機械設計ツールのエコシステムについて
エコシステムとは
エコシステムという言葉があります。
これを機械設計で用いるツール(CADとかPDMとか)に当てはめてみると、ある時代では強力だったエコシステムが、次の時代には対応できる別のエコシステムに取って代わっていました。この事を振り返り、現在に当てはめてみたらどうなるか!という話をしたいと思います。
CAD黎明期からパソコンCAD(2D)
黎明期は、自動車OEMや造船会社など大手の自社CADの時代です。自社で開発したCADとメインフレームがつながっている程度でした。他社や他部門との連携は考えておらず、とても小さなエコシステムです。
パソコンCADの時代になると、IBMと大手商社が組んで、MICRO CADAM エコシステムと言うべきものが出来上がりました。指定されたハードウェアとソフトウェアとサポートを用意して、とても居心地の良い設計環境を提供しました。図面を書く、保存する、印刷するという必要機能がパッケージ内で完結していたからです。
同様に、大手の系列でも、そこの「指定されたハードウェアとソフトウェアとサポート」の組合せで2DCADのエコシステムが出来上がりました。例えば、トヨタ系の MICRO CAELUM とか日立系の HICAD とかです。
一方、オープンアーキテクチャなCADのエコシステムも少数派ながらありました。ME10とかAutoCADです。ハードウェアの縛りが無い事、カスタム開発が出来る事、グローバルで使われていることなど逆に特長でしたが、エコシステムは自らで構築する必要がありました。
機械設計が手書きから2DCADへ移行する時期と重なり、また、編集設計により設計効率が劇的に上がったことで、とても幸福な時代になりました。1990年代の事です。
2DCADのエコシステムが、その後どうなったか? と言う振り返りをしていきます。
相互運用性の時代
時代が下って、パソコンでワープロや表計算をすることが一般的になってくるとどうなったでしょうか。例えば、表計算ソフトで作成した部品リストを設計中の組図に部品リストとして取り込みたい、表題欄に取り込みたい、というニーズが生まれる様になりました。
あるいは、他社のCADデータを取り込みたいというニーズも生まれてきました。2Dだけでなく、3Dのモデルデータを取り込むニーズが出てきました。(例えば、取引先の製品図面・モデル)
そうなると、今まで使っているエコシステムでは対応が出来ないと問題が起きてきました。例えば、
OSが異なるので、他社のデータが扱えない。インポートもエクスポートも出来ない。(当時のMICRO CADAMは独自OSで動いておりました)
有効桁数が異なるので、別のCADに取り込むと問題を起こす。(当時のMICRO CADAMは有効桁数が6桁しかなかった)
要するに、自分のエコシステム以外からのデータを扱う事が難しいということです。つまり、相互運用性が悪いということです。
逆に、相互運用の必要が無ければ、問題でもないので、おなじエコシステムを引き続き使うところも多くありました。
Windows、グローバル、3DCADの時代
時代がさらに下り、Windows、インターネット、3DCADの時代になると、いままでのエコシステムでは、立ちいかなくなりました。
Windowsに対応できない
固有のハードウェア、固有のソフトウェアで構築されているので、そのままではWindows上では動かない。動くようにしようとすると、そのための開発のリソースが無いということで、事実上、そのCADシステムのビジネスが頓挫しました。
グローバルに対応できない
日本固有のエコシステムの場合、当然、外国で同じエコシステムを使っている所はありません。超円高の時代で、日本の製造業がこぞって海外に展開するようになった時、海外で設計できないという問題がおきました。
3DCADに対応できない
もともと、2DCADとして設計されている場合、3Dモデルを扱うことはできません。そのために、3DCADを使う必要がある場合は、別に3DCADを購入する必要がありました。その場合、3DCADだけでは快適なエコシステムとは言えず、2DCADから移行しない(できない)ケースがありました。
例えば、MICRO CADAM → ハイエンド3DCAD → 出図用の2D図面が作れない → 別の2DCAD(例えば AutoCAD)→ 現在に至る という会社は多いです。
現在
3DCADがメインの時代になりました。MICRO CADAM の様に、当時使われていたCADはほとんど無くなりました。生き残りは、JWCADとAutoCADくらいかと思います。
無くなってしまったCADのユーザは、新しいCADの選定、設計環境の再構築、図面の変換や再製作と強いられることとなりました。
現在の機械設計ツールのエコシステムは、3DCADを主体としたものになっています。ハイエンド、ミッドレンジの違いがありますが、主となるCADシステム(あるいはメーカー)を頂点としたエコシステムをそれぞれ構築しています。
