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映画「リトル・ガール」

監督:セバスチャン・リフシッツ

フランス北部に住むサシャは男性として生まれたが2歳頃から「自分は女の子」と訴えるようになる。自分を女の子として扱わない社会に対峙するサシャとその家族を追ったドキュメンタリー映画。

とてもつらかったです。映画見てつらい涙は流したくないものですね。自分は女の子なのにバレエ教室で「くん」付けで呼ばれる、学校からスカートを禁じられ友達からも疎外される。ほんとに現代のフランスか?切なすぎる。母親はじめ家族が勇気を持って世間の偏見に抗い、彼女を優しく支えています。家族愛が素晴らしいなあと感嘆しつつ、世の家族全てがこの様相ではないはずなので傷ついた心を抱えている孤独な子供達もいるだろう、と悲しい想像ができます。だからスピード感が大切。「いつか寛容な世の中になるといいね」じゃ遅い。サシャのように傷ついてる人は今救われたいのだ。制度レベルでも意識レベルでも変革を。差別による苦痛を感じずに毎日生活できるように、どの性別で生きていくか自由に考えられるように。特別な何かを求めてるわけじゃない、ありのまま生きたいだけなのです。

もう一つこの映画で忘れずに触れたいこと。"自分を映画化する"ということはサシャはリスクを背負って不特定多数にカムアウトするということです。家族と本人の意思とはいえ7歳の子供が自らを曝け出したいと思う状況を私も含め世間が作ってしまった。この先トランスジェンダー・性別違和を扱うドキュメンタリー映画自体が無くなることが寛容で成熟した世界のはずです。劇中でカウンセリングを受けている場面、母親に学校でのつらさを見せたくなくて涙をこらえるサシャがいます。大きな目に溢れそうな涙、、、これ見て心が動かない世界じゃないでしょ。そう信じたいです。

https://senlisfilms.jp/littlegirl/

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