〜素顔の女子聖闘士はどこから来たのか?〜 『聖闘士星矢 セインティア翔』考察
『セインティア翔』について耳にした星矢ファンの反応は大体三種類。
「女体化?」「仮面の掟は?」「サイレントナイト?」
八年に渡る連載を終えて無事完結した本作ですが、“素顔の女子聖闘士達が主人公”という設定がネックになって未読の聖闘士星矢ファンも少なからずいるのではないかと思います。
しかし、セインティア翔は食わず嫌いで済ますには少し勿体ない作品に思います。
そこで、セインティア(素顔で戦う女子聖闘士を作中ではこう呼称する。以降は作中表記に合わせて作品タイトル以外では“聖闘少女”と記載する。)という存在がどういう設定で、そのアイディアはどこから出てきたのか。
このnoteではそこを紹介・考察していきます。
作品紹介
『セインティア翔』について
本作は車田正美のバトル漫画『聖闘士星矢』のスピンオフ作品にあたります。
作者はガンダムSEED DESTINYや戦国BASARAのコミカライズ等で実績のある久織ちまき。
掲載誌は秋田書店刊行の『チャンピオンRED』。
往年の読者は「集英社じゃないの?」と疑問に思うかもしれませんが、近年の聖闘士星矢の漫画作品は全て秋田書店からの出版となっています。
聖闘士星矢のスピンオフには色々とタイプがありますが、セインティア翔は原作漫画の外伝として限りなく整合性を保つ部類に該当します。
「聖闘士と神のパワーバランスが原作と違うよね…」とか「黄金聖闘士ってこんな自分語り大好きな軟弱じゃないでしょ…」みたいな世界観に関するストレスは比較的起きにくい(はず)です。
むしろ久織先生自身も相当に重度の聖闘士星矢マニアなので、時に「これ昔からのファンじゃないと気づかないでしょ……」みたいな小ネタが仕込まれていることもあります。
本作のストーリーは星矢達の戦いの裏で繰り広げられたもう一つの戦いという形を取っています。
敵はアニメ映画第一作『邪神エリス』に登場した“争いの女神エリス”。
エリスは10年前の舞台『SUPER MUSICAL』にも登場しました。
争いの女神という神格が扱いやすいためか、これで三度目の起用となります。
SUPER MUSICALは邪神エリスのリメイク色が強かったですが、セインティア翔では長編漫画として執筆するために映画を参考にしつつも新たな解釈で膨らませた設定・物語となっています。
相手が神なので当然、アテナが戦います。(裏に表に沙織さんは超多忙)
時間軸は原作のだいたい銀河戦争開始前〜ポセイドン篇開始前くらいまで。
ちょうどスケジュールが空いてるタイミングで黄金聖闘士を中心とした原作キャラクターもかなりの頻度で登場します。
このいわばエリス篇とでもいうべき裏の戦いにおいて、アテナを守護する役目を担うことになる聖闘士が聖闘少女たちです。
(なので女体化ではありません。)
聖闘少女について
はじめに聖闘少女の定義について。
『セインティア翔』第1巻では、まず前段として女子聖闘士の掟について説明があります。
それを踏まえたうえで、聖闘少女についての説明が続きます。
以上、聖闘少女の定義。
つまり、「原作では描かれなかったけどアテナの身の回りのお世話はもちろん女性がするよね。彼女たちは有事に備えて聖闘士の闘技も修めてるしむしろ聖衣も与えられているよね」といった理屈ですね。
次に、聖闘少女は仮面の掟を守らないでいいのか問題について。
女聖闘士が仮面をつける理由については原作でこう語られています。
仮面をつける(『つけられる』という表現が若干気になる…)理由は“女であることを捨て去るため”と明言されています。
したがって、完全なる女子であることを求められる聖闘少女には女子であることを捨てるための仮面など不要、ということです。
むしろ下手に仮面をつけたら“完全な女子”とはいえなくなって聖闘少女として問題になる無用の長物も同然までありそうですね。
さて、ここまでの説明で「じゃあ聖闘少女って青銅、白銀、黄金いずれの位にも属さない聖闘士なの?」と気になった人もいるかもしれません。
この点については、聖闘少女のまとう聖衣で分解装着図に登場するものは全て青銅聖衣とされています。
つまり、彼女たちを聖衣で分類するなら位は青銅聖闘士になるということでしょう。ただし“青銅聖闘少女”のような形式の呼称はしません。
また、作中では分解装着図のない聖闘少女の聖衣も登場するので、白銀聖闘士や黄金聖闘士の聖闘少女が存在しないとも断言できません。
聖闘少女というアイディアの出自
セインティア翔の関連インタビューから考証する
前章では聖闘少女が原作に沿った設定であることを説明しました。
それでは、この聖闘少女というアイディアはそもそも誰から出てきたものなのでしょう?久織先生?車田先生?第三者?
