VRChatで隻腕として過ごした話

この記事はいわゆる雑感というやつで、なんらかの主義主張やDisやその他めんどくさいことは考えてません。ただこういうことが起きて、こんな風になったという私的な記録です。あと10月くらいに99%書いてそのまま半年放置してたのでちょっと古い。

私はVRChat歴1年と少しの、どこにでもいる普通の野良VRChatterである。VR睡眠なしでプレイ時間800hとかなのでまあまあやってる方だと思う。

HTC Viveを長らく使っており、これからも使うつもりだった。Indexの次世代機と呼べるようなやつが出るまでは粘るつもりだったのだが、ある日突然コントローラーの片方が壊れてしまい、ボタンを押しても電源を差してもうんともすんとも言わなくなってしまった。折しもOculus Quest2の発売が一ヶ月後に迫っており、コントローラーの倍出せば新しいHMD買えるんだな……と思って予約してしまった。

ここまではいい。問題は、Quest2が届くまでの期間、どーやってVRChatをしようかってことだ。

VRChatには「One Handed Movement」という片手操作モードがあり、片手でも一応最低限の移動やジャンプといったアクションはできるようになっている。しかし、これは今までハンドサインとして使っていたキーを移動操作に再割り当てするというもので、想像以上に制限が多い。まず使える表情がデフォルト含め3種類にまで制限される。Avatars3.0ではExpressionメニューを操作できるが、メニューを押す度に体の向きが変わったり勝手に移動してしまう。

まあやってればそのうち慣れるだろう、と思ったのは最初の15分だけで、これがかなりキツかった。そしてふとある考えが浮かんだ。もしかしてこれ、『「左腕欠損」のバーチャル体験』なのでは……?

そういうわけで、せっかくなのでこの機会に欠損の気持ちを味わってみることにしたのである。

ここでは単に起きたことをありのままに書く。あとはあなたが判断してほしい。


アバターも欠損にしてみた

欠損のバーチャル体験だな、と思って最初にやったのは、自分のアバターの左腕をもぐことだった。リアルではとても気軽にできるものではないが、バーチャルならメッシュを消して適当に服で隠すだけである。ちょうどDynamic Boneの勉強もしていたので、袖を結んでぷらぷら揺れるようにしてみた。

これはやって正解だった。私が自分の状況をいちいち説明しなくても、「コントローラーがいっこ壊れた」と言えばみんな全てを察してくれる。助かる。私の代わりにドアを開けてくれたり、謎解き中にオブジェクトを持ってくれた人もいた。

普段あまり話さない人と会話する時も話のタネになったし、心なしかみんな優しかった。

VRChatでは人のアバターがロボにしか見えない「Quest民」や一言も喋れない「無言勢」といったある種のphysically challengedな人々が現実より遥かに高確率でいまくるので、習慣的にそういう気遣いみたいなものが自然発生しやすいのかもしれないと思った。


普通におしゃべりしてみた

VRChatは何をするゲームというわけでもないSNSなので、メインコンテンツはコミュニケーションである。会話については腕なんて関係ないじゃんと思っていたが甘かった。

単に表情が使えないとかいう機能的な問題もあるが、それ以上に「身振り手振りが片手」というのは大きかった。

手に持ったものを指さして説明することもできないし、そもそも指の形が作れないので手で意図を示すことができない。

大きさを表現するのに「これくらい」と言えない。空中に丸を描くとかの工夫がいる。

つらい……自分がこんなにも手で何かを表現していたのだなあという驚きがあり、それが今できないというのがとてもつらい。


自撮りしてみた

VRChatの楽しみと言えば、鏡と写真である。かわよになった自分の姿を眺めたり写真に撮るほど楽しいことはこの世にない。

しかし、先述の通り、片手モードでは使える表情がかなり限られるうえ、他の操作と干渉しまくる。カメラを持ったり離したりするだけで違う表情になってしまう。トリガーキーにもハンドサインが割り当たっているため、シャッターを押す瞬間に表情が動いて、結果的に半目みたいな微妙な顔になってしまったりする。普段はもう片方の手で制御しているのだが、それができないのでありのままになってしまう。

これは強烈なストレスだった。綺麗なワールドに行っても、素敵なプレイヤーに会ってツーショ撮ることになっても、その魅力を表現するための写真を思い通りに撮れない。

全部同じ立ち位置。同じ構図。同じ呼吸同じリズム。かなし……。

この話の面白いところは、この不自由が恐らく「バーチャル欠損」特有のものだろうという点だ。無いのは左腕なのに、顔や体の他の部位の動きまで制限されてしまう。現実の欠損でも重心が変わることにより特定のポーズを取りづらいなどの不自由は発生するようだが、一見無関係な器官が影響を受けるというのはなかなかにサイバー感がある。


