代わる自主的紛争解決メカニズムはない。
米国における利益供与規制の全容を理解するためには,前提として連邦法の仕組みや,メディケア(Medicare)やメディケイド(Medicaid)といった連邦保険プログラム,米国連邦政府の組織と権限について,それらが米国各州の法律(米国の場合,州によっても法制度が異なる)や医療制度とどのように区分され,また重複しているのか把握しておく必要があるが,これは容易な作業ではない。
そこで本稿では,こうした米国の制度の詳細には立ち入らず,日本における利益供与規制をグローバルな視野で俯瞰するために役立つ範囲で,米国における利益供与規制の概要や仕組み,いくつかの事例を紹介するにとどめる。ただし,米国における利益供与規制の運用・執行は,日本を含む米国以外の国々にも大きな影響を与えており,製薬企業が厳格なコンプライアンス・プログラムを策定・運用する背景にもなっているので,その概要を理解したうえで米国の実務担当者と議論できるようになることは,実務上において非常に重要である。
*6 Pharmaceutical Research and Manufacturers of America:米国研究製薬工業協会
① 反キックバック法
米国における利益供与規制の直接の根拠となる法律は,反キックバック法(Anti-Kickback Statute(AKS))である。反キックバック法は,連邦政府の医療保険でまかなわれるサービスや物品の購入を促すことなどの見返りに報酬を払うことを禁止している(42U.S.C¶1320a-7b(b))。
なお,キックバックとはならない除外事項(セーフハーバー)として,業務委託契約や割引等が規定されているが,何がキックバックに該当するのかは,必ずしも文面上明らかではなく,過去の事例やPhRMAコードを参照して判断する必要がある。一般論としていえば,対価性のない利益の移転はキックバックに該当しうる。
② 虚偽請求取締法
反キックバック法違反行為により,本来,公的保険制度で償還されるべきではなかった医薬品等が詐欺的に保険償還されたという理論構成のもと,製薬企業は米国政府から損害賠償請求を受ける場合がある(なお,連邦レベルの損害賠償請求訴訟と州レベルの損害賠償請求訴訟が同時多発的に提起されることも多い)。その法的根拠となっているのが虚偽請求取締法(False Claims Act(FCA))である。虚偽請求取締法では,次のような行為が禁止されている。
本稿は,虚偽請求取締法について解説するものではないので,詳細には立ち入らないが,虚偽請求取締法は,2009(平成21)年の詐欺執行回復法(Fraud Enforcement and Recovery Act(FERA))及び2010(平成22)年の医療保険制度改革法(Patient Protection and Affordable Care Act(ACA))によって大きな修正が加えられた。特に医療保険制度改革法において,反キックバック法違反による請求は,自動的に虚偽請求取締法にいう詐欺請求を構成すると明示されたこともあり,訴訟において原告は,反キックバック法違反を立証することにより,結果として虚偽請求取締法違反を立証する形となることが多い。
また,虚偽請求取締法には,私人が米国政府に代わって民事訴訟を提起できるquitam制度(クイタム訴訟)がある。クイタム訴訟を提起した私人には,回収金額の最大30%が報奨金として支払われるというインセンティブが与えられている(31U.S.C.§3730(d))。
なお,2018(平成30)年の虚偽請求取締法訴訟によって政府が回収した総額の約75%がクイタム訴訟によるものであり,むしろクイタム訴訟に基づく損害賠償請求のリスクの方が高いことに注意する必要がある。
2)自主基準による規制
PhRMAは,米国で事業を行っている主要な研究開発志向型製薬企業とバイオテクノロジ―企業を代表する団体である。PhRMAコードはPhRMAにおける自主基準であり,2002(平成14)年に採用され,2009(平成21)年の改訂を経て,現在の最新版は,IFPMAコードの改訂に合わせて2019(令和元)年10月に改訂されたものである。
PhRMAコード自体はPhRMAの自主基準であり,強制力はもたないものの,連邦保健福祉省監察総監室(Department of Health and Human Services-Office of Inspector General(HHSOIG))のコンプライアンス・プログラム・ガイダンス(OIG Compliance Program Guidance for Pharmaceutical Manufacturers)には,「PhRMAコードは製薬企業の社員が知っておくべき基準であり,また,それを遵守することは反キックバック法等の法律違反に問われるリスクを下げる」との記載がある。また,カリフォルニア州などのいくつかの州においては,本来「自主基準」であるPhRMAコードに従うことを法的な要請としており,実務上,PhRMAコードに準拠した基準を社内ルールに組み込んでいる製薬企業も多い。