例えば、ダッソー社は、CATIA V5 を中心としたエコシステムを持ち、自動車OEMなどがユーザになっています。同様に、PTCはCREO、シーメンスはNXがエコシステムを持ています。
エコシステム内の図面化の機能も非常に意識していると感じます。例えば、Inventorは、2D図面はDWG形式です。PTCはオートデスクからDWG形式を利用できる契約をしました。Solidworks は2D図面は、DWG互換フォーマットです。
これらはどれも、STEPやネイティブデータで互いにインポート、エクスポートでき、相互運用性には優れていると言えます。また、AI、VR、CAE、CAM、Cloud など将来の技術にも対応しようとしています。
オートデスク社は、クラウドに粒状データをもつ、プラットフォーム戦略を発表しています。将来はより次世代のエコシステムに移行するものと思われます。
ユニークなのは、iCADをコアとしたエコシステムです。
日本国内の設備機械の設計に特化したエコシステムを構築しています。2D・3Dが一体となったデータ構造、独自のカーネル、大規模アセンブリでの高速処理が特徴です。どれも独自の技術で、素晴らしいと思います。また、規格部品の利用、シーケンス制御との連携なども他社より秀でていると思います。
将来
将来はどのようになるのか、生き残りがどこなのかはわかりませんが、次のようなトピックが重要になると思います。そして、次世代のエコシステムへ、以下にスムーズに移行するかが重要です。
クラウドベースへの対応
遅かれ早かれ、将来は設計資産はクラウド上に持つことになると思います。その時に、カギとなるのは設計モデルをどのようにして持つか?ということです。1ファイル(モデル)が数百MB(あるいはGB超)のモデルをいちいちダウンロードするのは効率悪いです。
オートデスクの場合は、CADのモデルをファイルとしては持たないようにすると宣言しています。粒状データと言って、設計モデルのある一部分をクラウドから直接(ファイルを開くことなしに)参照できるようになります。既に Fusion がこのやり方です。
OSに依存しない
デスクトップPCの環境では、MACかWindowsが主流ですが、将来、スマートフォンやタブレットも含めた環境が一般化することを思うと、どんなOSにも対応できることが重要になります。
同様に、開発環境も Windowsに依存せず、どんな機器からでも開発できるようにする必要があります。
これも、FusionはMACとWindowsで動きます。Python を使う事で、MACとWindowsでカスタマイズができます。
コンポーネント化(ツールセット化)
アプリを立ち上げて、アプリに用意された機能を使って、業務をするというのが現在のやり方です。例えば、CADを立ち上げて設計を行い、CAEを立ち上げて解析を行い、CAMを立ち上げてNCデータを作成する。というやり方です。
今後は、一つの業務の中で、必要なツールを利用するというコンポーネント化が進むと思います。スマートフォンが良い例です。
例えば、何かのアプリを使ったとき、ユーザの認証、日付や時間の入力、課金の管理などは、どのアプリを使っても同じUIがでます。つまりコンポーネント化された同じツールが利用されている事です。
例えば、「WEBブラウザ上で3Dモデルを表示する」場合、建築モデルでも土木モデルでも機械モデルでも、同じコンポーネントで表示できると便利です。また、表示する手前の処理で、DWGなのかSTEPなのかIFCなのか、元のCADのネイティブ形式なのかを意識せずにできる様になっているともっと便利です。そのための機能がコンポーネントです。
同様に、設計においても、同じモデル上で、モデリングをして、解析をして、図面化して、NCデータを作成して。というやり方になると思います。Fusionがまさにそうです。
温故知新
機械設計ツールのエコシステムについて、過去を振り返り、今後がどうなるかをまとめてみました。
今後どうなるか?で注目しているのは、iCADのエコシステムです。ユーザがとても満足している。機能も(いま求められている機能という点で)十分。周りの同業者も使っている。という点で、往時のMICRO CADAM を連想します。
別のエコシステムの住民から見ると、相互運用性がとても弱いです。また、グローバルという視点では、日本以外でどこも使われてません。これもまた、往時のMICRO CADAM を連想します。
今の設計環境がとても心地よいとしても、将来も同じとは限りません。後になって、その時の設計者に恨まれることの無いように、現状に満足せず将来に備えるのが良いと思います。
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