思い付き

こんな臭い歯、誰が持って帰るんだよ。
と歯科医師のマスク越しの顔にありありと書いてある。
つまり、「抜いた歯を持って帰られますか?」だなんて問は否定することを前提として聞いているのだ。
じゃあ聞くなよ、と僕は思わず悪態を吐(つ)きかけたが、
「あ、じゃあ持って帰ります」
と思わず呟くように言ってしまっていた。
今ではこうして抜かれて僕から離れてしまったが、『それ』も僕の一部だったのだ。
その瞬間は何故か持って帰らなければならないような気がしていた。


家に辿り着いて、ほっと一息吐いた刹那の後、
「この抜いた歯、どうしたモンかな……」
と憂う言葉が思わず飛び出していた。

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