シファの罠:今次戦争におけるイスラエル最大の挑戦

「The Meker」 Ronny Linder氏の記事より
https://www.themarker.com/weekend/2023-11-10/ty-article-magazine/.premium/0000018b-b3c0-df42-a78f-bfc33f200000


 シファ病院はイギリス委任統治時代に建てられ、イスラエル支配時はイスラエルガザ支配の主力プロジェクトとなり、最近までイスラエルの医師が毎月50件ほどの手術を行なっていた。2009年以来ハマスがそこにメンバーを隠しているとの懸念が指摘されていた。ガザ地区最大の医療センターは、殺人的なテロ組織と戦う西側に属する国(イスラエル)の想像を絶する課題を浮き彫りにしている。  

 ガザの戦争は収束までほど遠いが、ガザ市の西に位置するシファ病院がすでに大きな象徴となっている。ガザ地区において最大かつ最も重要な病院であり、またテロリストの司令本部の上で一種のアイアン・ドームとしてハマスによって残忍に利用されているという恐ろしい二つの事実は、西側に属する国(イスラエル)が殺人的で抑制のないテロ組織と戦う際の想像を絶する課題を浮き彫りにしている。 
 戦争当初から積み上げられてきた証拠は、シファ病院がハマス指導部のテロ司令のセンターとなってきたことを示している。イスラエル国防軍は、病院の敷地の地下とその周辺で行われたテロ活動の証拠をほぼ毎晩公開し、ハマスが戦争犯罪者であること強調し、国際的視点でシファ病院への攻撃を正当化する地盤を築いている。
 約2週間前、イスラエル国防軍の報道官、ダニエル・ハガリ准将は、ハマスの司令本部が病院の地下にあり、そこからハマスがイスラエルに対する戦闘を指揮し、武器を保管していたという声明を発表した。またイスラエル国防軍は、地下司令部への出入りは病院に隣接するいくつかのトンネル抗から行われており、入院病棟から司令部への内部入り口もあり、例えば、内科、透析科、外来診療所の下にも入り口があったことを明らかにした。
 さらに、イスラエル国防軍はハマスが自らの消費のために病院のエネルギーインフラを使用していると発表した。軍の報道官は、ハマスの指揮官とテロリストが、病院は爆撃されない安全な場所であることがハマスには明らかであるからこそ、病院の中に隠れて民間救急車でメンバーや機材を輸送しているとするテロリスト尋問の録音も明らかにした。また、ハマスが病院の地下に50万リットル以上の燃料を備蓄していることや、10月7日の虐殺に参加し、ガザ地区に逃げ帰ったテロリスト数百人がそこに隠れていることを認めたガザ医療関係者との対話の録音も公表した。

