一瞬の永遠を求めて | YOASOBI ARENA TOUR 2023 “電光石火” 神奈川 追加公演Day1公式レポート
辛く悲しい時間は長く感じ、楽しい時間はあっという間に過ぎ去る。「今この瞬間がずっと続けばいいのに」と耳を、目を、意識を、今、この瞬間に集中させる。するとなぜか、音と、景色と、観客と一体化し始めて、永遠にも感じる時間が生まれる。そうして手に入れた永遠が、辛く悲しい時間から自分を守る術となる。
その一瞬の永遠を、私は手に入れに来た。
YOASOBI初の単独アリーナツアー"電光石火"が2023年4月より開催されている。愛知・大阪・北海道・宮城・福岡・埼玉の全12公演を巡る予定だったが、全公演がソールドアウト。初日公演で追加公演が発表されるという、記憶にも記録にも残る枚挙にいとまがない。
そして、6月23日金曜日、19時。"電光石火"の追加公演が、神奈川県横浜市ぴあアリーナMMで開幕する。
ライブ前レポ
多くの雲が流れ、隙間から群青が覗く中、私はぴあアリーナMMに到着した。物販開始は14時。にも関わらず、既に物販待ちの列ができており、ライブの存在を知らない通行人がその列の長さに二度振り返る。つい私もその列の熱気に吸い込まれそうになるのを堪えながら、ぴあアリーナMMの2階へ向かった。
YOASOBIはライブ前に目移りするほどの企画を用意してくれた。大YOASOBI看板の撮影やYOASOBI号・ラッピングカーの展示、ガチャガチャで手に入れる新商品のアクリルキーホルダーなど、企画が目白押しだ。歩くテーマパークと化しているアリーナ周辺の中でも、特に私が印象に残った2つのスポットをお伝えする。
①コラボフードドリンクレポ
ぴあアリーナMMの2階にて営業中のカフェダイニングThe Blue Bellでは、YOASOBI ARENA TOUR 2023”電光石火”追加公演を記念し、コラボメニューが販売されていた。
ドリンクは"電光石火"の"電"と"光"がメインとなっており、夏の若葉のように鮮やかなメロンソーダが用意されている。その中に入っているくしぎりのレモンは自発光しているかのように眩しい黄色でより目を引く。フードは"電光石火"の"石"と"火"がメインとなっており、溶岩のように真っ黒なパンのホットドッグにトマトソースがたっぷりかかっている。マグマのように真っ赤なトマトスープとポテトフライという抗えない魅力付きである。
私は席に着くなり早速注文したが、Twitterで"電光石火"のエゴサをする間もなくコラボメニューが運ばれてきた。ホットドッグは手に持った瞬間温かさが伝わり、パンはふわほわの食感に優しい甘さ。ソーセージはジューシーさが口の中を満たし、ハーブがパンの甘さと合わさって交互に舌を刺激する。トマトソースがかかったところをかぶりつくと、ピリ辛さが食欲を刺激され、一口、いや更にもう一口と、大きな口を開けて無我夢中で頬張ってしまった。また付け合わせのスープとポテトの塩味はアクセントにちょうどいい。更にアツアツなため、6月にもかかわらず底冷えで震える体を内側から温めてくれた。
片やメロンソーダは爽やかに甘い。爽やかさはレモン、甘さは煮詰めたメロンの味だろうか。炭酸も喉に痛くなく飲みやすい。私の中で"もう少しだけ"の曲を思い出す味わいとなっており、小さく口ずさみながら、最後の旋律に至ると同時に美味しく飲み干した。
そして何より、このコラボメニューのすごさは"電光石火"をかっこよく、かつ可愛く擬人化したコースターのお土産まで付いてくるところだ。こうして体と心を満たし、ほくほくの面持ちでコースターを持ちながら、ようやく私は物販の列に並んだ。
ちなみに、私が店を出るころには物販の列に並んでいた第一陣と思われる方が店の前で行列を作っており、一歩出遅れていたらと肝が冷えた。流石YOASOBIファンである。余すところなく楽しもうとする気概が大好きだ。
②グッズレポ
腹ごしらえも済んだところで、グッズ列に並ぶ。私が来た時よりも倍近く伸びており、一瞬最後尾がわからなくなるも、スタッフさんの誘導に従えばすんなり列に並ぶことができた。
列自体がするすると動くので、体感的にはそんなに待ったつもりはないが、どうやら30分は並んでいたらしい。時計が壊れたのかと軽く振ってしまった。
今回のグッズの中でも私の推しはスマホストラップだ。オレンジ色のロープにポイントで黒色が散りばめられたデザインは、ライブ中も存在感を発揮する。しかし普段使いのコーデにもアクセントとなり、いつでも思い出と共に歩くことができる。ライブでの写真撮影がOKなYOASOBIらしいグッズということも相まって、お気に入りである。
グッズ購入を待つ間、周りを見回してみた。列にはお友達同士、御家族、もちろんソロ参戦の方々が並び、YOASOBIによって様々な縁が深く固く繋がれてきたことが伺えた。曲を聴いているのかイヤホンをされている方、大きなカメラを抱えあちこち点検している方、次のライブはどこに行こうかと次々バンド名をあげ意見交換されている方、ライブ衣装をモチーフにした手作りと思われる服を着ている方もおり、想像することしかできない途方もない労力と細部まで突き詰められた情熱に目を丸くしてしまった。ちなみに、私はグッズのラインナップを何回も上から下まで眺めていた。やっていることは皆ばらばらなのに、物販に並んでいるだけで不思議と一体感が感じられる。この一体感を私は熱量として感じたのだろう。
そうそう、列では本を読んでいらっしゃる方もいた。これぞ「小説を音楽にするユニット」YOASOBIならではだろう。物販ではYOASOBIが作った曲の原作小説を購入できる。
物販の出口ではどの方もグッズを恭しく掲げたり、大事そうに抱えながら速足で通り過ぎる。早くTシャツを着たいのだろうか。友達に買ったものを見せたいのだろうか。誰も彼も両手いっぱいに買い込み、満面の笑みで足早に進む様は、誕生日プレゼントを手に入れた子供のようだ。特に既にグッズを身につけてる方が迷いなくグッズ列に参戦していくのをみて、YOASOBIグッズの魅力とファンの愛を感じられた。
ライブ前の時間もしっかりと遊ぶことができる。「本気で遊ぶ」を体験させてくれるYOASOBI。是非次の機会もYOASOBIのグッズを身につけながら体験したい。脳内ではずっと"アドベンチャー"が鳴り響いていた。
インタビュー
ぴあアリーナMMのまわりを遊びつくし、あっという間にレポ打ち合わせの時間となった。早速楽屋に案内され、軽くレポート作成の打ち合わせを済ませる。そしてなんと、そのままAyaseさんikuraさんへのインタビューの運びとなった。
お忙しい中、インタビューを引き受けてくださったAyaseさん、ikuraさん、ありがとうございました。Ayaseさんは食事中、ikuraさんは化粧中という忙しい中でも、目を見て真摯に、そして時に笑いながら楽しく質問に向き合ってくださったお陰で、とても素敵なインタビューができました。ではどうぞ、ご覧ください。
①今日は開演前の時間をどのように過ごされましたか?
