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魔法は自分でかけるから

小学生の頃、新聞の広告チラシを見るのが好きだった。
土曜日の朝刊には、新聞よりも分厚い広告が挟まっている。
母が見向きもせずに横に避けたその束を私はうきうきとしながら一枚ずつめくっては広げていた。
電気屋さんに家具屋さん、百貨店などのチラシの中でお気に入りをみつけると、それを手に入れた自分を想像する。もちろん買ってもらえるはずもなかったので、当時の私はその妄想を趣味として楽しんでいた。

中でも大好きだったのが、家のチラシだった。
中古物件情報の一覧のような、カサカサとした一色刷りの紙のものではなくて、新築マンションや一戸建て、ツルっとした手触りの全面フルカラーの折り込みの、チラシというよりはカタログに近いものが私のお気に入りだった。
そういうものには大抵、家の外観や庭がイラストで描かれているかイメージ写真がついている。
住宅展示場にあるような大きな家と、その間取り図を見ながら、そこに住む自分を想像しては幸せな気分に浸っていた。

私は母子家庭で、母と姉との三人暮らし。
お金に余裕はなく、たぶん当時はいつもギリギリのラインで生活していたのだろうな、と思う。
住んでいた家は二階建てだったけれど、長屋のように横に連なっていて、壁は触ったらボロボロと崩れてくる砂壁に、トイレは水洗でも浄化槽でもなく、大きな穴の空いた、いわゆるボットン便所。
そこに引っ越す前の家にはお風呂すらなかったので、多少はグレードアップしてると言えないこともないけど、友達を家に呼びたいとはやっぱり思わなかった。

文句を言っても嘆いても、どうしようもないことは分かっていたし、それを悲しむことも特になかった。
けれど、
父親がいたら、どんな生活があったのだろう。どんな家に住んで、どんな服を着て、どんなところにお出かけが出来ただろう。
そう思うことはたくさんあった。

いつからか現実の自分とは違う、もうひとつの世界の自分を妄想するようになった私は、ある日ふと思いついて、家の広告チラシの中から一番お気に入りのものを抜き出した。

間取り図の洋室と書かれたその中に、鉛筆でベッドの四角を書き込み、電気屋のチラシで見つけたコンポもその隣に配置した。
勉強机はここで、部屋の内装は白で可愛らしく。チラシに書き込めないものは頭の中で想像し足していく。そうするうちにどんどん楽しくなっていった。


最終的には、自分という設定を変えてしまおうと思い、父親、母親、当時欲しいと思っていた兄まで追加して、さらには自分の容姿が気に入らないので、その当時一番可愛いと思っていた女優さんに変えた。
ちなみに書いておくと、父親は藤井フミヤで、母親は鈴木杏樹。兄は堂本光一。
何のドラマだよって感じだし、そもそも私の年齢を考えれば両親役のお二人は若すぎるのだけど、早くに結婚して子供ができたっていう設定まで勝手につけていたのだから、今思うと怖すぎる妄想だなと自分で思う。

そして、その書き込んだチラシを小さく折りたたみ、自分の枕の下に敷いた。
私は毎日いくつも夢を見て、起きてもはっきりと内容を覚えているほどだったので、その妄想の世界も夢で見られるんじゃないかと思っていたからだ。
毎晩、眠る前にその紙を取り出して眺めては目を閉じる。
それを繰り返していたけれど、その夢を見ることは結局出来なかったと思う。
それでも、眠りにつく瞬間は幸せな気持ちに包まれるのが楽しくて飽きるまで続けた。

想像の中は自由で、何にでもなれる。
ネズミの走る音がしょっちゅう聞こえてくるような天井の下で、ただのチラシはカボチャの馬車のごとく、きらきらとしたあかるい世界へ運んで行ってくれた。
ガラスの靴もなければ、みつけてくれる王子様もいない。そもそもシンデレラでもなかったけれど。

あの頃の私は、無敵の魔女だったのだ。

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