イスラエルNGO法人によるイスラエル派遣団医師

 実のところ、シファ病院のことをよく知っているイスラエル人医師が少なからずいる。2009年以来ほぼ15年間、人権医師団体(イスラエルのNGO)の医師派遣団が毎月シファ病院を訪れ、病院の医師らとともに整形外科、胸部、腎臓、心臓など30~50件の手術を行なっている。ガザへの派遣団には、国防軍とシャバック(公安局)の要請で、アラブ人のみが含まれている。対象的に含むヨルダン川西岸地区へはユダヤ人医師も派遣されている。
 イスラエルからガザに医師の派遣団が送られる目的は2つある。1つは、エジプトや西岸地区に運搬することのできない患者の比較的複雑な手術や症例において地元の病院チームを支援すること、そして一種の専門化(フェローシップ)としてイスラエルの医師たちが手術を自ら行うことによって、地元の医師たちを訓練することである。ガザ地区とヨルダン西岸地区に派遣された人権医師団のメンバーであり移動診療所の責任者でもあるサラフ・ハッジ=ヤヒヤ氏は「例えば、イスラエルの移植医が地元チームを指導し、一緒に腎臓移植を行ないます。何度か我々が手術を行なった後には地元の医師たちは自分たちで移植手術ができるようになります。また手術室で私達の医師たちが行なうことは全てビデオで録画され、10~15回の手術の後に一緒に手術の映像を見て、それが訓練に使用されます。また、複雑な症例に遭遇したパレスチナ人医師たちが私達に連絡を取り、患者に何をすべきかアドバイスをするなど、毎日継続的に連絡を取り合っています」と説明する。さらに派遣団は大規模な医学会議を開催してる。「高血圧、糖尿病、婦人科などの分野で、医師らの要請に基づいて開催しています。何百人もの参加者がいます」。
  匿名でのインタビューを希望したイスラエルの病院の幹部医師であるA氏は、以上の派遣団の正規メンバーである。すでに10年もボランティアで参加しており、シファ病院とハーンユニスの病院に通っている。彼は「イスラエルと比較すると、この病院は数世代前、ほぼ70年代まで遡るほど遅れています。外科病棟は近代的で新しい手術室がありますが、例えば産婦人科病棟は特に古いものです。一つの大きなスペースとして作られており、妊婦たちを区切るのはシーツだけとなっています。」と話す。続けて「過去には困難な症例の大部分がガザからイスラエルに移送されていましたが、長年に渡り現在では10%にまで減少しました。そこで私達は、ガザの医師のために特別な訓練プログラムを構築し、新しい医療機器を持ってきて手術の訓練を行いました。シファの医師たちは新しいことを学ぶことを渇望しており、病院から出て他所に学びに行くことができないため、私達が来ることを待ち望んでいました。これがフェローシップの実態です。彼らの一部は主に東ヨーロッパに留学しましたが、トルコ、スーダン、パキスタン、イエメンなどの国に留学した人もいます。最初は彼らを専門的に信頼することはできないと思っていたので、彼らが十分に専門的であるという印象を持ち、驚きさえしました」と話す。 
 シファ病院での医療活動、主に外科活動は寄付に大きく依存しているとハッジ・ヤヒヤ氏は説明する。「手術室や病院には基本的な物資が不足しており、手術は彼らが持っている物に合わせなければなりません。私たちは医療派遣団のシファ訪問の一環として、必要な機器を持参します。それがなければ、そこでは一度も手術を行うことができなかったからです。全てはイスラエルと連携して運ばれます。」

大な難民キャンプ

 シファは大きな病院である。地上では、数万平方メートルの広大な土地を有している。最近では、病院の域をはるかに超えて、一種の巨大な難民キャンプになっている。戦争当初より、イスラエル国防軍が病院を攻撃しないと想定し、数万人のパレスチナ人がガザ地区北部でのイスラエル国防軍の攻撃から避難所を求めて逃げてきた。ロイター通信は今週、難民が病院の中庭を埋め尽くし、待合室や廊下に仮設テントを張って滞在していると報じた。今週は、病院の中庭で数百人の男性がハマスの攻撃の映像を見て歓声を上げている様子が撮影された。2日後、イスラエル国防軍は病院の上空や近くに照明弾を投下したが、これはおそらく群衆にその場所を立ち去るよう合図しようとしたのだろう。 
 シファ病院がガザの戦いの焦点となったのは今回が初めてではない。すでに2009年1月の「鋳造された鉛作戦」で、シャバック(イスラエル公安局)により、ハマスがイスラエル国防軍は病院を敢えて攻撃しないと想定して(実際に攻撃しなかった)病院を接収し、建物内にメンバーを隠したと非難された。また、2014年7月の「強固な崖作戦」時にも、ハマスの高官がそこに隠れていたと発表された。イスラエルにとって最も困難な今回の戦争において、シファ病院はかつてないほど中心的な役割を担っている。

