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匂い

突然なんですが、妙に匂うんですよ。

匂うって言ってもカップルで写真どーのこーのの「匂わせ」的なもんじゃなくてね。あ、聞いてないか。物理的にです。

くっさいんですよ!くっさいの!何とも言えないくささなんですわ。

気が付いたのがここ何ヶ月か前。フッとした拍子に「わっ!くさっ!」ってなる。後ろを振り返って確かめるんですけど、独り暮らしなんで当然誰もいない。「なんだよ…おい」と、ちょっと斜め上を観ながら、いかにも向上心溢れる出で立ちで、観たこともないのに鼻の穴に感覚を「全集中」させながら、1LDKをクンクン嗅ぎまわるわけです。洗濯場はお気に入りの柔軟剤の香りがほのかに漂っているし、台所は日々違う料理の名残やら漂白剤の匂い。トイレも玄関も違う。「くさっ!」って感じたあの匂いはどこにもいない。1LDKをくまなく嗅ぎまわる事約5分。どうも家のどこかではない事を確信しながら、ありえないことを本気で考える。

ひょっとして、江戸川乱歩の「人間椅子」みたいに、私のこと好いてる人がベッドの下にでも潜り込んでるんじゃないかと。わーかってんですよ!分かってる!んなわけないって。でも、世の中の絶対なんて生きて死ぬくらいじゃないの。と、恐る恐るしゃがんで覗いてもみましたけど、まあ当たり前のようにないわけです。あるものと言えば、いつか落としたビタミン剤が隅っこの方でちんまりしていたくらい。手が届かないからフローリング用のワイパーの棒で引き寄せて拾い上げ、そこでもひょっとして…と思わずそのビタミン剤をクンクンする。「んなわけないわなー」とだれも聞いていない部屋で半笑い。いい歳こいた女が。まったく。

ええ。分かってるんです。分かってやってる。
でもその匂いの原因が自分であってはならないという切実な願望が、私の鼻をあちこち嗅がせるわけです。ああ神様、こんな時だけ頼んで申し訳ないけどさ、

お願いだからこれがあの有名な「加齢臭」じゃないと言ってくれ。

無臭の神様に懇願しながらもんどりうって「ああ…やっぱこれ私の匂いなんだ…」と屈服するのにさほど時間はかかりませんでした。はい。枕は涙で濡れたよね。自分がおばさんを通り越しておばあちゃんに近づいてる事を、身をもって知ったというか。まあ、出てもおかしくない年齢だし、いつかはやって来るものだと覚悟はしていたんだよね。してたはず。やっぱしてないな。自分だけはそうならないって勝手に思ってた!けど駄目だった。うえーん。

仕方ない。自分だよ。認める。んでもって自分の身体のどこなんだ!

と、またあっちをクンクンこっちをクンクンしながら自分のどこが臭いのかを確かめるんですけど、どうも自分じゃよく分からない。でも何かした拍子にやってくる。「くさっ!」

この野郎忌々しい…大人しく出て来い!いや出てこなくていい!

近所に住む娘が遊びに来るたび「ねえ、オカン臭くない?」と聞き、「そんなことないよー」と返事がくるのは想定内で、「いや社交辞令いらんから!マジで嗅いで!ここ?足?なあーー」と私が両手を挙げながら、子供の頃見かけた本に載っていた「捕まえられた宇宙人」のように、身体を娘の鼻へと近づけるもんですから、さすがの娘も「ひっ…」いいながら引く有様。「ほんっとに大丈夫だってば!いい加減にしろ!」と払いのけられながら、ややキレ気味に返事が返ってくる。挙げた両手をゆっくりおろしながら、しょんぼりオカンなわけです。

だってさ、他の人に聞こうにもリモートじゃ分からないじゃん。将来的に匂いまで届く未来がやってくる可能性なんて待っていられないしさ。それにほら、このご時世で、余程じゃない限り生身で身内以外の人に会えないじゃないですか。私自身はこんなことになる前から、引きこもって仕事するようになってかれこれ3年ほど。人に会わなくても仕事が完了するインフラも整っちゃってる…

ん?いや待てよ。その前にさ、

私って「匂い嗅いでくれる?」って言える他人っていたっけ?

うわああああん!そこかよ!ここにきて新しい案件が出てきちゃったじゃないか!ただでさえ加齢臭の出どころでパニクってるのに追い込まんといてくれ!
と思わず頭をガシガシ掻きむしった後、思わぬところでそれはやってきた。

「わーーくさっ!指くさっ!へ?何?」

ここかーー!

思わずその指を鼻の穴に突っ込みそうになった。まさしくこれ!これだよ!探していた私の「くさっ!」は!
忌々しいはずなのに、まるで世紀の大発見でもしたかの如く、私の顔は喜びに満ち溢れていました。そう、私の匂いの原因は「頭皮」だったのです。一旦石鹸で手を洗って、もう一度頭皮をもみもみ。そしてその指を再び鼻に近づける。

「わーーくさっ!指くさっ!やっぱくさっ!吉本でこんなギャグあったよなあ。ふふっ!」

まるで生き別れの家族にでもあったかのような歓喜。知らんけど。ともかく原因が分かって安堵です。早速シャンプーを替えたり洗い方を丁寧にしてみたりして。
どうも夜寝てる間にかく汗が一番ヤバいみたいなので、枕カバーの交換頻度を上げ、朝シャワーを浴びたりと試行錯誤し、前ほどは気にならなくなった次第です。ていうかね、まだ確信ではないのです。なんせ他人に確認してもらう機会がないのですから。コンビニのお兄ちゃん?いや変質者扱いで捕まるよね。お金払いながら「ちょっと頭の匂い嗅いでもらっていですか?」って。

ああ、歳をとったらなおの事、身だしなみをおろそかにせず、小奇麗にしてなきゃなあって痛感した出来事でした。誰にも会わないからってまあいいやってならずにね。同じ悩みを持つ壮年部の方いらっしゃったら、いつか確かめていただきたい。嘘です。恥ずかしい。

今度はサプリメントでも物色してみるかな。

(匂い-Fin-)









読んでいただきありがとうございました。これをご縁に、あなたのところへも逢いに行きたいです。導かれるように。