ヘルスケアとエンタメについて考える②
前回は、日本の現状からまずは学んでいきました。
今回は、ヘルスケア産業について少しずつ学んでいければと思います。
そもそも、ヘルスケア産業とはひとくくりに言っておりますが、どのような産業なのでしょうか。
Wikpediaでは以下のように定義されておりました。*1
また、日本ヘルスケア協会では、ヘルスケアを以下のように定義しております。*2
そもそも「健康」という概念ですら、未だ広範な意味を持っており、ヘルスケア産業とひとくくりにするのはまだまだ難しく、関連するあらゆる活動が含まれている分野と認識しておくことがいいのかもしれません。
では、そのような広範囲にまたがるヘルスケア産業の市場規模はどの程度のものでしょうか。経済産業省の資料では、ヘルスケア産業は2020年で約27兆円、2025年には33兆円を超えることが推計されており、「健康保持・増進に働きかけるもの」と「患者/要支援・要介護者の生活を支援するもの」の2つに分類して示されています。*3 介護関連の方が、高齢化も相まり、市場が拡大していく期待があるのかもしれません。
また、同資料では、その内訳も示されております。*3
このような中で、ヘルスケア産業の今後の方向性として、みずほ銀行の産業調査の中では「医療のパラダイムシフトを見据えた日本のヘルスケア産業のとるべき方向性」がまとめられており、デジタライゼーションにより主に3つの変化が起こるだろうと提唱されています。*4
さまざま視点はあると思いますが、とてもわかりやすい資料でしたので、今回は、この3つの変化に関して、僕なりの解釈も含めて、もう少し深ぼりしていこうと思います。
①予防から予後に至る連続性ある疾病管理
今では、病気を発症してから病院に行く、など疾患が発症する時点を基点としてサービスが形成されているかと思います。ただ、視点を病気だけでなく健康として広げることで、健常時(予防段階)から罹患中、寛解後、介護状態など、健康状態のストーリー全般を管理していく必要性が求められているのかもしれません。最近、ペイシェントジャーニーが話題となることが多いですが、ペイシェントの状態の時だけでなく、ヘルスケアジャーニーとでもいうのでしょうか。健康をより広範囲にとらえたシームレスなケアの需要が増していくのだろうとのことかと思います。
例えば、医療・介護の面では、日本の地域包括ケアシステム*5により、在宅医療での官民一体・多職種協働と、介護状態の領域ではシームレスなケアが一部実現できているのではないかと思います。また海外でも、Multimorbidityについては、一部統合ケアアプローチが検討されている側面もあります。*6
EUの研究では、統合ケアのフレームワークを作成し、サービス提供、リーダーシップとガバナンス、労働力、資金調達、テクノロジーと医療製品、情報と研究の6つの要素に分解し、さらに、ミクロ・メソ・マクロのレベルで検討しています。*7
また、このような複雑に入り組む統合ケアアプローチのような評価に関しては、多基準決定分析(MCDA)の有用性も検討されています。*8,9
今後は複数疾患や介護にとどまらず、予防・予後を含めたライフコース全般での統合ケア*10 が求められ、そのような非常に多くの要素がある中で、全てをアナログに管理するのは現実的でなく、デジタライゼーションにより医療・介護の枠を超えたシームレスな官民一体の連携・仕組みの構築が急務であり、またそのような複雑なシステムをどう評価していくのかも重要な部分になってくるのではないかと思います。
➁患者(層)毎に個別化された精密な医療
近年、医療でも白黒つけにくいケースは徐々に多くなってきているのではないかという印象です。例えば、新型コロナウイルスワクチンを接種するしないで起こった分断は記憶に新しいのではないでしょうか。*11 統計的に有意であるとしても、外的妥当性が高かったとしても、すべての人が納得するケースやサービスというのは少ないのかと思います。また、人間の行動には基本的に非合理的な側面がつきまといます。*12 何でもかんでも正論的・コンセンサス的なものが罷り通るわけではないのでしょう。仮に臨床ガイドラインなどを一般的に正しい医療とするとしても、Multimorbidityのような状態に全てをあてはめようとする場合、実現困難性を指摘している研究もあり、この辺りは示唆に富む部分ではないかと思います。*13