誰が発案者かは、2018〜2019年頃のセインティア翔がアニメ化されたタイミングで明らかになっています。
まずは、ホビー雑誌『フィギュア王 No.252』に載った久織先生のインタビュー。
また、アニメ公式サイトには車田先生による同じような主旨のメッセージが掲載されています。
聖闘少女の発案者は原作者の車田先生でまず間違いないでしょう。
となると次に気になるのは、車田先生が「以前から」「かなり昔から」と口にしているその具体的な時期はいつ頃からだったのか…?
セインティア翔以前のインタビューから考察する
私見ですが、2011年頃にはすでに聖闘少女、またはその前身となるアイディアが車田先生にはあったと考えています。
そう考える鍵は、2012年から放送されたTVアニメ『聖闘士星矢Ω』です。
放送に先駆けて刊行されたムック『聖闘士星矢ぴあ』に、聖闘士星矢Ω第一期のキャラクターデザインを務める馬越嘉彦さんのインタビューが載っています。
同インタビューには馬越さんがお題に対して提示したイメージも掲載されていて、“女戦士”にはもう少し詳しい課題内容が付記されています。
侍女と“戦巫女”という違いはありますが、“アテナに近侍して守る、通常の女子聖闘士とは異なる女戦士”という大枠は聖闘少女と一致しています。
私は初めてセインティア翔を読んだ時、真っ先にこのインタビューのことを思い出しました。
この短い文だけでは“戦巫女”の課題について、車田先生ではなくアニメスタッフから偶然似たようなアイディアが出たのではないか?という可能性は否定できません。
『聖闘士星矢ぴあ』にはこれ以上の情報はありません。
ですが同時期に刊行された『フィギュア王 No.170』でも聖闘士星矢Ω特集をしていて、若林豪プロデューサーのインタビューで女戦士について言及されています。
これで、聖闘士星矢Ωの企画開始時点で車田先生が何らかの形で女戦士のアイディアを持っていたことまではわかりました。
その時点で巫女や侍女といったアテナに近侍する要素までアイディアに含んでいたかも知りたいですね。
素顔については、レギュラーメンバーに女戦士を出すなら素顔の方が扱いやすいという認識はあっただろうし、そこまで重視しないでもいいかと思います。
さらに若林豪プロデューサーのインタビューを読み進めていくと、もう一度女戦士について言及する箇所が出てきます。
「最初は聖闘士ではない女戦士として設定しました」
……微妙な言い回しですね。
車田先生はアニメ化やその他スピンオフについて、アイディアや初期設定を提供しても、細かく注文をつけるタイプではありません。
それについてはこのインタビューでも語られていることです。
ちなみに、このインタビューで出てくるユナという女子聖闘士は放送されたエピソードでは、仮面を付けることを単純に「息苦しい」と感じてて、登場して何話も引っ張るようなこともせずすぐに仮面を外してしまいます。
このキャラクター造形の是非についてはここでは問いません。
着目すべきは、アニメスタッフが素顔の女戦士を主要メンバーの一人として登場させるにあたって苦慮したという課題です。
そして別のスピンオフ作品でも少々苦しい形で素顔の女子聖闘士が登場しています。
2006年〜2011年まで週刊少年チャンピオンで連載していた『聖闘士星矢 THE LOST CANVAS 冥王神話』です。
こちらの作品では仮面を外す理由について「お前達の前でだけだ」みたいなふわっとした発言をしていた記憶があります。
(この作品については単行本を全巻所持しているわけではないので曖昧)
聖闘士星矢Ωにアイディア提供した時点では車田先生が女戦士に対して具体的な構想までは持っていなかったとしても、“一番動かしやすい形として素顔の女性聖闘士を選ぶと非常に不自然なキャラクターになってしまう”という問題についてはこれらの作品を通じて認識したのではないかと思います。
だいぶ可能性の話ばかりが続いたのでここらで仮説としてまとめます。
この三つで大体のパターンは網羅できているでしょうか。
〜さらに源流へ〜
車田作品全体を俯瞰する
ここまでは“聖闘士星矢という枠組みの中で聖闘少女という設定を考察してきました。
しかしさすがに手持ちの資料からはこれ以上を読み取るのは難しいです。
そこで視点を“聖闘士星矢”から“車田漫画”に置換します。
車田先生のアイディアを探るにあたり、これは非常に有効な手法です。
なぜなら車田作品においては、過去の作品で使われたアイディアが時に姿を変え、時にそのままの姿で再使用されることがあるからです。
星矢世代なら『リングにかけろ』『風魔の小次郎』を読んで「あっ、これ星矢で出てきたやつだ!!」となった人が私以外にも幾人もいるでしょう。(実際の流れは逆ですが主観的反応はこうなります)
それでは車田作品において女戦士というアイディアはどのように使われてきたのでしょうか?