Ayase:基本は毎朝入浴して体の疲れを取りますね。ライブ前だとご飯を食べてます。各地回る時はご当地の物を並べていただいてるので、それを皆で食べてます。
今日でいうと19時開演なので、トレーニングのために16時にご飯を食べて、18時にもご飯を食べます。ライブが始まる30分前にアップのトレーニングをして、心拍数をあげて本番に臨みます。
ikura:セットリストの歌詞の確認や、MCでどんなことを喋ろうかなとか、どういう気持ちでステージに立とうかなとか、気持ちの整理をする時間にしています。
②電光石火をとても可愛くデフォルメされているのが印象的ですが、ご自身は"雷"・"光"・"石"・"火"の中だとどのタイプだと思いますか?
Ayase:火ではない……電気でもない……俺は自分のことを光だと思ってる!
(目をつぶってるキャラクター"光"を指さして)この子には裏設定があって、自分の光が眩しくて目を瞑ってるんですよね。俺はライブの時はテンション高めでパーティパーティしてはいるんだけど、基本は根暗でぼーっとしてるので、光の子かなと思います。
ikura:たぶん、光!……がいいなって思います。ステージに立つ時は、YOASOBIの時もソロの時も、歌声で皆の日常の中の光になれたらいいなと思ってます。自分が音楽に光をもらっている分、自分が歌う時もお客さんに対して辛い時も照らしてくれる光になりたいなと思って歌ってます。
それか、電気!YOASOBIのikuraの時は、爆発力をライブで大事にしてます。いい意味で皆を驚かせてやろう!って気持ちを持っているんです。
③初アリーナツアーということで、成長や変化を感じた部分を教えてください
Ayase:意識が1番変わりましたね。YOASOBIってすごい色んなことを成し遂げていて、その偉業についていってはいるんだけだ、どこか他人の人生のように俯瞰的に自分のポジションを見る瞬間が多い。感情移入しきらない時もあったけど、ツアーをやると色んなスタッフさんが関わってくれていることがわかったんですよね。それに、各セクションのリーダーたちとYOASOBIについて熱く語ることもありました。僕はYOASOBIの1番のリーダーとして皆を引っ張っていかなければいけない。わかってはいたけれども、このアリーナツアーでその責任感を可視化できた。YOASOBIを自分の人生として受け入れられることができるようになりました。
だから昔は、自分がどれだけしんどいか、めちゃくちゃ大変な状況の中やっているか、みんなにわかってほしいって思う気持ちが強かったです、でも今はめちゃくちゃ大変なことをみんなの前でサラッとやる。でも裏で、自分の頑張りを認めてくれるメンバーとライブを進める方が、かっこいいなと思うようになりました。
ikura:全部ですね。ボーカル面も変わりましたし、メンタルも。アリーナのワンマンは初めてなので最初はどうなるか分からなかった。恐怖心みたいなのが最初は多かったです。でも、ライブ中に考えなきゃいけない事は沢山あるけど、自分の気持ちをコントロールしながら、ライブのその瞬間を大事に楽しむみたいなことが、回数を重ねていくことに出来るようになったっていうのが大きいですね。自信がついてきてからは「ライブ楽しい!どう?楽しいでしょ?一緒になろうね!」っていう、誘っていくような歌になってきたなって実感しています。
④電光石火のように楽しくもあっという間なツアーだったかと思います。その中でも永遠のように感じた一瞬(景色、音、触感、感情など)があれば教えてください
Ayase:ステージに立つ直前の景色。幕が閉まってて、SEが流れて、スタッフさんから「YOASOBIさんどうぞ」って言われたら階段を昇ってお客さんからの歓声と拍手が聞こえる。その登壇する前のリラックスしてストレッチしたり、と話したりしてるあの瞬間が印象的だな。
アリーナツアーは場所によって全然景色が違うけど、幕が開く直前は一緒。あの空気感は独特。あの瞬間は長く感じるし、このツアーはずっと長くやり続けるんだと錯覚する。このアリーナツアーもあと2日間しかないのに、また次もこの衣装を着て、皆で立って、このSEで出る!そう思っちゃうけど、もう無い。あの永遠を望んでいる感じと刹那、始まったら終わる哀愁があって、色んな感情が複雑に混ざりあう。勿論、ステージ上で見る景色はどれも素晴らしいけどね。感情に紐づいた場所でいうと幕が開く直前かな。
