バイト《月ミるな短編》

9月も半ば、少し肌寒くなってきた。
小高い丘の上に建つ白い校舎こそ、「私立草薙女学園」である。
街きってのお嬢様学校で有名なわが校は、白いブラウスに金ボタンという“いかにも”上品な装いにもかかわらず、校内に入ってしまえば生徒たちは暴れ馬の如く好き勝手に振る舞っていた。
さけび声にも似た歓声がどこからともなく聞こえてくるなか、教室のドアがガラリと開いた。
「あ、せんせぇおはよぉ。」
「おはよう。ST始めるぞ。」
そこにひとりの生徒がズザッと教室に滑り込んできた。
「…セーフ?」
「おまえなあ」
「ははは、危な〜」
皆と談笑しつつハンカチで汗を拭いながら沖津成海は席に着いた。
沖津成海はまさに《飄々》という言葉を人にしたような子で、
チャーミングなクラスの人気者でありながら、特別ずっと誰かと居るわけでもない。帰りはいつの間にか消えてるし。

「なあ堀田、沖津見なかったか。」
帰りがけに先生が声をかけてきた。
「あの子帰るのいつも早いからなぁ。何かあるんですか?」
「出さなきゃいけない書類が今日までなんだよ。
先生も言うの忘れちゃってて…沖津のメールとか分かるなら連絡してあげてくれ。」
「きょうびメールって…わかりました。」
先生とのジェネレーションギャップに若干困惑してからラインをするとすぐに返信がきた。
《沖津成海:あ、そうだった!》
普段はこれで、少し世間話をしておわり。
しかしさらに続けてメッセージが来た。
《ねえねえ今日一緒に帰れたりする?寄りたいとこあるんだよね》
珍しいこともあるものだ。
書類を渡して私たちは学校を出た。
「どこ行くの?タワレコ?」
「まだ秘密!」
成海は少し高い地声よりさらに高い声でふふと笑った。
成海が言うのだから、よっぽど楽しいところに違いない。着いていくと、怪しい雑居ビルにたどり着いた。
「えっ、ほんとにここ?」「うん」
導かれるままにビルの中に入っていく。
階段で2階にあがると、「一生懸命営業中」という手書き風の看板が掛けられたドアがあった。
「ここは…」
「事務所だよ。お父様から家業の手伝いとしてここを借りてるの。」
成海は大きな革のソファに座りながら言った。
よく考えればうちはお嬢様学校だった。そりゃそれなりの家業があるはずだ。手伝わせるのも頷ける。
…だとしても。
事務所の中はWi-Fiを除いて、一面アルミで覆われていた。
「家業って何を…」

「あの端的に言うと、宇宙人屋さんっていうか、」飄々と言う。
「え、ウ…何?」「悪さしてる生き物を保護して、躾しなおして里親を探すの。これが割と良い商売で。」
いつものように少し高い声でふふと笑っていたが、目線だけは奇妙にキロリと寄越していた。
長い下まつ毛が瞳を一層際立たせている。
私もなぜだか目が離せない。
瞳が見えない糸で括り付けられたみたい。
訳が分からず怖いのか、非日常感に高揚しているのか。
薄寒いはずなのに汗がジワジワと噴き出る。
ばくばくと大きくなる動悸をどうやっても断ち切れそうにない、か細い声でやっと尋ねた。
「なんで、連れてきたの。」
すると今度は私の胸に頭を預け、私にしか聞こえないくらいの声で独り言のように呟いた。
「1人でやるの、意外と寂しくて…一緒にやってくれる人がいたら良いなって思ったの。恵理香口かたそうだし『いちばん仲良い』と思ってるから。騙すみたいになってごめんね。でも、ね!ペットショップみたいなものだと思ったらいいからさ。バイト代も時給一万円。どう?お願い〜!」
時給一万、高ければ高いほど怪しい。
宇宙人って、信じられないし。
でも、
…いちばん仲良いって思われてるの、結構まんざらでもないな。
「…おもしろいなら、友達のよしみでまあやってみてもいいかな。」
「ほんとに!?」成海の目がアニメみたいきらきら輝く。
少し興奮気味な様子だ。
「じゃあ早速お手伝いしてもらおうかな。じゃあはい、まずはこの子。」
成海は毛布が入ったケージを持ってきた。
毛布の中で白いフワフワがもぞもぞしている。
「わーこんなのもいるんだ!可愛いねえ、なにちゃんって言うの?」
「ねこです」

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