実はこれはかなりハッキリしています。
ですが説明の前にひとつ、女戦士ではあまりに響きが車田漫画的ではないのでここからは“女子闘士”としたいと思います。
定義は“主人子と同種の闘技を修め、主人公と同種の戦闘階級に属し、実際に戦いの舞台に立つ女子”です。
例えば、ボクシングをマスターしていてリング外で戦うこともある高嶺菊はボクサーとしてリングに立つことはないので女子闘士には該当しません。
それでは順に代表的な車田漫画を挙げて、主要メンバーに戦闘女子がいるかを確認していきましょう。(一部、軽微なネタバレがあります)
各作品の1は主要メンバー、2は主要メンバー以外で女子闘士に該当しそうなキャラクターを記載しています。
『リングにかけろ』(1977年〜1981年)
主要メンバーに女子闘士はいません。
影道一族のネネが男子と同じ服装をしていますが試合には出ません。
『風魔の小次郎』(1982年〜1983年)
主要メンバーに女子闘士はいません。
風魔の里に小桃という女児が登場しますがくノ一かは不明です。
他の忍や戦士にも女性はいません。
『男坂』(1984年〜1985年)
主要メンバーに女子闘士はいません。
続編では土佐のお竜とその配下が女性ながら四国を統括しています。
『聖闘士星矢』(1986年〜1990年)
もはや言うまでもないでしょう。
主要メンバーに女子闘士はいません。女子聖闘士として鷲座の魔鈴、蛇遣座のシャイナ、カメレオン座のジュネが、また敵方として海闘士に人魚姫のテティスが登場します。
『SILENT KNIGHT翔』(1992年)
主要メンバーに女子闘士がいます。
主人公・翔の元へ最初に現れるサイレントナイト(下級ナイト)・フェアリーの紫鈴です。敵方にもミッドナイト(中級ナイト)・ラミアのネータが登場します。
『B'T-X』(1994年〜2000年)
主要メンバーに女子闘士がいます。
主人公・鉄平の師匠にして四霊将の一角・華蓮です。敵方に男装の麗人・アラミス少佐や七魔将・サロメが登場します。
『リングにかけろ2』(2001年〜2008年)
主要メンバーに女子闘士はいません。
新世代フランスJr.の三銃士の一人・オリビエが男装の麗人でありながらボクサーとして試合にも出ます。
『聖闘士星矢 NEXT DIMENSION 冥王神話』(2006年〜)
主要メンバーに女子闘士はいません。
アルテミスを守る月衛士は全員が女子です。
かなりハッキリした結果になりましたね。
ある時期から車田作品に女子闘士が登場するようになったのがわかります。
ポスト星矢作品と女子闘士
ある時期とはいつか?もちろん聖闘士星矢です。
前章の確認結果を、聖闘士星矢を閾にしてプレ/ポスト星矢という分類で表にします。
プレ星矢作品においては忍者という扱いやすそうな題材(風魔の小次郎)ですら女子闘士が登場しないのに対して、ポスト星矢作品は男子ボクシング(リングにかけろ2)であっても女子闘士が登場しています。
また、主要メンバーの一員として女子闘士が大きく活躍するのが聖闘士星矢に続く二作品というのも特徴的です。
車田作品に詳しい人は「女子闘士といっても紫鈴と華蓮だと全然タイプが違うのでは?」と思うかもしれません。
実際、女師匠キャラの系譜に連なると同時に最強の四霊将の一角たる華蓮と比べて、変身(正確にはレボリューション)前はお色気担当・変身後は主に格下のポーン(兵士)を片付けるマスコット役と紫鈴はちょっと戦士色が薄いです。
これは紫鈴が女子闘士第一号であることや、SILENT KNIGHT翔という作品の車田漫画としての特異性が影響しているものと思われます。
(この特異性については単体でnoteが書けてしまう内容なので割愛します)
また、二人をいくつかの要素に分解するとタイプに差があるように見えて共通点が多いことがわかります。
ロッド(バトン)といった武器を使用する
一般人だった主人公に最初に遭遇して敵勢力や闘技について教授する
ポスト星矢作品の主要メンバーではもっとも主人公に友好的
三番目の“ポスト星矢作品の主要メンバー”についてピンとこない人もいると思うので補足します。
聖闘士星矢までの作品では主人公と仲間達は一度戦いを披露したらその後は同勢力(黄金の日本Jr・風魔一族/コスモの戦士・アテナの聖闘士)として一丸となって戦っていました。
(しばしばツッコミが入りますが)誰かが知った事実はいつのまにか他の仲間に完璧に共有されますし、誰かが突破した関門は他の仲間も突破した扱いで素通りできます。