ikura:1回1回エリアごと、2daysの中でもライブって全然違うんですよ。それがすごいなって思ってます。その日のいちばん感動する曲が変わる。その時、その日のお客さんとか、会場の鳴りが関係して変わると思う。その日お客さんが抱えてきてるものを自分が歌で交信しながら感じて、それを歌で返す。"ラブレター"が感動的だった時もあれば、"群青"とか、"もう少しだけ"とか、ほんとうに日や曲によって感じ方が違う。
でも、いちばんよく思いだすのは"アンコール"や"優しい彗星"の光ですね。会場によってキャパや、お客さんがステージに向けて作り出してくれるスマホやペンライトの光も違うので、毎回違った銀河を見せてもらってます。思い出す時はスローモーションに感じる、夢のような瞬間をまさに言葉にしたような瞬間だなって思います。
ライブ直前
18時30分。開演まで残り30分。そんな中、打ち合わせが行われる。
ありがたいことに私も打ち合わせに同席させていただくことになった。すでに始まっている打ち合わせの中、邪魔にならないよう隅っこの椅子を音もたてずに引く。もう30分もしないうちにライブは始まるのだ。一本の糸を張り詰めたようにギリギリの空気の中、打ち合わせが行われている。少なくとも私はそう想像していた。しかし独特の空気感に私は目を白黒させた。
スタッフさん、YOASOBIのメンバー各々が各々のリズム感を熟知しているのだろう。信頼関係で結ばれた、締めるところは瞬時に空気の紐を締め、笑う時は歯を見せて声を出して笑う。そんな緊張と緩和が瞬時に切り替わる独特の空気の中、打ち合わせは進められていた。
ざっと全体の流れをスタッフさんが声を出し確認していく。「今回"は"ドローンを飛ばすよ」「今回の声かけはアリーナとスタンドでいいですよね?」など、以前の会場で気になった箇所と照らし合わせながら、本会場でのポイントを明確化していく。直接質問に関係ないメンバーも真剣な眼差しで話が進む。そう思った矢先に、誰かがにやりと笑った。「ikuraちゃんがドローンを呼びすぎるとマイクにウィーンって音入っちゃうよ」なんて冗談に様々な高さの笑い声が重なった。
「冷静と情熱の間でやっていこう」そう声をかけるスタッフさんに、Ayaseも被せる。「デカい声を出させましょう」
YOASOBIのライブまで、あと20分。
そして、ライブへ
会場2階にて開幕を待つ。ふと周りを見回してみると、1階席から4階席まで賑やかに温まっている空気の中で、喜びや隠しきれない興奮が泡となり、他人にぶつかって弾ける。隣同士で止まらないお喋りに興じる人。久しぶりに会えたと手を取り挨拶をする人。ペンライトをすでに軽く振っている人。そんな人たちを見ていたら、なぜか心臓の音がうるさく聞こえ始めた。心臓の音に合わせてお腹もキリキリ悲鳴を上げて痛む。
始まってほしい。早く音を浴びたい。YOASOBIに会いたい。あの曲たちを聞きたい。でも終わってほしくはない……すべての感情が大きすぎて、自分の体では支え切れなくなっていた。
「まもなく開演となります」
そのアナウンスに割れんばかりの拍手が起こる。音圧に圧倒され、私も反射的に拍手をした。まだ会場から離れている心を罪悪感がチクリと刺す。
生音を聞きたい。私はこの生音を聞くために今日、この場所にいるんだ。そう覚悟を決めてこの場所にいるけど、でもこの楽しい瞬間が終わったら、次は何を楽しみに生きればいいのだろう?
終わりに絶望するぐらいなら、会場を飛び出したい。
そんな私を置いて、SEが始まる。会場を埋め尽くす歓声、跳ねる観客に合わさる手拍子。私もワンテンポ遅れてSEに気づき、手を叩いた。開演を待ち望む気持ちが前へ前へと時間の背を押し、観客の手拍子はSEと比べて少し早い。私は手拍子をしながらそっと周りを盗み見る。皆笑ってた。前のめりになっている人もいた。周りなんか一切見ず、ただステージを見て手を叩いていた。SEが私を手の鳴る方へ連れていく。漸く心がこの会場へ追いついた。ただステージの動きを待ち望む。会場の手拍子が、心臓が、同じリズムで跳ねる。
早く、早く、早く!来い!
