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薬物療法の適正化について考える

今回は薬物療法の適正化について軽く整理しておこうかと思います。
減薬の場合、英語ではよく「Deprescribing」として使われていることが多いかと思います。直訳すると、減処方でしょうか。今回は、「Deprescribing」を「減薬」として、また、減薬ですとマイナスなイメージも持たれやすいため、薬物療法の適正化として、主に減薬面について、ざっくりと少し整理しておこうかと思いました。

Deprescribingとは

ではまず、「Deprescribing」(以下、減薬といわせていただきます)ですが、減薬といってもどういうことを指すのでしょうか。減薬の文献と言われて一番有名ではないか思う文献では以下のように定義されております。*1

『個々の患者のケア目標、機能的状態、平均余命、価値観、および好みを考慮して、既存または潜在的な害が既存または潜在的な利益を上回る場合に、薬剤を特定し中止する体系的なプロセス』

Ian A Scott,et al.2015;PMID: 25798731

また、そのプロセス自体も明示化してくれています。

①全薬剤の服薬理由を明らかにし
②有害作用がどれくらい起こりうるかを考え
③各薬剤の潜在的な利益と害を評価し
④中止の優先順位を決め
⑤減薬の実施とモニタリングを行う

Ian A Scott,et al.2015;PMID: 25798731

EBMのサイト「SPELL」では、このプロトコルの日本語訳もありますので、ぜひご参考にしてみてください。

減薬に対する取り組みの現状

現状では、減薬のプロセスは整理されておりますが、実際減薬の取り組みは進んでいるか?と言われると、うなずきがたいのではないかと思われます。日本保険薬局協会での調査でも、減薬に関する加算である「服用薬剤調整支援料」の算定件数、算定薬局数はあまり多くないことが実態としてあるのではないかと思います。*2

日本保険薬局協会.2022年10月.各種技術料算定及び認定薬局の実態調査報告書より引用

診療所や病院における減薬に関する報酬点数である薬剤総合評価調整加算や薬剤総合評価調整管理料も、算定0回の施設が50%を超えている状況にあります。*3

これらのデータが全てではないかと思いますが、取り組みが難しい現状はイメージしやすいかなと思います。
では、主に何が問題となっているのでしょうか?
ポリファーマシーに対して減薬介入に対する障壁・促進要因を調べたシステマティックレビューがございます。この研究によると以下のようなポイントが指摘されておりました。*4

◆障壁要因
・単一疾患に対するガイダンスが中心であること(消化器科とかの専門領域化)
・経済的インセンティブがないこと(減らしてもそんなにお会計が変わらないこともある)
・連携不足(他医師の処方は手を付けにくいなど)
・理解度不足(何のために服用しているのかわかっていない)
◆促進要因
・かかりつけ医療従事者との良好なコミュニケーション
・多職種連携
・転換点などのイベント発生時(入院など)
・案外多くの患者さんは、薬を減らしたいとは思っている

また、高齢入院患者に対して、減薬に対する考え方や姿勢のアンケート調査をした研究もあります。*5
この研究では、73%の方が投薬に関しての意思決定に関わりたいと答えており、84%の方が処方者の提案であれば減薬を前向きに考えると報告されています。一方で、服薬の複雑さ、高齢、フレイルリスクが高くなるにつれ減薬の意欲は低くなる傾向があったとも報告しています。
この部分は、上述の理解度不足なども関連していそうです。フレイル傾向や年齢が上がるにつれ、服薬の複雑さも増し、確認事項なども多くなり、コミュニケーションや連携が不十分になっていくとという負のスパイラルになっている可能性も考えられます。
では、減薬を進めていくためには、具体的にはどうしたらいいんでしょうか。
具体的な方向性としては、不適切な薬物治療とポリファーマシーを減らすための取り組みとして、10個の推奨事項を挙げている報告があります。*6

1:すべての高齢者、特に薬物有害事象の受けやすい人は、減薬することを念頭に置いて薬物レビューを行うこと。
2:「適切な」可能性のある治療を開始する前に、患者の特徴や好みに基づいてエビデンスの妥当性を検討すること。
3:標準化されたリストを超えて、各薬剤の中止の可能性を検討すること。
4:ポリファーマシーに対して暗示的アプローチと明示的アプローチを組み合わせて用いること。
5:臨床試験における高齢者の代表性不足に対処すること。
6:ポリファーマシーに対する商業的影響を認識し、対処すること。
7:医療教育では、不適切な薬物治療とポリファーマシーとその潜在的な悪影響にさらに重点を置く必要があること。
8:医療研修では治療を中止する方法を検討し、リスクベネフィットに同等の注意を向けること。
9:患者が複数の疾患を患っている(multimorbidity)場合、単一の疾患モデル (およびそのインセンティブ設計) は避けるべきであること。
10:高齢の複雑な患者の意思決定は、患者/家族の希望を最優先にして、期待される生存と生活の質を日常的に考慮する必要があること。

Dee Mangin,et al.2018;PMID: 30006810より引用・日本語訳

上述の「Deprescribing」のステップをさらに深掘りしたような、まさに、EBMの実践を減薬の文脈できれいに言語化してくれているように個人的には思います。
また、減薬に対する薬剤師の役割を調べているシステマティックレビューでは、主に効果が出ていそうな取り組みとして、教育的アプローチや多職種を介したアプローチが挙げられております。*7
コミュニケーション方法や多職種連携がキーとなったり、知識面の補充が大切なのかも知れません。また、高齢者の減薬に対する介入要素について調べているレビューでも、以下のような課題を提言されており、教育や連携に関する部分が見受けられます。*8

Kenya Ie,et al.2021;PMID: 34221792より引用・日本語訳(2024年2月13日参照)

また、この研究でも述べられているように、臨床的なアウトカムに対しては、減薬に関する文脈では、ポジティブな報告は少ないかと思います。
全体的な視点で見ていくと、連携面や教育面が鍵になりそうではある一方、ポリファーマシーは多様な背景から成り立つ事象であり、それを画一的な方法で一括りにするのが難しい側面もあるのかもしれません。ポリファーマシーに対して、一括りにできない以上、個別化しながら考えていく必要がありますが、現状、そこにはそんなにインセンティブが働いていない部分もあるかと思います。限られたリソースの中でできる薬物治療のあるべき姿とはどういう状態なのかを今後も考えていけたらなと思います。

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【参考資料】
*1:Ian A Scott,et al.2015;PMID: 25798731
*2:日本保険薬局協会.2022年10月.各種技術料算定及び認定薬局の実態調査報告書
*3:厚生労働省.平成30年度診療報酬改定の結果検証に係る特別調査(令和元年度調査)の 報告案について(2024年2月12日参照)
*4:Alison Jayne Doherty,et al.2020;PMID: 32723784
*5:Mohammed A Mohammed,et al.2023;PMID: 36959598
*6:Dee Mangin,et al.2018;PMID: 30006810
*7:Iva Bužančić,et al.2022;PMID: 34155673
*8:Kenya Ie,et al.2021;PMID: 34221792


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