それに対してポスト星矢作品では基本的に主要メンバーが個別に行動します。
共闘するのは一時的に利害が一致したからで、目的を達成したらまた各々の道を行く。
誰かが認めてもらって関門を通してもらっても、他のキャラクターは認めてもらってないので素通りはできません。
最初は主人公の首を狙っていたようなキャラクターは矛を収めてもやはり仲間ではないくらいの関係に着地することが多いです。(仲間扱いすると次のページでドーーーン!!と吹っ飛ばしてくるイメージ)
13週で打ち切りになったSILENT KNIGHT翔でもポスト星矢作品の第一作として、主要メンバーの主義に差があって対立する様が見て取れます。
そんなポスト星矢作品において紫鈴や華蓮は最初から主人公に友好的なポジションのキャラとして配置されている、というわけです。
おそらくはこういった物語上のポジションやバトルスタイルが車田先生の中で女子闘士の持つ固い要素であり、そこにお色気・マスコット的な味付けをしてみた紫鈴がしっくり来なかったので次の華蓮は描き慣れた女師匠キャラにしたのではないでしょうか。
車田先生がポスト星矢作品で女子闘士を描くようになった理由についてはわかりません。
ですが、当時の聖闘士星矢が女子に相当に人気があったこと、TVシリーズの後々番組として同じく東映が制作した『美少女戦士セーラームーン』の大ヒット等、車田先生が女子向けの動線として主要メンバーに女子を入れるべきと判断するだけの材料があったのは想像に難くないでしょう。
おわりに
遡れるところまで遡りました。
これで私の考察は完です。
今までセインティア翔を軟派なタイトルと捉えていた人も、これは実は聖闘士星矢の連載終了後から20年以上かけて温めてきたアイディアの結実なのかもしれないぞ……?と少し興味を持ってもらえたのなら嬉しいですがいかがでしょうか?
実際のセインティア翔は聖闘少女の戦いだけでなく、“完成された戦士としての黄金聖闘士”の活躍も楽しめる内容になっているので原作キャラクターが好きな人にもオススメです。
ぜひ読んでみてください。
あとがき
雑記
この考察は数年前からずっと書こう書こうと思って少しずつ進めていたのですが、セインティア翔の完結を機にようやく形にすることができました。
ユナの評価は前に書きかけたnoteでは触れていたのですが、話が逸れるだけでなく少し前までと現在とで評価軸が別物になってしまったと感じたので扱わないことにしました。正義の闘士が防護効果もあるマスクを個人的心情で外してしまうのはこのご時勢だとちょっと難しいですね。
テーマからは外れますが、ポスト星矢作品の女子闘士にはB'T-Xのアラミス少佐、リングにかけろ2のオリビエ、と男装の麗人が連続して登場する流れもあります。
こちらに関しては、コミカライズを手がける予定だったもののイラスト掲載のみに終わった『真サムライスピリッツ』に登場する女性剣士シャルロットの影響があるのかなと。
(時系列的には、真サムスピのコミカライズ企画→少年エース創刊の柱として招聘→真サムスピのイラスト掲載→B'T-X連載か?)
あとはストレートな男装の麗人としては、荒木伸吾さんがキャラクターデザイン・作画監督を務められた『ベルサイユのばら』あたり?
割愛したSILENT KNIGHT翔の考察についてもそのうちnoteにまとめたいです。(考察したところでやはり面白くはないので構成が悩ましい……) ■
補足事項
漫画から引用したセリフについては適宜、句読点を追加しています。
シャイナさんの台詞はKindle版(Final Editionじゃない方)から引用しています。JC版から通して修正されてないはずで、Final Editionでもほぼ漢字が増えた以外の変更はありません。
オピュクスの表記については従来の『蛇遣い星座』ではなく、Final Editionや最近のNEXT DIMENSIONに合わせる方向で『蛇遣座』としました。
(ND序盤では『天馬星座』のように前作初期の星座は従来どおり◯◯“星”座でしたが、現在は『天馬座』のように◯◯座に統一されています。)フィギュア王 No.252に掲載されたインタビューの記事名については、目次と該当ページで一致しなかったため、まとまりのよかった該当ページのものを記載しています。
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