PhRMAコードでは,情報提供に付随する控えめな飲食を提供することは認められるものの,飲食物のみを医療関係者等に提供すること(「持ち帰り」の食事や製薬企業担当者がその場に立ち会わない飲食)の禁止,娯楽やきょう応の提供の禁止など,日本における利益供与規制に類似する部分も多い。その一方で,継続的医学教育(Continuous Medical Education(CME))の概念や,業務委託における謝礼の年間上限(CAP)*7の設定など,公正競争規約とは異なる部分もある。 例えば,飲食提供の基準について,PhRMAコードは次のように規定している。
*7 一定期間内でのサービスや報酬などについて,上限を設ける制度や体系のこと。サービスや報酬の上昇に帽子 (CAP)をかぶせるという比喩に由来。
3)違反に対する制裁
反キックバック法に違反した場合,次のような制裁を課されるおそれがある。
なお,実務上では,反キックバック法違反を根拠とした虚偽請求取締法訴訟は和解で終了することが多く,その場合,製薬企業は米国政府と民事上の和解契約(CSA)及び刑事上の起訴猶予契約(DPA),HHS-OIGと企業倫理契約(Corporate Integrity Agreement(CIA))を締結することが多い。特にCIAについては,製薬企業に厳格なコンプライアンス・プログラムの導入が義務付けられることが多く,その概要を理解することは極めて重要だといえるが,本稿の性質上、詳細は割愛する。
4)実際の違反事例
このように,虚偽請求取締法訴訟における制裁金額は巨額なものになり得る。過去に重い制裁が課せられた事例としては,グラクソ・スミスクラインの30億ドル(2012(平成24)年),ファイザーの23億ドル(2011(平成23)年),ジョンソン・エンド・ジョンソンの22億ドル(2010(平成22)年)などがある。司法省の統計によると,2018(平成30)年の虚偽請求取締法訴訟に基づく賠償回復の総額28億ドルのうち,25億ドルがヘルスケア業界に関するものであった。
また,巨額賠償の事例では,いわゆるオフラベル(未承認・適応外)規制違反による制裁が含まれている場合も多い。
事例:Daiichi Sankyo Inc.
(2)米国における贈収賄規制
1)海外腐敗行為防止法(FCPA)とは何か?
FCPA(Foreign Corrupt Practices Act)とは,外国公務員に対する不正な経済的利益の提供を禁止する法律であり,製薬企業だけでなく,全ての業種に適応される。1972(昭和47)年のウォーターゲート事件をきっかけとして,米国では外国公務員に対する贈賄行為を規制する動きが強まり,FCPAは1977(昭和52)年に制定された。FCPAについては,解説書や関連記事も多く存在しており,本稿の性格上,その理論的・法律的根拠の詳細には立ち入らない。しかし,FCPAは米国人や米国企業のみならず,外国人や米国外で行われた贈賄行為にも適用(域外適用)される場合があることに十分留意する必要がある。
なお,FCPAに関しては2012(平成24)年11月に司法省と証券取引委員会が解釈指針(A Resource Guide to the U.S. Foreign Corrupt Practices Act(FCPA指針))を公表しており,FCPA指針や過去の処分事例等を参照しながら対策を講じることは有益といえる(FCPA指針は2020(令和2)年7月に改訂され,現在の最新版は第2版*8である)。
*8 https://www.justice.gov/criminal-fraud/file/1292051/download
2)適用範囲
① 贈賄禁止条項
FCPAが定める贈賄禁止条項の適用範囲は,次のとおりである。
このうち,❷については米国法に基づいて設立された日本企業の子会社にも適用される。また,FCPA指針によれば,子会社が親会社の代理人として当該行為を行ったと認められる場合,親会社も責任を問われることがある。
また,❸に関して「米国内での行為」は非常に広く解釈され,例えば,米国ドルにより米国外から賄賂を送金し,米国内の銀行口座が資金決済の過程で用いられた場合などにも適用されることがある。
② 会計・内部統制条項
内部統制条項は,発行者に適用され,連結対象となる子会社及び関連会社も含まれる。
3)規制内容
① 贈賄禁止条項
FCPAの贈賄禁止条項では,次の行為を禁止している。
贈賄禁止条項に基づいて個人の刑事責任を追及する場合には,違法性の認識も要求される。FCPA指針によれば,コーヒーの提供,タクシー代の負担,(価値の小さい)企業のプロモーショングッズの提供,合理的な範囲の食事の提供や接待費用の負担などが「汚職の意図をもって」行われることは通常考えにくく,贈賄禁止条項に違反しないと解釈される場合が多い。しかし,このような負担であっても他の行為とあわせ,一連の贈賄行為の一部であると解釈される場合や,その他に「汚職の意図」を示唆するような事情がある場合には,贈賄禁止条項違反であると解釈される。