闇。無。ペンライトの光が強張り、止まる。
瞬間、レーザーが会場中を踊る。近未来的な光が会場を囲み、攻撃的なレーザーの光が観客全員に銃口を突き付ける。「遊ぶ準備はできたか」と問う。レーザーの光が無機質な硬さから生き物のような柔らかさへと変化する。柔らかく、そして素早く観客を撫でる。撫でられる度、心臓の鼓動が早くなる。音楽に全員の鼓動が乗る。鼓動そのものが生きているように感じる。鼓動が早くなる。大きくなる。高鳴る。
光が脳に焼き付いた。銃口を突き付けられた心臓は爆発しそうなほど膨らんで、一言で爆ぜた。
ikura「YOASOBI、始めます!」
スモークの中からぼやけた人影が浮かび上がる。すでに何度目かわからない、歓声。1曲目、怪物。
①怪物
YOASOBIの音だけがはっきり聞こえる中。怪物の始め1音で、観客のボルテージは一瞬で頂点に切り替わった。私は泣いていた。切り替えができなかった。
信じてもらえないだろうが、私はこういう場面で泣かない。泣くことは一切、全く、微塵も予想していなかった。
赤いレーザーと赤いペンライトが混ざりあい、最初からYOASOBIと観客が一体となる。その景色を見たいのに、見開いた目から零れた雫が顔に線を作り、マスクに吸収される。
自分が今まで精一杯だったことを初めて知った。コロナ禍の2年。もっと声を出したかったし、もっと笑い合いたかったし、会いたい人に会いたかった。好きな人に好きだと叫びたかった。その機会を奪われた、2年。ひょうひょうと生きてきたつもりだったけど、ずっと精一杯だったことに、初めて気が付いた。
ずっと追い求めていた景色が目の前にあって、流されるまま無邪気に声を出そうとしてためらった。もう声を出していいのだろうか。もう声出しは解禁されている。いるけれど、YOASOBIが好きだと叫んでいいのだろうか。そんな逡巡はikuraの声で切り裂かれた。
「ただその真っ黒な目から 涙零れ落ちないように」
「君には笑ってほしいから」
ikuraの歌声は2階席でもまっすぐ届いた。YOASOBIに強く背中を叩かれる。5人分のパンチを受けて、胸が晴れると同時に涙が止まらなくなる。これはYOASOBIからの返事だと思っていいのだろうか。私は会場と観客の赤色に急かされるように叫んだ。誰よりも大きく痛い手拍子をした。涙は流れるけど、流れるたびにためらいは消え失せた。
ギター:AssHのソロが鋭く迷う心を切り裂いてくれる。ギターソロに切り開かれた肌から鳥肌が立つ。
最初からクライマックスかのように赤色が入り乱れる。観客も負けじとペンライトを振り回す。赤色は攻撃的な色のはずなのに、メンバーと観客が一体となって作り出す赤色は戦いの色で、何かを乗り越えた証のようで、いつの間にか涙は止まった。
②夜に駆ける
怪物が終わっても止まらずに駆けるYOASOBI。観客も止まらぬ歓声を上げながらikuraの声を合図に飛び跳ねる。視界が揺れ、会場自身が揺れるような錯覚を起こす。
ごりごりに歪ませたベース:やまもとひかるの音が強くアタックを打つ。明るい水色のレーザーが水が貯まるように会場を満たしていく。先ほどの攻撃的な赤一色だった会場が嘘のようだ。ペンライトの光も合わさって、青やピンク、緑と様々な観客の優しさが混ざり始める。
ikuraの「跳んで!」の合図がなくても跳ぶ会場。YOASOBIのデビュー曲からYOASOBIは駆け続けている。これからもその姿をずっと見られますようにと、心に刻む。
いつの間にかスモークが晴れていた。強い光に照らされ、YOASOBIの影が会場に焼き付く。夜が明けて、YOASOBIの姿がしっかりと見えた。
③三原色
Ayase「最後まで遊ぶ準備できているか!」
Ayaseの煽りには、ばね仕掛けのように迷うことなく拳を突き上げる。観客全員で拳を突き上げるのだから、何も怖いものはない。この時にはもう、最初に泣いていたことなんか忘れてただただ夢中で遊んでいた。
Ayase「タオルをまわせ!なければ拳をまわせ!最高の一日を作ろうぜ!」
ステージを赤、緑、青のライトが彩る。レーザーは出ない。その代わり、観客がタオルを振りまわしてその光を混ぜ合わせる。
曲の特徴的なリズムに合わせてAyaseとキーボード:ミソハギザクロが腰を横に振り、跳び、跳ね、踊る。その楽し気な雰囲気につられてか、ikuraも膝を使って上下に飛び跳ねながらステージを移動する。
「オッオー!」観客はikuraと競い合うように語り合う。YOASOBIが合図を出さずとも会場中から声が出る。まるで会場中が1人の人間になったように、声を出すタイミングも言葉もぴったりだ。でもその声には低い声も高い声も、大人の声も子供の声も混ざっている。光も音も混ざりあい、幸せが溶けた会場。心を満たすライブはまだ始まったばかりだ。
-MC-
暗転しても歓声がやまない。それどころかますます声は大きくなる。先ほどは会場中が1人の人間になったのかと思うほどぴったり声があっていたのに、今や観客1人1人が思い思いに叫び、メンバーの名前を呼ぶ。その思いが伝わったのだろう。Ayaseは「ツアーの中で一番声が出ている」と顔を綻ばせた。
Ayase「その体に爪痕残して、明日学校や会社に支障きたすぐらい出し切るのがライブだと思いますが、どうですか!」
吠えるAyaseの問いを拒否する者はいない。そんな生半可な遊びはライブじゃない。その気持ちを乗せるように、全員が天井に向けて叫んだ。「YEAH!」
その勢いに惹かれるよう、ikuraは観客に近づきインタビューを始めた。横浜から来ているという3人組を指名し、地元民だからこそのお勧めの場所を訪ねる。3人は声を合わせて「シーパラ!」(注:横浜・八景島シ―パラダイス)と答えた。観客全員の頷きがリンクする。私は一人、緊張と緩和を生み出したライブ直前の打ち合わせを思い出し、Ayaseとikuraの緩急にひっそりと笑った。
続いてikuraはツアー最終会場だからこそと、今回のライブで2度目ましての人を訪ねる。何人もの観客から元気に声が上がり、驚くikura。「では」と、ikuraは肩を竦めながら小さく手を上げた。
ikura「全通(全アリーナツアー公演に参加)した人?」
先ほどより上がる手は減ったけど、声量は変わらず、いや先ほどよりも増して大声で挙手をする人たち。ikuraもYOASOBIも観客も驚きに包まれて、自然と尊敬と感動の拍手が沸き上がった。ikuraは目を見開きながらも声も体も軽く弾ませ、感情を滲ませていた。
そんな和やかな雰囲気が続き、そして再び緊張へ。ikuraが腹から声を出す。
ikura「アチアチのぐちゃぐちゃになるのが最高のライブだと思います。準備はいいですか!」
観客は勿論、YES!!!
