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階の十一 「聖地ソイデメアへ」

もう無理です セニョーラ

この先を登らなくてはならないのですか
老骨に鞭打ちここまで来ましたが
この先にある廟に参りたかったですが
足が動きません セニョーラ

こんな遠くから見ても見上げるほど高い塔
とても辿り着ける気がいたしません
尖塔の先の十字架 あれは私の墓標でしょうか
爪が割れそうです セニョーラ

あの噴水の側で しばし腰を下ろすことは叶いませんか
考え直すのであれば今ではありませんか セニョーラ
ああ 脚が棒のようであればまだ良かった
我が脚はただひたすらに重みです
重みに重みを担うことができましょうや?

我が口は我が脚の悲鳴を満足に代弁することも覚束ない
なぜそんなに先に行ってしまうのです セニョーラ
この老いぼれの願いをどうか聞き届けてください
これまでの諦めと恐れと恥に相応しい慈悲をお恵みください
セニョーラ セニョーラ お願いです

その美しい青い壁画よりも 私の顔面は蒼白く
その厳しい偉人の彫刻よりも 私の躰は頑なです
息も絶え絶えです セニョーラ
なぜ樹々は あんなにも雄々しく茂っているのでしょう
ただ立っているだけで 目を焼くように若々しい緑をちらつかせて
枯れてしまえ 早く折れてしまえ

いや失礼 セニョーラ 
向かい風が強くて倒れそうなのです
この手の杖の先が 地面から離そうとしても離れないのです
さりとて杖を離すことも 我が手には難しい
退廃したこの腕にはなおのこと 
手を手放すことが何よりも恐ろしい! 

セニョーラ
あと少しが何よりも恐ろしいのです
あと少しが本当に少しだった試しなど少しもないのですよ
より多いにせよ より少ないにせよ
終わりがないのです きりがないのです

私どもに許されていることなど なにもないのですが
許されるのであれば 終わりを自ら決めることです
きりを自分でつけることです
はじめから はじめないことです セニョーラ

登りつめて なにが見えましょうや
登りつめて なにが得られましょうや
セニョーラ
よしんば見えたところで 覚えてはおけないのです
よしんば得たところで 捨てるしかないのです
あるいは 捨てられるしか

セニョーラ
そんなに早くいかずとも
聖地は逃げません 聖廟は逃げません
そんなに早くいっては
私の声が逃げてしまいますぞ 私のことばが
逃げてしまうのですから どうか どうか

セニョーラ
ああ
いや
そうですか
なにが見えましたかな 
なにが得られましたかな

ああ
いえ
おっしゃらなくて結構
もう我が耳は 私の息切れしか聞いておりません
我が脳髄は 私の危機的な心臓の拍動のみを数え上げています
いや 追いついてはいませんが

ですので 祈りだけは
ひとつ 捧げましょう
そのために来たのですからな
セニョーラ
聞き届けられない祈りを捧げた数であれば
アナタの及ぶところではありませんから

どうかお待ち下さい セニョーラ
見ていなくて構いません
手を引かずとも構いません
どうか 思い出させないでください
どうか 振り返らせないでください
どうか 忘れさせてください

この先を帰らなくてはならないのですか
もう無理です セニョーラ


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