第三者を通じて贈賄が行われた場合では,そのような供与等に用いられることを知りながら第三者に利益を供与したと解釈され,処罰対象となる。したがって,日本企業がコンサルタント等の第三者を取引に介在させることによって,直接贈賄行為を行っていなかったとしても,贈賄禁止条項違反とされる場合がある。
なお,次の場合は,贈賄禁止条項違反とはならない(抗弁事由)。
② 会計・内部統制条項
会計・内部統制条項とは,発行者に対して正確かつ公正な帳簿,記録及び会計を作成することを義務付けるとともに,そのための合理的な内部統制制度の構築を求めている。例えば,業務委託料に見せかけた賄賂の支払いは,会計・内部統制条項違反となる。
4)違反に対する制裁
FCPAに違反した場合の処罰には,刑事罰と民事の制裁金があり,前者は司法省が,後者は証券取引委員会が主に担当し,連邦捜査局(FBI)等の他の機関とも連携しながら捜査に当たる。FCPA違反とされた場合,当該企業のみならず,その社員に対しても刑事及び民事の罰則規定があることに注意が必要である。なお,社員個人に対して課せられた制裁金を法人(当該社員が所属する企業)が代わりに支払うことは認められていない。
なお,制裁金の額については,選択的罰金法に基づき,犯罪行為により生じた利得または損失の2倍を上限としている。各事案における実際の量刑は,連邦量刑ガイドラインとの関係で調整されるほか,実務上では司法省との司法取引による減刑交渉等も重要となる。
① 贈賄禁止条項
贈賄禁止条項に違反した場合の刑事罰は,法人に対しては200万ドル以下の罰金,役員従業員等の個人に対しては25万ドル以下の罰金または5年以下の禁固刑及びその併科とされている。 また,贈賄禁止条項違反の民事制裁金は,法人・個人のいずれに対しても1万6千ドル以下とされている,
② 会計・内部統制条項
会計・内部統制条項に違反した場合の刑事罰は,法人に対しては2,500万ドル以下の罰金,個人に対しては500万ドル以下の罰金または20年以下の禁固刑及びその併科とされている。
また,会計・内部統制条項違反の民事制裁金は,法人・個人とも違反行為から得た収益の総額等を上限とする。
5)実際の違反事例:Olympus Corporation America
(3)米国における医療関係者等への支払情報の公開
1)法律による公開
① サンシャイン法とは
米国では,いわゆるオバマ・ケアと呼ばれた医療保険制度改革法(ACA)の一部(医療保険制度改革法§6002)として,製薬企業などに対し,医療関係者等への支払情報の公開を義務付けるサンシャイン法(Physician Payments Sunshine Act)が連邦法として成立した(2012(平成24)年1月1日施行)。
サンシャイン法は,次の5つのサブセクションによって構成されている。
また,詳細な情報公開のルールについては,連邦保健福祉省による医師等への支払いの透明性プログラム(National Physician Payment Transparency Program:Open Payments)にて規定されている。
サンシャイン法について特に注目すべき点は,これまでの自主基準ではなく,法律レベルによって情報公開を義務付けたことであり,これは当時世界初の試みであったとされている。なお,支払情報は,メディケア・メディケイド・サービス・センター(Centers for Medicare & Medicaid Services(CMS))のwebサイト上において2013(平成25)年度分から公開されているほか,現在,複数の州で同種の規則が導入されている。
② 情報公開の対象と方法
サンシャイン法では,米国で事業を行う製薬企業等が医療関係者等に対して行う,次のような支払いについて情報公開の対象としている。
また,支払額が10ドル以下であれば情報公開の対象からは除外されるが,個別の支払いが10ドル以下であっても,同一医療関係者等への支払額の年間累計が100ドルを超えた場合には情報公開の対象となる。
情報公開の方法については,製薬企業が年に一度,次の項目を含む内容をCMSに報告し,先述したCMSのwebサイト上にて公開される。
2)自主基準による情報公開
PhRMAには情報公開に関する自主基準等は存在しないため,全てサンシャイン法に基づいて情報が公開される。
3)違反に対する制裁
1件の報告漏れにつき最大1万ドル,年間15万ドル以内の制裁金が課される。また,故意による報告懈怠については,最大10万ドル,年間100万ドル以内の制裁金が課される(すなわち,最大で年間115万ドルの制裁金を課される場合がある)。
なお,本稿の作成時点において,サンシャイン法に基づく制裁金を課せられた事例は確認されていない。