シファ病院の基本情報

場所:ガザ市西部
設立:1946年(イギリス委任統治時代)
所有:パレスチナ保健省
院長:メダット・アッバース医師
診療科数:6
ベッド数:564

 現在シファ病院はパレスチナ自治政府保健省が所有している。イギリス委任統治時代に設立された。1948年の第一次中東戦争でエジプトがガザを占領すると、ガザ地区の医療センターに発展した。1967年の第三次中東戦争以降にイスラエルの支配が始まると、この病院はさらに発展した。1980年代半ばには病院の修復工事は、ガザ地区の生活条件の改善を目的として、占領地活動調整官の監督下で、数百万シェケルを投資したイスラエル国の「旗艦プロジェクト」となった。「シファ病院は、500床以上のベッドを有している(イスラエル国防軍によれば、1500床を有している;筆者)ガザ地区最大の病院と考えられており、ガザ地区で大小合わせて35の病院のうち60~70%の医療サービスを提供している」とハッジ=ヤヒヤ氏は言う。
 病院は、規模の大きい外科、内科、産科なのいくつかの部門で構成されている。外来診療所、病理科、画像診断科もある。外科部門には12の大きな手術室がある。「この病院は、規模、医師、診療科の面で、ガザ地区で最高かつ最も先進的であると考えられています。優れたNICU、透析サービスもあります。主な問題は、医療機器や医薬品の不足で、それが医師チームの活動を妨げています」とハッジ=ヤヒヤ氏は言う。
 平常時は様々な国籍の医師540人が働いているが、ハッジ=ヤヒヤ氏によると、現在は200人以下の医師しか病院に残っておらず、主に病院に来る負傷者の治療をしている。「病院は一つの大きな外傷センターになってしまいました。他の診療科は劇的に減少してしいました」とA氏は語る。
 ハッジ=ヤヒヤ氏との会話中、彼は病院の院長に電話をかけた。我々は院長に、最近病院内ではどのような感情があるか尋ねると、「ナショナリズム、ガザや故郷への帰属意識です。私たちは私たちの市民を助け、病人や負傷者の治療をしている。治療中に私たちの家族の負傷者や死亡した人に出会います。ここには家族を失った数多くの医師がいて、私たちのチームのウチ126名がなくなりました。ここに来る人は、政治的立場に関係なく、皆が治療を受けることができる」と答えが帰ってきた。私たちの質問に対し院長は病院でのハマスのどんな活動も知らないと主張し次のように言った。「私たちは医療チームでありハマスとは関係がない」。ハッジ=ヤヒヤ氏によると「私たちはそこで長年働いていますが、政治的軍事的指導者たちに会ったことはありません。撮影が行われる最下階でも、手術室しか見たことがありません。」 
 A氏は「病院を爆破することなど想像したくありません。そのような考えに衝撃を受けますし、そのようなことが起こらないようにと願っています。」 

国際法との適合

 テルアビブ大学国家安全保障研究所(INSS)の上級研究員であり戦争における倫理の専門家のイディット・シャフラン=ギッテルマン博士は「病院への爆撃は過剰攻撃だと考えられます。(攻撃する場合)その目的が非常に公正かつ明確でなければなりません」と語る。「この戦争は、戦場、国内、国際社会での戦線の3つの戦線で戦われています。そして、これら3つの戦線は必ずしも同一戦場であるわけではありません。時には戦闘現場での戦線が国際社会での戦線に甚大な被害をもたらす恐れがあります。私たちは常にこれらのバランスを取るようにしなければなりません。」
 しかし、ジュネーブ条約は、病院が戦争行為に使用された場合、戦争中に病院が受ける権利を有する人道的保護は停止されると明確に定めている。つまり、ハマスの戦争犯罪がこれに当たる。
 「戦争で人間の盾を使用することが禁じられていることは明らかです。しかし、相手側が人間の盾を使用している時、国が何をすることが許可されるのかという疑問に対する明確な答えはありません。一方では、関与していない人は無罪が守られ、他方では、敵が使用する戦術が、比例原則の要素の我々の扱い方に影響を与える恐れがあります。一貫して適用される2つの原則は、非戦闘員へは直接発砲されないという区別の原則と、軍事行動の巻き添えとして被害を受ける非戦闘員への危害に関する比例原則です。直接的な危害は常に禁止されており、間接的な危害は比例原則に従ってのみ許されています。」