ikura「大きい声で叫んでね。全力で行きましょう!」
そして再び、曲が始まる。今から始まる4曲は、日本を代表する直木賞作家の小説をもとにした4曲だ。
④セブンティーン
不協和音は耳に慣れないのに、アップテンポなリズムにつま先が動く。そんなアンバランスさを加速させるようにライトが赤色の弾を乱射する。ザクロがステージの前に出てノリノリでポージングを取り、ハードに頭を振る。そんな激しくも怪しい雰囲気が漂うこの曲、セブンティーン。
音の一粒一粒から小説の一文一文が頭の中で再生される。この感覚に私は目を見開き固まった。すでに音で心が震えているのに、小説に頭が震わされる。固まる私とは裏腹にライブはずっと続いている。しかし頭の中のスクリーンは止まらない。勝手にページを捲り、小説を朗読し続ける。そのページから目を離すことも助けを呼ぶこともできない。
私はこの小説がハッピーエンドなのかバットエンドなのかわからなかった。この小説を思い出すたびに、胸を掻き毟る。だけどそのエンドが目の前のYOASOBIによって、観客によって作り変えられていく。
転調により曲調が明るくなっていく。今までレーザーが、ライトが会場を赤色に染めていたのに、曲調が変わり観客が楽しそうなだけで、その赤色の意味が変わる。YOASOBIによって、観客によって変えられていくエンド。
後奏に入るときには、金縛りが解けていた。私は天井を突き破らんばかりに片手を挙げて曲に参加した。
⑤ミスター
世界が変わった。赤色から水色に一瞬で変わるステージ。
演出の意図を組むようにペンライトも瞬時に青色に変わった。しかし意図してか、意図せずか、皆が一斉にペンライトを横に振った時に私は息を飲んだ。前後に振るのではなく、皆一斉に横に振ったのだ。その光景は圧巻だった。またもや会場全体が1人の人間になった気がした。
YOASOBIの立つステージが緑色に染まる。そして観客は青色のペンライトを横に振っている。そうするとまるで観客席が海で、YOASOBIの立つステージが島のように見えてくる。YOASOBIを、物語の2人を乗せた島を遠くまで運ぶように、誰にも島の物語を邪魔させないように、青色の波は曲が終わるまでずっと寄せては返してを繰り返した。
⑥海のまにまに
ステージのライトが一段暗くなり、海は海でも会場全体が海に入ったようだ。観客を海の中に閉じ込めたまま、ikuraの声は会場を更に深い闇へと誘う。
夜の帳が落ち目を瞑るようにゆったりと振られるペンライト。音も光もなくなる深海へ、安らぎを求めて沈んでいく。だからだろうか。YOASOBIが音を紡げば紡ぐほど、空気が凪いでいく。
ステージ上の動きも少ない。ikuraも座りながら物語を紡ぐことに参加している。海の深く深くに入り込んで、ついに底が見えたかと思うぐらい心が穏やかになった時、ステージに変化が訪れた。
夜が明ける様に、海の中に差し込む光のように、青色の中にオレンジ色の光が混ざり始める。酸素を求めるように急激に速度を上げて、ikuraの声が浮上する。声に引っ張られ、漸く私たちは海の壁を突き破って空に顔を突き出した。
最後の1音が消えるとき、私たちは眠りから覚めたような顔をしていた。嬉しそうにはしゃぐ女の子の声が聞こえた気がした。
⑦好きだ
ステージ横にあるモニターが観客を映す。驚く観客を前に、ikuraが手を挙げる。
ikura「好きな人がいる人ー!」
元気よく天井に向けて一直線に手を挙げる人、気恥ずかしそうに肩の位置までおずおずと手を挙げる人。様々な反応にikuraは微笑みながら「好きって気持ちを持っていっしょに歌って」と誘った。
応えるようにペンライトの色が落ち着く。ピンクが多くなるかと思ったがそうでもなかった。ピンク、赤色、紫、緑、青、黄色。皆、色んな感情を輝かせている。皆はどの感情を思ってつけたのだろう。モニターには様々な表情が浮かんでいた。そして、どの顔も愛しくてしょうがない気持ちが湧き上がっていた。
跳ねるikuraの歌の後について手拍子をする。ドローンが飛び回り、モニターには次々と観客が映る。モニターに気づいて手を振る人。気づかずずっとYOASOBIを見つめる人。YOASOBIに向けて自作うちわを振る人。隣の子供を優しく見つめる親御さん。
そんな会場の気持ちを代弁するように、ひかるは跳ねる。ikuraはAssHと向き合い歌とギターで語り合った。
-MC-
MCの度に観客からYOASOBIへの「好きだ」コールが止まらない。Ayaseもわかっているからこそ「Ayaseのこと呼びましたか?」とマイクを持って登場する。しかし今回はYOASOBIメンバー紹介タイムである。YOASOBIを演奏で支えるメンバーが紹介されるたび、観客からは暖かい拍手と声援が飛んだ。
毎回「わー!」という掛け声で紹介を始めるというベース:やまもとひかる。黄色い衣装を着るのもあと2回という話から始まり、半ズボンが恥ずかしくて抵抗したという暴露も混ざる。観客から「かわいいー!」という声援も跳ぶ中、ひかるは照れたようにこの格好にも愛着が湧いてきたと打ち明けた。最後まで楽しみましょう!と明るい声音は会場を沸かした。
キーボード:ミソハギザクロはこの横浜で最後とツアーを振り返る。いろんなとこに行って、初めましての人、2度目ましての人、全ツーの人、皆と一緒にここまで来たなと感慨深く話す。最初の3曲で泣きそうになったとikuraと頷き合いながらも、最後まで楽しく踊って最高の思い出を作りましょう!と湿った空気を振り切るよう弾ませた声を響かせた。
ドラム:仄雲はひかるとザクロが全部言ったといいながらも、わーっとツアーをやりながらも無事ここに帰ってこれて、皆が一丸となって成功させたツアーだと振り返る。この後も楽しんでいってくださいと、穏やかな雰囲気で会場を包んだ。