さらには、医療やテクノロジーも日々進歩していく中で、医療を受ける側も提供する側も選択肢は増えていく一方かと思います。その中には非科学的な選択肢も増えていくことでしょう。非科学的な補完医療には賛否あるかと思いますが、先ほどのような統合ケアの観点からは、非科学的なものをただ否定するやり方は、ベースとなっている医療のケアから離脱させてしまうリスクも指摘されています。*14
ケアの範囲がシームレスに広がり、選択肢も加速度的に増えていく中で、平均値的なサービスを提供する体制や仕組みには限界が来ており、一人一人に合わせた医療にならざるを得ない環境変化が起きているのかと思います。EBMの4つの輪をより意識したような、目の前の患者さん一人一人にカスタマイズした多品種少量生産のようなサービスがヘルスケアでも求められてきているのかもしれません。*15
③医療資源は分散化、物理的制約から解放
皆保険制度など日本の医療の仕組みは、個人的には素晴らしい仕組みであると思っています。しかし、少子高齢化の現状、コロナ禍の様々な状況への柔軟性が低かったことから変化の必要性が迫られていることも事実かと思います。特に働き方に関しては総務省の報告でもあるように、会社に出社することがスタンダードだった以前と比べて、テレワークが急速に広まっていったことは皆さんもご存知のことかと思います。*16
それに対して、業種別のテレワーク実施率を見ると、医療・福祉は低い傾向が出ています。*17
テレワークと親和性がありそうなオンライン診療に関しても、厚生労働省のデータを見ると20%に見たない部分で既に頭打ちでそこまで増加していない現状が見えてきます。*18
とはいえ、今後の人材など医療資源不足のことを考えると、ヘルスケア分野でも、オンライン化の急速な変化はどこかでやってくる可能性は高いかと思います。また、2023年はマルチモーダルAIの進歩がすさまじかったですので、問題となっている様々な要因に対して今後応用が期待される部分も大いにあるのではないかと思います。*19 それらにより、現状対面でやらざるを得ない状況も縮小していき、物理的制約から解放される領域も徐々に増えていくのかもしれません。
少し長くなりましたが、今回は、みずほ銀行の産業調査を土台として、ヘルスケア産業について学んでみました。次回は、国の方針からの視点でもう少し学んでみようかなと思います。
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【参考資料】
*1:Wikipedia.Healthcare industry.(日本語訳、2024年1月20日参照)
*2:日本ヘルスケア協会.ヘルスケアの定義(2024年1月20日参照)
*3:経済産業省.平成30年4月11日.第9回新事業創出WG 事務局説明資料② (アクションプラン2017の進捗状況について)
*4:みずほ銀行.2020年.みずほ産業調査 Vol.65
*5:厚生労働省.地域包括ケアシステム.(2024年1月20日参照)
*6:ボソボソさん.2021年7月6日.Multimorbidity - 複数の慢性疾患について(2024年1月20日参照)
*7:Fenna R M Leijten, et al. 2018;PMID: 28668222
*8:Maureen Rutten-van Mölken ,et al.2018;PMID: 30041653
*9:製薬協.2013年6月.ベネフィット・リスク評価 中級編 多基準決定分析への招待2013年6月版
*10:Nick Goodwin ,et al.2016;PMID: 28316546
*11:Timothy B Gravelle ,et al.2022;PMID: 35349385
*12:相良奈美香.2023年06月.行動経済学が最強の学問である
*13:Cynthia M Boyd ,et al.2005;PMID: 16091574
*14:羊土社.Gノート 2016年12月号 Vol.3 No.8 患者さんに補完医療について聞かれたら 統合医療は怪しいのか!?正しく知って、主治医力を上げよう!
*15:NewsPicks.2023年12月6日.【原点】トヨタの自働化を学べば、仕事の本質が分かる
*16:総務省.令和5年5月29日.令和4年通信利用動向調査の結果
*17:内閣府.令和5年4月19日.第6回 新型コロナウイルス感染症の影響下における 生活意識・行動の変化に関する調査
*18:厚生労働省.令和5年1月~3月の電話診療・オンライン診療の実績の検証の結果(2024年1月20日参照)
*19:Julián N Acosta ,et al.2022;PMID: 36109635