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両親と会って考えること

3週間に一回くらいの頻度で実家に行き、父を車に乗せて買い出しに出かけています。
うちは両親とも免許を持っておらず、自分が車を買って以来の習慣です。
結婚して別々に暮らすようになってからは、両親の様子を確認したり、将来について考える機会にもなっています。

母について


幻聴の中で、目に見えない誰かと絶えず話している状態で、こちらが顔を見せたり話しかけたときは我に返ったように普通に話します。
たいてい、「yogurt、あんた国民栄誉賞とった?」「あそこの先に大きな家建てたやろ?」みたいな現実でない話か、服とか化粧品を際限なく欲しがっているか、のどちらかです。
昔、病状のよくないときは被害妄想で手がつけられなかった時期がありましたが、それに比べれば全体的に穏やかなので、こちらがイライラすることもほとんどありません。
時々孫(うちの子)の顔を見せられるのも大きいです。

たわいもない雑談をしつつ、本当は将来のことをどう考えているのか聞きたいのですがあまり聞けていません。
ひとつは、母より一回り年上の父の前で、将来(=父亡きあと)の話をしづらいこと。
もうひとつは、母の希望に現実味がないときに、それを否定しているとどんどん母が悲観的になってしまうので話が進まないことです。
基本的には親子三人で話し合うことですが、ケアマネさんと面談のときに自分も同席するとか、考えるようになるきっかけが必要だと思っています。
まあ、平日に仕事を休んで実家に行く余裕がまったくもてない状態なのですが…

父について


数年前にがんを発症するまで非常に健康でした。
草むしりなど、家の周辺の環境を整えるのが好きなので、以前は近所の人に感謝されて交流のきっかけになったりもしていたのですが、もともと広い人付き合いが好きではないので、地域の集まりや活動は敬遠しています。
つまり、介護予防とか認知症予防の観点からは結構リスクが高そうです。
もともと調理師で、問屋スーパーに行って品定めをしたり、得意のおかずを作るのを好きでやっているので、母は据え膳上げ膳で幸せなことだと思います…

少し前は、地域のサロンだとか、手っ取り早く介護予防になりそうなことがいいかと思っていたのですが、好きなことをしていればいいかなと思うようになってきました。
一緒に買い物をしていると、以前は財布から細かく小銭を出していたのが、少し動作がゆっくりになったり、耳が遠くなっているのがわかったり、年相応の衰えを感じます。
母のACPも大事なのですが、父がどう今後を過ごしたいのか話し合うのも難しいです。
真面目に話し合うよりも、話す機会自体を増やすのがよいかもしれませんね。

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