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医学部のボーダー偏差値はなぜ高いのか?(大学の合格最下位学力の統計分析⑤)

趣味の統計分析シリーズです。共通テストリサーチを使った合格最下位の分析をしていますが、東大の分析精度を上げるために、模試判定を用いた合格者推定モデルを追加しています。

せっかく別のモデルを作ったので、今回は模試判定を用いた合格者推定モデルを用いて、表題を含む次の3つの命題(仮説)の検証を行います。

  • 筑波大駒場中学の合格は運なのか?

  • 都立高校受験でA判定なら合格率100%なのか?

  • 医学部のボーダー偏差値はなぜ高いのか?

0. まとめ

  • 中学入試の最難関の筑波大附属駒場中(筑波大駒場中)は倍率4.5倍であり、再合格率は30%未満。つまり、筑波大駒場中の合格者にもう一度入試を行ったら7割が入れ替わる。これは他の難関中学(5割程度)より著しく高く、「筑波大駒場中の合格は運」という解釈は正しい

  • 都立高校のトップ3の倍率は1.5倍を下回る。この倍率の場合、模試判定の合格可能性の定義(A判定80%〜D判定20%)が成立しない。逆に、A判定100%、D判定0%とすると、受検倍率と定員が整合する。よって、「都立高校受検でA判定なら合格率100%」はロジックとしては正しい

  • 国公立医医は倍率が3〜7倍と国公立平均2.8倍より高いため、B判定以上の受験者が少なく、D判定以下の受験者が多くなる。そのため、同じB判定偏差値でも、国公立医医では他の学部に比べて、合格者平均偏差値や最下位合格のラインが下がる。つまり、医学部は倍率が高いため、D判定の受験者・合格者が増えることから、学力レベルと比べてボーダー偏差値(B判定)は高い値となる

1. 筑波大駒場中の合格は運なのか?

インターネットのブログなどで、「筑波大駒場中の合格は実力に加えて、運が大きく影響する」というようなことが言われています。受験は多かれ少なかれ運の要素はあるのですが、運が大きく影響するなら、他の中学に比べて、合格者の入れ替わりが大きいはずです。

つまり、この命題は「筑波大駒場中の再合格率は、他の中学と比べて著しく低い」と言い換えられます。そこで、前回に作った模試判定からの合格者推定モデルで、筑波大駒場中と主な難関中学の再合格率を計算して、この命題の検証を行います。

分析にあたり、A判定:B判定:C判定=1:2:4で固定し、倍率は2024年度入試の値を用います(他の中学も同じ)。

まずは、筑波大駒場中です。

表1-1

倍率が4.3倍とかなり高いため、受験者におけるD判定の構成が著しく高くなっています。ほぼD判定だけど数回だけC判定でチャレンジしている受験生も多いのかもしれませんが、シンプルな推計にするために全てD判定に寄せています。

受験者のD判定構成が多いことから、D判定の合格者が多くなります。こうした合格者がもう一度入試を受ける場合、再合格率は28%という低い値となります。つまり、7割が入れ替わることになります。

続いて、主な難関中学の再合格率を見ます。応募倍率でなく、受験者倍率が確認できた中学をサンプリングしています。

表1−2

こちらは倍率が2〜3倍であることから、再合格率はほぼ50%になっています。データ数6なので精度は低いですが、再合格率の平均は47.3、標準偏差は4.8でした。

これらと比べると、「筑波大駒場中の再合格率は、他の中学と比べて著しく低い」と言えます。つまり、筑波大駒場中の合格者にもう一度入試を行った時に7割も入れ替わるのは著しく高い数値で、「筑波大駒場中学の合格は運である」というのは正しいと考えられます

なお、表1−1を見ると、A判定とB判定の再合格数を合算すると定員の9%になります。筑波大駒場中の定員は120人なので、約10名に当たります。この10名は個人名レベルで見れば、何度入試を受けても筑波大駒場中に合格する受験生と言えます。

筑波大駒場中は男子校なので、男女合わせると20名。開成などに行った受験生も入れると、25名。この25名はテストで順位は変動しても、倍の50位には収まっているはずです(一度も50位を割らない)。

こう考えると、首都圏の中学受験生の中で、常に50位以内にいるような男女25名くらいが、中学受験の本当の最上位と考えられます。この25名は筑波大駒場中・開成中・桜蔭中あたりに入学して、たぶん鉄緑会の最上位クラス常連になっていくのでしょうね。

2. 都立高校受験でA判定なら合格率100%なのか?