謎解きワールド行ってみた

こういう状況でやることでもないのだが、「アスタリスクの花言葉」という謎解きワールドに行ってきた。前々から興味はあったが、数日とも数週間とも言われるプレイ時間の噂を前に尻込みしていた。しかし作者であるヨツミフレーム氏の次回作の発表があり、リアタイするにはもはや待ったなしのタイミングになってしまったのだ。

入口のところには「VRユーザーが最低1人いればクリアはできます」と書いてあるため、特にアクション的要素はないと思われた。

しかし……ネタバレを避けるために詳細は避けるが、結果的に「片手で何か持ったままもう片手で何かをInteractする」必要に迫られ、そこだけ人に頼ることになってしまった。この時は3人のチームで挑んでおり、2日目以降は時間のある人が適当に入ってウロウロしながら考えるみたいなスタイルだったのだが、このギミックのせいで私一人ではある点より先に自力で進むことができなかった。

なーにが「VRユーザーが最低1人」じゃ!私1人ではできんではないか!

しかしこれこそが、「そうではない人」が見落としてしまう穴の好例なのかもしれないとも思う。この点について作者に落ち度があるとは言えないんじゃないか。だって普通は、「2点トラッキング」なんて半端なユーザーのことなど考えないだろう。

このワールドには他にも「片手でも不可能ではないが両手に物を持ってやるとすごく楽」な箇所があり、まあ、想定はしていないのだろうな……と思った。あるいは思い至っても、自分の作りたいものを優先してそこには目をつむっただけかもしれない。いずれにせよ、こうしたことは現実世界にも数多く存在しているのかもしれないと感じた。消火栓やAEDのような緊急装置は片手操作を想定しているのだろうか?とか。


両手用ギミックをデバッグしてみた

これは本当に図らずもこうなってしまったというケース。私は趣味でワールド作成をしており、ちょうどリリースされたばかりの新機能「コントローラーをワールド側からいつでも振動させられる」を使ったギミックを開発していた。そんな中で片手が使えなくなってしまった。大ピンチだ。なにせ左右どちらの手を振動させるかは極めて重要な部分である。右手でタッチしたのに左手が振動したら即「あ、バグだ」と思われておしまいだ。しかしコントローラーは一つしかない。片手モードは左右の手を入れ替えることができず、右手固定だ。グワーッ!

これには本当に困った。結局、基本的な流れはログを出してUnity上で確認し、実機確認はフレンドに手伝ってもらうという順当なスタイルでやらざるを得なかった。

開発者は機材をケチるべきではない。これは本当。


腕、生やしてみた

そんなこんなで丸一ヶ月が過ぎ、すっかり隻腕キャラが定着しはじめてしまった頃、念願のQuest2が届いた。FacebookのアカウントがBANされることもなく、しばらくぶりのバーチャル左腕を動かすことができた。

ああ……動く自由な体!

腕がある。移動と表情が干渉しない。2種類の表情をブレンドできる。片手でカメラを持ったままもう片手でピースできる。手を振りながらフレンドに近づくことができる。

全てが最高だ!


振り返り

VRChatが「現実に片手がない人」のことを真剣に考慮して作られているかはわからない。プロフィールの使用言語欄で手話を選択できるVRChatならあるいは……。しかし、アバターやワールドなど、VRChatのコンテンツの99%を作っているのはユーザーの方だ。そしてそのユーザーの多くは、そんなこと考えもしないだろう。私もそうだった。

もし自分が「片手しか使えない人でも困らないコンテンツ」を作ることになったとして、今回の体験で気付いたようなことの全てを想定できたとは思えない。そのような点から見ると、バーチャル隻腕として過ごした時間はなかなかに有意義なものだったのではないかと思う。得たものの中には、今後ひょっとしたら現実世界でも役に立つものもあるかもしれない。

しかし、誰かに「バーチャル欠損やってみなよ」と勧めるほどのものではないとも思う。今のところは。これからVRChatや他のVRSNSでできることが増えてきたら福祉的な何かの研究とかに生かせそうという可能性は十分に感じたが、多分まだその段階には至っていない。自己表現の都合で隻腕アバターになってみたいという人は、片手モードなんてやめて透明な左手を持ったままにすることをおすすめする。

まあ、大体そんな感じです。

片手はつらかった。片手の人を見たら優しくしましょう。

おわり。

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