ギター:AssHは一時YOASOBIから抜けた時期があり、今年の4月頭、USJでのライブから復帰したことを振り返る。YOASOBIの曲がパワーアップしていることへの熱い驚きや、全公演で感じる観客からの愛情に感謝しながらも、楽しんでいってくださいと力強く声を投げかけた。
そしてikuraのもとにマイクが戻り、4月から始まったこのアリーナツアー3か月のことを振り返る。残すところあと2日。長い旅が終わるようだと、寂しいと零した。スタッフも、メンバーも、ツアーを軸に生きた3か月。感動しすぎて生きがいになっていた3か月。また皆に会いに行くけれど、会いにいく機会を作るけれど、それでもやっぱり終わることが寂しくてと、ikuraは声を落とす。それでもと、ikuraは顔を上げた。目が合った。
来てくれた人、メンバー、スタッフさん、このツアーは一期一会で出会った人たちとライブをやってきた。一瞬一瞬を刻みたい。それぞれの生活に戻ってもここで鳴らした音を思い出して。またあなたに、あなたに、会いたいです。そんな思い出を作っていきましょう。
⑧アンコール
スモークが焚かれぼやけるメンバー。モニターもモノクロになり、急に現実味を失った、幻想的で不安定な光景が広がる。ikuraの声を頼りに必死にYOASOBIの音を掴もうと、ステージに心が体が引き寄せられる。
今日で終わる日に何を思うか。この曲を聞くたびにそう問われ、考えながら音に耳を傾ける。ペンライトを持っていなくても、スマホの画面をステージに向ける。皆でライブを作り上げていく。
祈りのようなikuraの声に心が重なっていく。
明日、世界が終わったら、どうする?ペンライトもスマホの画面も答えには程遠い。その一音の疑問が心に波紋を残す。私はどうするのだろう?わからない。わからないから、今この瞬間を全力で。そう思うと同時に、モノクロのまま音が消えた。
⑨もしも命が描けたら
別れの曲が続く。MCのikuraの言葉を思い出す。「一瞬一瞬を刻みたい」
毒を浴びたように目が痛くなる赤色。いや、この曲の赤色は血の色だろうか。人生が終わることを、このライブが終わることを意識して、心臓から一筋流れる鮮血。
MCからたったの2曲で今を生きることの大切さを教えられる。私たちはYOASOBIの音にある物語を知っている。その物語を通して、命の大切さを知っている。知っているけれども、一音一音が「もう一度考えろ」とこめかみに鈍痛を与える。
最後の一秒まで楽しむために、考えるために、私たちは耳も心も開いて澄ます。何も取りこぼさないように、自分の呼吸すらも控えめにして音符をなぞる。メンバーは未だ雲の上にいる。赤い光が後光のように差す。YOASOBIは私たちに、刻一刻と移る時計の針を突き付けた。
⑩たぶん
ikura「リラックスして身を任せて一緒に踊りましょう」
ikuraの声に催眠が解けたように肩の力が抜ける。何度か瞬きをすると、霧の向こうに見えた会場の端が急に私の傍に寄り添う。ステージが黄色く照らされて、YOASOBIがはっきり見える。雲はいつの間にか消えていた。YOASOBIは私の目の前でリラックスしながら音を奏でている。
メンバーの弛緩に合わせ、会場全体を張り詰めさせていた何かの力が緩んだ。観客は空気や音に肩を組まれただ体を揺らす。歌詞とは裏腹に軽やかな曲調。ゆっくりとしたリズムに合わせ隣の人と体を揺らす。音を楽しむ時間。
ステージは黄色から白色へ。隅から隅まで見渡せるほど、仕掛けが見えるほど明るく照らされる。小鳥がさえずる朝のように、音が、ステージが澄み渡る。
そしてikuraと観客のフィンガースナップで、パチンッ。小鳥も朝も消えた。
-MC-
Ayaseのどきどきわくわく物販紹介コーナーが始まる。このコーナーはグッズを着用したスタッフさんを紹介するコーナーであり、今回は3人が選ばれた。打ち上げ会場でパセリをむしゃむしゃ食べた、レーザー操作の本田さん。YOASOBIの未来を朝まで語らう仲、PAのフジケンさん。この人が居なかったらYOASOBIは生まれなかった、グッズ隊長でありYOASOBIを作ったYYコンビのうちの1人、マネージャーの山本さん。各スタッフさんがモニターに抜かれ、照れたように笑いながら、堂々と胸を張りながら紹介された。身長とTシャツの着用サイズを公表されるというサービスの徹底ぶりである。なお山本さんは全部のグッズを着用したうえで登場してくれた。
ここに紹介できなかった他のスタッフさん含め、皆で、ツアーを駆け抜けてきた。影の立役者であるスタッフさんたちへ、観客から長く続く大きな拍手が贈られた。
そして改めて、Ayaseがマイクを握りなおす。
Ayase「今日が一番よかった日にしたいと思ってる。最高の思い出作るので、よろしく!」
⑪大正浪漫
オレンジと緑の光が会場を照らし、そして交差する。今からまさにタイムスリップが行われるかのように、過去と現在が交差する。先ほどMCを聞いたから、光の一筋一筋に、一秒単位で変わる演出に、見たこともないスタッフさんの手つきが思い浮かぶ。
オレンジ色の光がぐるぐると回りだし、会場一人一人を指さし、私を指し、また隣の人を指さす。私が過去に手紙を送るとしたら、いつに送るだろう。そんな風に物語に意識が引っ張られそうになる。ステージ上のモニターでは巻物を広げるように色紙の模様が散らばる。
軽やかで煌びやかなキーボードがその色紙の上で遊ぶ。YOASOBIとスタッフさんが作る全力の"今"を楽しむ。私が"今"を全力で楽しむことこそが、過去の私が一番喜ぶことになるといい。そうなるように、私は全力で遊びたい。
⑫もう少しだけ
ステージ上に空が切り取られた。朝見た群青が現れ、その隙間を黄色やピンクの光が優しく満たす。
