ドラマにかじりついて

先日の記事

うつの海に沈んでみるhttps://note.com/yochan_bonita/n/ne6234b1b4af0

を読んでくださった大大大好きなMasayoさんがラブレターをくれた

わたしも完全にアハ!だった。

本当そう。急に目が覚めたような衝撃があった。

ないものはないし、なくていい。あるかないかに価値なんてない。

そんな当たり前のこと、今までなんで気づかなかったのだろう?目からウロコが落ちる思いだった。


そう思ったら目の前にパッとイメージが浮かんできた


薄暗い部屋の中にテレビがあって、ボロボロになった私が、超至近距離で「私には価値がない。価値がないものは存在してはいけない」というドラマを延々と見続けている。

そんな私を少し上から隠しカメラのように眺めている。そんな映像だった。


このテレビにかじりついている私は、映し出されているドラマがこの世の真実だと思い1ミリも疑っていない。

それは事実じゃないよ。ドラマだよ。と声をかけても

そんな言葉はまるで届かない。耽溺してしまって離れられない。

今までもそんな自分を俯瞰するタイミングは所々であった

でも、そのたびにそんな自分をどうにかしなくてはと焦り、必死になってあなたには価値がある!あなたには力がある!

と、叱咤激励を送っていた。


だけど、それは何のためだったかな??と思う。


力を失い弱ってるその子に

私が望むようなキラキラした成功者になってほしいという思いがあったと思う


その時、私が自分にかけていた「あなたはそのままで素晴らしい」という言葉には

そう思えばキラキラした人になれる。という期待がぱんぱんに詰まっていた

キラキラした人への超絶な憧れや嫉妬が満載で、はち切れそうだった

それって結局は「キラキラしていないと価値がない」という思いの、正に裏返しも裏返し

そのままでいいとはまるで真逆。誰よりも自分自身が自分を呪っていた。


そして今、ドラマにかじりついている私に

上から見ている私はどんな言葉を送ったらいいだろう

かける言葉が見つからない。あまりにも悲しく、そのドラマにしか信じるものが見出せないでいる私に。


もう、こんなに弱くて残念でみっともなくて恥ずかしい自分を受け入れるしかないのだ

ただ、黙ってそこにいることを受け入れて

そして、祈りを送るしかできない。

そのままで大丈夫なんだよと。

叱咤激励は得意でも、受容するなんて感覚まるでわからなくて不器用すぎて。

キラキラした人にならなくていいということを受け入れるのは辛い。身がちぎれる思いだ。

(だってそれが生きる価値だと信じて疑わないんだもん!!頑固だよね〜超頑固(笑))

そんな頑固な自分も一生懸命に生きてきた自分でしかないのだ



記事を読んでいただきありがとうございます^_^ もし、いいな。役に立ったな。と思っていただけたら、サポートしていただけると嬉しいです。制作活動の励みになります!