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物理的に落としたい

色々とイヤなことが続いていてなんとか現状を打開したい!と思ったとき、人はどんなことをするのだろう。
肩甲骨と腰の間くらいまであった髪を鎖骨にかかる程度の長さに切った。
髪には念が込もっているという話を耳にしたことがある。
私はスピリチュアルには疎いがマイナスの運気を祓うような話は知っている。
髪を切る、という行為はストレス発散であったり新しいことを始めたいときなどに見られるようだ。
その頃の私もそうであった。
とにかく毎日がストレスの連続で、負のループから抜け出せなかった。
そして新しいことに挑戦したい、新しい自分になりたいという願望を持っていた。

厄落としをしなければ。

髪を切っても何も変わらなかった。
もっと効果的で劇的なことをしなければ何も変わらないし変えられない。
ちょうど20代最後の年だ。
何かド派手で話のネタになりそうなことをしたい。
そうだ、飛んでみよう。
テレビで観た「開運バンジー」だ。
早速ネットで検索したところ関西では奈良県だけ。
高さは30メートル。これは大体10階相当の高さだそうだ。
私は別に高い所が好きというわけではない。むしろ苦手だ。
学生の頃はジェットコースターも乗れなかったのだが、いつの間にかジェットコースターには乗れるようになっていた。
大学を卒業するくらいの頃にはナガシマスパーランドのスチールドラゴンというギネス世界記録を持つスーパーコースターに乗った。
だが高い所は怖い。足が竦む。
東京タワーに行った際にガラス張りの床から下を見下ろした。怖い。膝がガクガクした。
そんな私がバンジージャンプをしようと決心した。

物理的にイヤなものーー厄を落とそう。
実際に厄というのは物体ではない。それくらいはわかっているし目に見える物でもない。
気持ちの問題なのだ。
肉体が落下するだけだ。それでもいい。
開運バンジー。いいじゃないか。
落っこちて運が良くなるならいくらでも落ちよう。
そうして私は20代最後の日にバンジージャンプをすることにした。
幸いにもその日は平日で空いている。
当然思い付きで飛ぶのだから同行者などいない。それでいい。

20代最後の日。その日は朝からあまり良い天気ではなかった。
だが予約をしているし、私にしては思い切った行動だ。天気が良くないからといって中止するわけにはいかない。
台風だとか大雨だとか悪天候というほどではない。ただ快晴ではないというだけだ。
ケーブルカーに乗車するとどんよりとしていた空が明るくなり、現地に到着する頃には青空が広がっていた。
滅多に遠出をしない私にとっては隣県でもちょっとした旅行気分である。
橋からの景色も良い。私は今からこの橋から飛び降りるのだ。
思っていたよりも高さを感じなかったのは気分が高揚していたからかもしれない。
受付を済ませハーネスを装着する。
バンジーのスタッフの方達が準備をしている間、私は靴紐を結び直そうと下を見た。
水面との距離感がわからないが多分、高い。
不思議と怖さはなかった。ノリの良い音楽とノリの良いスタッフの方達のおかげだろうか。
ジャンプ台に立つ。爪先を少し台からはみ出すように立つ。

「3,2,1,  バンジー!」
そして私は飛んだ。
何も躊躇いなどなかった。
テレビでよく観る怖くてなかなか飛べない、ということはなかった。
全く何も躊躇いも戸惑いも迷いもない。
私は自らの意思で飛ぼうとしたのだから当然だ。
一瞬の出来事だった。
落下していく。私は今飛び降りているのだ。
落ち切ったあとのバウンドが心地良い。身体の中身もバウンドしているような浮遊感。
バウンドの時間の方が長い。楽しい。
ある程度経つと橋の上へ引き上げられる。それもアトラクションの一つのように思えた。
内臓がフワフワしている感覚が好きだ。厄が落ちたのかどうか目に見えないのだから確認のしようがない。
だが私はなんだかスッキリしていた。

20代最後にバンジーを、しかも一人で飛ぶ。

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