見出し画像

階の六 「ロレ・エアラヴィルの書店」

背表紙を眺めるだけで
読んだことになる本はないが
一通り読んでみたとて
背表紙の文字すら記憶にとどまらない本もある

そんな本への復讐か
そんな読者への嫌味か
そんな作者への敬意か
はたまた印刷業者への崇拝かは不明だが
その本屋では棚に納められた書籍の背表紙を
遠くから眺めることしかできない

通路と本棚は硝子板で仕切られ
書籍を手に取ることは許されておらず
店員に持ってきてもらうこともできない
ここは本の美術館や博物館のようなものだ

見上げるほど背の高い棚の本の背表紙を拝むため
向こうが霞んで見えるほど遠い棚の本の背表紙を追うため
階段を上り下り 双眼鏡を駆使する客たち
そうまでして何を探しているのやら

たといその本に世のすべてが記されていたとて
たといその本に己の未来が記されていたとて
その中身を読み解くことはできないのに
その背表紙しか見つめることは叶わないのに

だがそれが それこそが
背を向けられているということが
自分に対してその内を開かれないということが
これらの本の質なのかもしれない

無数に並べられ 秘されたままの知
装われた蓄積の蓄積 未開示の文明
眺めることで 労せずして誇りを得
それらを開き解くことのないままに
安息を得る昇天を 黙して肯定するのである


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?