戦争における比例原則の見方

 「明らかに現在の比例原則の計算はどれも10月7日以前のものとは異なっていますが、復讐が正当な行動計画ではないがゆえに、起こったことが理由になるのではなく、何を私は阻止したいのかと、比例原則は未来を見据えたものです。10月7日、私たちが阻止したいことが、あまりにも殺人的であったがゆえに、比例原則の計算が変化するのです。それゆえに、例えばイスラエル国防軍は「屋根を叩く」手法(空軍の攻撃前に民間人に警告するための軍の手順)を中止しました。しかし依然として人々に対してガザ地区南部に非難するよう呼びかけており、もちろん無関係の民間人に直接かつ意図的に発砲しないよう呼びかけています。しかし比例原則は、軍事的期待と無辜の人々への危害との間の方程式を示しており、どのパラメータにも絶対的な値はありません。軍事的値とはなにか、代償に対する率はどのくらいなのか、代替手段は何なのかを問わなければなりません。」

ハマスは、無辜の人々の後ろに隠れるという、イスラエルの両手を縛る方法を見出した気がする。
「法の支配と国際法を遵守する民主主義国家として行動することは難しいですが、私たちが戦っているテロ組織のようにはなりたくありません。道徳的側面も私たちにとっては非常に重要です。なぜなら、翌日には私たちはその結果とともに生きていかなければならないからです。」
 一方、「人権医師団」の対抗勢力であろうとする「イスラエル国防軍兵士の権利医師会」というタイトルで、90人以上の医師からの書簡が発表された問題が、イスラエルの医学界を騒がせている。医師らは書簡の中で「テロリストの避難所となっている病院を破壊することを呼びかけ、「西側の道徳を利用しようとして病院をテロリストの巣窟に変えるのが適切だと判断したガザの住民が、彼らの破壊を自らもたらしたのです」と主張している。
 人のいる病院の破壊を呼びかけるこの手紙は、さまざまな医師団体から激しい反応を引き起こした。医師会倫理局会長代理のタミー・カルニ医師は「医師たちは、殺すのではなく治すと宣誓します。道徳を守ることは歴史を通じてイスラエル国家の特色となってきました。イスラエルの医師たちは敵たちが到達した良心的道徳的劣化に巻き込まれることに同意しないし、今後の同様に行動していきます」と書いた。
 5000人の医師と2000人の保健関係者を代表する組織「白衣」も、この書簡を「少数過激派の扇動的なビラ」と呼んだ。同団体は「無差別な破壊や殺害を呼びかけることは、たとえ軍事的な観点から正当化されるとしても、医療倫理規定の一部ではない」と述べている。
 人権医師団は、350人の医師と保健および医療スタッフの署名した書簡を発表し、シファ病院の破壊を求める医師たちの呼びかけを非難し「国際法の最低限度の規定は、病院から見える脅威に関して、民間人の負傷者を最小限に留める努力をしながら、警戒以上の大きな注意を払うことを求めている」と述べた。「保育器に入っている未熟児や、戦争中のアパートの爆撃で両足を切断された人が破壊されてよいのだろうか?」
 人権医師団によれば、シファの患者を別の場所に避難させるべきだとの言い分にも根拠がない。「ガザ地区には患者を受け入れる病院はなく、重症の患者を搬送する救急車も、未熟児用の保育機も、付き添う医師もいない。これらの全てがなくては、避難の呼びかけは人道的配慮とは言えず、病人にとって死刑宣告を意味する。欺瞞のベールを取り除くべきである。」





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?