胸に手をあてて歌うikura。ステージの端から更につま先立ちで、観客の方に身を乗り出して踏み込んで歌ってくれる。手を伸ばせばそれこそ触れそうな距離にYOASOBIはいる。いてくれる。いつも会いに来てくれる。悩むこともあっただろうに、私たちを喜ばせようと、言葉と同じほど雄弁に行動が語ってくれる。YOASOBIの行動は私たちの記憶に山のように積み重なっている。だから私たちは、ステージに向かって笑顔で手を振った。もちろん、私たちもまた会いに行くよ。きっと私たちの思いも伝わっている。そのことを信じて。
⑬ラブレター
ピンクのリボンが交差するようにステージ上に現れる。皆がYOASOBIのステージをみて、きっと各々の音楽を頭に思い浮かべている。
この曲には声を合わせて歌う部分が多い。皆がそれぞれの気持ちを込めて、歌詞に向きあい、姿勢を正して丁寧に音を包む。それぞれの気持ちはばらばらにならずに会場でさらに大きな手紙となる。なんだか不思議だ。
ピンク色のペンライトはもっともわかりやすく思いを伝える手段だ。ピンクの手紙に会場が包まれる中、ikuraが合図を出さずとも声が揃う。気が急くみたいに早口で、難しい声出しだけれども、声を、思いを伝えるのが止まらない。観客は気持ちを包んでも包んでも止まらない。溢れ出る思いを紙ヒコーキにして飛ばすように、前に前にペンライトを振る。その声を、思いを、ステージのリボンが包んだ。
⑭祝福
先ほどまでの穏やかさを引き裂くように青色や水色、白色のレーザーが切り替わり会場内を暴れまわる。
声が出てないと煽られ、観客のボルテージは一瞬で切り替わり最高潮に達する。不規則にでたらめにレーザーが会場をマーキングする。レーザー観客を上から下まで水色で舐めた時、"祝福"が始まった。
心がひりつく。なのに歯を食いしばって覚悟を決めた時の爽快さを感じる。今度は観客も1つの目的に合わせて声を、拳を振り上げる。一つの単語で重なる声。でもまだ足りないと、より煽るように赤いレーザーが観客を撃つ。その光が眉間を突き刺し。意志が定まる。YOASOBIだけじゃない。私たちが音楽を作るんだ。揃い突き上げられる拳。止まらないコール。
そんな熱狂を見下ろすように、惑星を連想させる模様がバックモニターに映る。その星を背負ったYOASOBIは、宇宙を自由自在に駆けながら、観客を最高潮のまま引き連れて歌いきった。
⑮群青
「YOASOBIあと2曲!」Ayaseのカウントに観客が悲鳴を上げる前に、更に声を被せる。
Ayase「寂しがってる場合じゃねぇ!笑顔で帰ろうぜ!」
"祝福"から最高潮のまま引き継がれた"群青"。あたりが空一色に染まる。隣の人の息遣いが聞こえる、曲の始まり。裏腹に、観客はペンライトを強く握り直し、じわりじわりと笑顔を深め、青色のペンライトを強く振る。
好きなことは好きだという。それは今しかないと、次々曲が終わる現実を受け入れてきた観客は知っている。観客が音を奏でる番が着た瞬間に、飛び跳ね、手で、声で、奏でていく。
ときおり空色の中に白い光が差し込む。現実に希望が差し込むように、曇り空から晴れ間が差すように。空の様子は次々と変わっていく。これから先は明るい未来しかやってこないと暗示するように。
ikura「後は楽しむだけだー!」
ikuraは歌わず叫んだ。ikuraの煽りに合わせて思わずと、笑顔が深まるYOASOBI。YOASOBIはずっと笑顔で弾いてくれる。私たちはYOASOBIのその笑顔が見たかった。その気持ちが通じたのかと思った。
ikura「ありのままのかけがえのないみんなだ」
ikuraの笑顔に、そして観客の笑顔に合わせて、皆でラストコーラスを紡いでいく。高い声も低い声も、明るい声も物静かな声も織り込んでいく。メンバーも口ずさむ。ずっと笑顔で。仄雲も語りかけながらドラムを叩く。
全員が全員、歌いきった。
⑯アドベンチャー
ADVENTUREの文字の周りを"電光石火"のキャラクターたちが踊っている。最後の曲だ。
ステージ横のモニターに観客が映る。アトラクションを待つ時の、目がキラキラと光り笑うことが抑えられない。雰囲気からしてすでにワクワク顔だ。
最後だという現実に泣きそうになりながら、でも今この瞬間はイルミネーションのように輝いて仕方がない。ゲートが開く瞬間を待つように、楽しんでやるという気持ちが抑えられない。会場はテーマパークのように色が溢れている。色んな輝いている瞬間の表情がドローンによって映し出される。
ずっと鳴りやまない手拍子。ずっとテンポよく振られるペンライト。みんなが好きな色で振っている。
永遠にも感じる楽しい時間は、ずっと続きそうで続かない。このライブも終わりが迫ってきた。最後が来ることは知っている。でもまた会おうと、絶対に会いに来るからねと、私たちは今この瞬間の楽しいを目に焼き付けて、耳の奥に閉じ込めて、手を振り続ける。YOASOBIにも焼き付けてほしいから、笑顔で手を振り続ける。YOASOBIの音に応えることが、指きりの代わりだ。
この日一番、会場が明るくなった。観客もYOASOBIも目に焼き付けて、そして最後の1音に合わせて、ikuraの合図でジャンプをして、空中で永遠のように時が止まって、そして落ちた。
・そして
やまもとひかるが、ミソハギザクロが、仄雲が、AssHが、深く礼をしてステージを降りる。ikuraはステージの隅の隅までいって、つま先立ちをし観客と別れを惜しむ。Ayaseはゆっくりとステージ上を移動しながら、一人一人の顔に向かって手を振っている。
二人とも「その身に着けているの可愛いね」など観客一人一人に声をかけながら、何回も何回もありがとうを繰り返す。心から贈られる二人のありがとうに、私たちの方こそありがとうと声を返す。その声は止まない。止まない声に名残惜しそうにしながらも、2人はステージ中央に集まった。そして、最後の時間がやってきた。
「またね!」
ikuraは後ろ手にハートを作って、Ayaseは軽く手を振って、ステージを降りた。
・まだまだやれるだろ?