高校受験に関するX=旧Twitterで、「A判定以上を取った日比谷受験者は合格率なんと100%。1人も不合格が出ませんでした。これがD判定以下になると全滅です」という記載を見つけました。

もしこれが都立高校受験の実態であれば、模試のA判定80%〜D判定20%という判定は意味があるのか、ということになります。そこで、都立高校と模試判定の関係を、都立トップ3(日比谷・西・国立)でサンプル分析してみます。

まず、都立トップ3の倍率を見てみます。2024年度入試では、日比谷が1.40倍、西が1.46倍、国立が1.43倍と3校とも1.5倍未満でした。実はここまで倍率が低いと、これまでの合格者推定モデルは使えません。A判定80%〜D判定20%の合格可能性で、倍率と定員が整合するように計算すると、D判定の受験者数がマイナスになってしまうためです。

これまでは大学入試の分析だったので、ここまで低い倍率になることはなく、推定モデルは倍率の下限を作って計算していました。その下限は1.7倍でした。ただ、都立トップ3の倍率は1.4倍なので、この下限を下回っています。他の都立高校を見ても、たまに2倍を超えるところはありますが、概ね1倍台という感じのようです。

そこで、モデル自体の前提を少し修正します。その修正検討がこの表です。

表3

まず、判定の合格可能性(A判定80%〜D判定20%)は変えずに、D判定でなくC判定を残差としてみました。それが上段の表です。

これを見ると、西と国立はC判定の受験生がほぼおらずA判定とB判定のみとなりますが、さらに倍率が低い日比谷はC判定の受験生がマイナスとなっています。1.4倍あたりからC判定すら設定できなくなり、この修正は上手くいきませんでした。

そこで、別の前提を変えたのが下段の表です。受験者の分布ロジックは変えずに、合格可能性を修正しています。

上記の東京受験主義さんの見解を参考に、A判定を80%→100%、B判定を60%→80%、C判定は変えず、D判定を20%→0%にしています。

下段の表を見ると、このパターンなら異常値(マイナス)は発生しません。1.4〜1.5倍くらいの倍率だと、A〜C判定は同数ずつ受験するけど、D判定はほぼ受験しない形になります。これは高校受験は浪人できないので、都立高校の受験は保守的になることから、ある程度の合理性があると考えられます。

逆にこの分布を正とすれば、A判定は合格可能性80%の設定でも、実際は合格可能性100%でないと、倍率と定員が整合しなくなります。同様にD判定も20%でなく、0%となります。つまり、「都立高校受験でA判定なら合格率100%である」のはロジカルには正しいと考えられます。ただ、実際には数%の不合格者は出て、合格率95〜99%あたりではないかと思います。

さて、こうなると「高校受験でA判定80%〜D判定20%という判定の定義が間違っている」と思われるかもしれません。でも、そうではなく、国立附属高校や私立高校の受験もカバーすると、A判定80%〜D判定20%は妥当な数字なのだろうと思います。

東京の国立附属や私立の人気校は、倍率が3倍を超えるところも多く、そうした高校には、受験者の分布が散らばって、A判定80%〜D判定20%が成り立つのだろうと思います。同じような見解は、上記のX(Twitter)の中で、東京高校受験主義さんも述べていました。

まとめると、「国立附属・私立も含む高校受験全体では、A判定は合格可能性80%でも、倍率が低い都立高校受験(県立高校も同じ)では、A判定の合格可能性はほぼ100%となる」ということだと考えます。

3. 医学部のボーダー偏差値はなぜ高いのか?

過去に共通テストリサーチを使って色々な分析をしてきましたが、国公立医学部医学科(医医)が想像するよりもポジションが悪い分析結果に何度も直面しました。

そこで、共通テストリサーチからの分析結果と国公立医医のボーダー偏差値が逆転する仕組み、つまり「国公立医医のボーダー偏差値が、学力レベルや難易度以上に高くなるのはなぜか」を、模試判定の合格者推定モデルも用いて考察してみます。

比較分析するのは、東大理一と駿台模試B判定偏差値(2023年7月調査)が同じ68だった名古屋大・神戸大・大阪公立大・東北大の医医です。あわせて、国公立医医で最下位合格の全体順位が一番下だった高知大医医も比較に加えます。

これらについて、主要指標を並べるとこの表になります。駿台B判定偏差値68の4つの医医は平均値も計算しています。受験者と合格者の構成は、今回作った模試判定モデルに加えて、実際の共通テストリサーチの判定分布(2020−2024年)を併記しています。

表4

東大理一(ブルー)、偏差値68医医平均(グリーン)、高知大医医(オレンジ)の3つの列を比較していきます。まず、2024年度入試の倍率を見ると、東大理一 < 偏差値68医医平均 < 高知大医医となっています。

この倍率の高低に起因して、B以上の受験者構成比も合格者構成比も、東大理一 > 偏差値68医医平均 > 高知大医医となっています。例えば、東大理一だと駿台偏差値68(B判定)で合格しても合格者の真ん中(上位45〜56%)に過ぎないけど、名古屋大・神戸大・大阪公立大・東北大上位だと、同じ学力なら上位31〜44%くらいのポジションまで上がることを意味してます。

一方、D以下の受験者構成比と合格者構成比は、B判定以上の逆になり、東大理一 < 偏差値68医医平均 < 高知大医医です。倍率の高い国公立医医は大量のD判定受験生が受験しており、D判定の合格者が多いことがわかります。

このように国公立医医では、B判定以上のポジションが上がり、D判定合格者が増えるので、同じB判定偏差値でも、合格平均偏差値は倍率に比例して下がります。例えば、東大理一はB判定偏差値68で倍率2.5倍であり、合格者平均偏差値は65.3〜65.6です。一方、東北大医医はB判定偏差値は同じ68でも倍率が3.8倍に膨らむので、合格者平均偏差値は60.5〜61.5まで下がります。

では、合格最下位はどうなるのでしょうか? それを考察するのがこの図です。

図1

駿台B判定偏差値が同じ東大理一と東北大医医で、モデルから算定される受験者構成と合格者構成を比較しています。東大理一は倍率が2.5倍、東北大医医は3.8倍なので、同じB判定偏差値でも形が変わります。

東大理一の分布は、ほどよく受験者(グレー)が末広がりの形で、まあこんな感じかなぁという印象です。合格可能性が高いB判定以上(グリーンとブルー)が一定いる中で、C判定以下が果敢にチャレンジしている形です。

一方、同じように合格推定モデルをそのまま当てはめたのが、東北大の分布パターンAです。D判定が急増しています。ただ、C判定直下でここまで急激にカーブが変わる分布は現実的ではありません。

それなら、同じ合格可能性20%で、CからD判定の分布ギャップを抑えたのが分布パターンBです。D判定は底なしなので、横を抑えた分だけ、かなり下の偏差値まで伸びています。ただ、C判定偏差値(この場合は63)からかなり離れて下にいる受験生に合格可能性が20%あるとは思えません。そうなると、パターンBの分布も現実的ではありません。

そうなると、D判定内で段階的に合格可能性を下げながら、漸減に分布するパターンCが現実解として導出されます。D判定の上位層はC判定に肉薄する学力(合格可能性30%)があり、かなりの数がチャレンジするため、合格者のボリュームゾーンとなる。D判定内の中間層もそれなりの人数が受験するが、チャレンジ受験に近く、合格するのはごく一部(合格可能性10%)。D判定の下位層は受験人数も減るが、合格最低ラインとあまりにもギャップがあるので、誰も合格しない(合格可能性0%)。このシナリオと分布は、ありえそうな印象です。

分布パターンCで、倍率が高い国公立医医でD判定内の分布が起こるとしたら、最下位合格は東大理一の分布よりも下に抜けるはずです。これにより、同じB判定偏差値(68)でも、共通テストリサーチから分析した最下位合格の全体順位では、東大と東北大医医で差が出ることになります。

これまでの考察をまとめると、以下のメカニズムで、国公立医医は倍率が高いことに起因し、学力レベルや最下位合格ラインと比べて、ボーダー偏差値(B判定)が高く設定されると考えられます。

  1. 国公立医医は定員が少ない

  2. 医者の人気は根強く、医者を志望する受験生は多いため、国公立医医の倍率は高くなる

  3. 合格可能性と定員の整合を考えると、国公立医医の受験者は同レベルの他の大学・学部に比べて、B判定以上が少なく、D判定以下が多い。

  4. その結果、国公立医医の合格者もB判定以上が少なく、D判定以下が多い。

  5. そうなると、国公立医医の合格者平均偏差値はB判定偏差値に比して下がる。

  6. 国公立医医の受験者・合格者はD判定以下に偏重しているため、D判定の中でも上位・中位・下位に分布する。

  7. 合格可能性10%くらいのD判定中位からギリギリの最下位合格者が出ることで、国公立医医の最下位合格ラインは下方に引っ張られる

  8. 結果、国公立医医の最下位合格の全体順位は、同等のB判定偏差値の他大学・学部に比して低下する

  9. このメカニズムを逆に見れば、学力レベルや最低合格ラインが同じでも、倍率が高い国公立医医のB判定偏差値はより高い数字となる

  10. この傾向は、倍率が大きくなればなるほど拡大する

4. 最後に

3つの命題の検証を行いましたが、模試判定を使った合格者推定モデルは、それなりに現実に近い結果が出ている印象です。

次回は地方帝国大の東大合格者推定を検証して、その後に東大の科類の比較分析に移りたいと思います。

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