二人が消えたステージ、即アンコールの声が重なった。あちこちでアンコールの声が繰り返される。みんな気が急いていて速度がばらばらだ。あちこちでアンコールのグループが生まれ、合体して、すぐまた速度がばらばらになる。ただどのグループも大きな声でアンコールを繰り返す。
その間、”怪物”のインストバージョンをBGMにエンドロールが流れた。あまりの速さに、そして膨大に過ぎ去っていく人の名前の数の多さに、数えることは早々諦めた。せめてもの抵抗で目を見開いたままエンドロールを眺め続ける。顔が見えなくても、名前は焼き付ける。
エンドロールが流れ終わった。影のスタッフさんたちへ、惜しみない大きな拍手が贈られる。拍手が会場を包み、割れんばかりになって、そして再び、アンコールの合唱が始まった。興奮はまだ損なわれていない。会場の雰囲気はまだ、雷のように強烈で、燃え滾るマグマのように、熱い。
・EN-アイドル
ばらばらだったアンコールが揃う。全員の気持ちが一つに、YOASOBIを呼んでいる。何回手を叩いただろうか。いや、何回でも手を叩く。何回でも呼ぶ!大きな声で、力いっぱい手を叩いて。
明日に支障をきたしてもいい。今日を後悔しないために!
ピンクの光が素早く縦横無尽に駆け巡り、会場が淫靡に怪しく照らされる。アンコールは止んだ。煽るように低く響く英語コーラスに、声にならない声が上がった。次の曲を理解して、次第に雄たけびへと変わる。まさに今、記録を塗り替え続けている、あの曲だ。
歓声をのらりくらりと受け流し、照明が一点に集中する。"アイドル"が始まった。
ikuraの一音で観客から悲鳴に近い絶叫が上がる。演奏陣の叩きつけるように繰り出され続ける音圧に鳥肌が立つ。お返しは観客からの今日一番のコールだ。明日のことなんか何も考えていない。今、一瞬を生きている私たちが、声帯を傷つけながら声を上げ、投げ飛ばさんばかりにペンライトを振り、感覚が無くなるほど手拍子を打つ。
白い服に着替えたAyaseとikuraが緑と紫が踊るミステリアスなステージの上、全身で曲最後までのカウントダウンを刻んでいる。会場中がYOASOBIの音を喰らわんばかりに喉の限界を超える。それでも揃う観客の声。今日一番の声が更新され続ける。
Cメロで突如、ikuraだけが照らされる。絶対的な歌姫に向かって、紫色のペンライトが次々とひれ伏す。永遠にひれ伏しているように感じる、一瞬。
そして再び、会場中が紫の光で包まれた。今度はひれ伏すのではない。がむしゃらに暴れるのでもない。YOASOBIと観客とスタッフが、心を一つに、"アイドル"を最後の最後の瞬間まで楽しむために、周りとステージの呼吸を感じながら、命を燃やす。楽しい!楽しいしかない!このまま突っ走りたい!!
ただYOASOBIが奏でる1音1音を捕らえ、私の全力をぶつけて、返す。その交信が頂点に達した時、銀テープが飛び、"アイドル"は終わった。
会場中がすべてを出し切った。心地よい疲労感と虚脱感の中、最後の力をふり絞ってみんなを称える歓声と熱い尊敬を込めた拍手が、1階席から5階席を包んだ。みんながやりきった。
こうして、ぴあアリーナMMでの"電光石火"1日目は、幕を閉じた。
楽しい時間が終わるのは寂しい。でもそんな気持ちよりも、グッズを身に着けた興奮が、最初の一音に鳥肌を立てた一瞬が、観客と作り上げた空気の一瞬が、YOASOBIの笑顔を目に焼き付けた一瞬が、終わりを忘れさせてくれた終わりが、未だに私を掴んで離さない。その一瞬はきっと、忘れられない永遠になる。思い出すだけで泣きそうなほど心が震える。
そして何より、YOASOBIは言ってくれたのだ。この時間が終わるのは寂しい。けどまた、絶対に会いに来るから!
いつ、どこで、辛く悲しい時間が迫ってくるかはわからない。だけど、今日を思い出したら乗り越えられる気がする。次の一瞬の永遠を楽しみに、また会おう。
全14公演の千秋楽が明日、行われる。
これからも目まぐるしく変化し、記憶にも記録にも爪痕を残し続けるYOASOBIから、目が離せない。
Text 文音こずむ(『はじめての』文芸部 第1期生)
Photo by MASANORI FUJIKAWA