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一人の時間【第2回お題文学投稿企画「8月32日」】

 目を覚まし、スマホに目をやる。時計の表示は昨日のままになっている。八月三一日二三時五九分。もう三年は使っている古いスマホだとは言え、なぜそんなタイミングで止まってしまったのか。こんなバグもあるものかと、スクリーンショットを撮り、SNSアプリで投稿する。
「俺の八月はまだ終わってない」
 ついでにさっとタイムラインを眺めてみたものの、今日はまだ誰も投稿していないようだ。この部屋には時計がないが、朝の静けさからしたらまだ早朝なのかもしれない。
 ふと窓の外に目をやると、残暑とは言えまだ衰えを知らない太陽が燦々と輝いている。もう真昼の陽気かのようだ。
アルバイトも今日はないため、一日中家でダラダラと過ごすつもりでいたが、どうにも腹が減ってきた。宅配サービスを利用しようとアプリを開いたものの、配達員が全く出ていないのか、どの店にも注文ができない状態になっていた。
「こんな晴れた平日に、配達員の一人もいないもんかね。そんなに今って朝早いのかな」
仕方がないのでコンビニへ弁当を買いに行くことにする。玄関のドアを開けた瞬間から外気の蒸した空気が体中に絡みついてくる。外を三歩進めば汗が滴るほどの暑さだ。本当に真昼なのではないかと思えてくる。コンビニに到着すると、なぜか店員が誰も見当たらない。
「これじゃ盗み放題じゃないか」
 そう独り言ちても咎める者などない。幸いセルフレジが導入されているので物品の購入には問題ない。弁当コーナーへ足を運ぶと、その弁当の少なさに少々落胆した。しかもよくよく見てみれば、どれも消費期限が過ぎている。八月三一日の二七時まで、などと記載された弁当が数点残っているというありさまだ。
 店内には大きなアナログ時計がかけられている。ふと見やると、短針と長針は互いにほぼ重なるように、一二と一の間を指していた。
「もう昼間なのか! 道理で暑いと思った。けど……」
 そうなってくるとさすがに異変を感じずにはいられなくなる。九月一日で平日の昼間と言えば、大学生は夏休み中、小学生から高校生くらいまでは新学期の登校日だったはずである。暇な大学生が宅配の仕事に勤しんでいるはずだし、SNSも活発に更新されているはずである。
 改めてSNSを開いてみるものの、やはり更新はない。宅配サービスも未だ配達員がいない状態だ。
「どうなっているんだ……」
 この世から人が全くいなくなってしまい、自分だけが取り残されてしまったかのような気持ちになる。考えてみれば、外を歩く間に誰ともすれ違わず、向こうの大通りから車の走り去る音が聞こえても来ない。
「まって、なんかみんな今日タイムライン警備してなくない? リア充かよ」
 念のためもう一度SNSへ投稿してみる。投稿は正常に完了し、最新の投稿は自分のものが二つ、ぽつんと寂しそうに並んでいる。
 どうしても腹は減っているため、セルフレジで会計を済ませ、やむを得ず消費期限切れの弁当を頬張る。イートインコーナーにももちろん誰もいない。
 弁当はいつも通りおいしかった。
 暑い中ではあるものの、近所の小学校に足を運んでみる。この時間には、小学生たちが昼休みに校庭で遊んでいる時間帯のはずだ。
 しかし、学校に近づいても子供たちの声は聞こえず、ただ風が登校路の木々を凪ぐ音だけがさわさわとこだましている。校庭には誰一人出ていなかった。さらに言えば、教室の電気もすべて消えているようだった。今日は何かの理由で休校日だったのだろうか。
「九月一日に全学年休校にすることなんかあるか? それも職員室っぽいところまで真っ暗だ」
 本当に独りぼっちになったのだろうか。
最近、一人の時間が欲しい、とは思っていた。
 自ら望んだこととはいえ、サークル活動、友人との遊びの予定、三つのアルバイトの掛け持ちの状態に疲れてきていた。少しで良いから一人の時間があれば、と思いながら深夜に布団に倒れ込み、早朝に起きてアルバイトへ向かうという日々を送っていた。
疲労がたまっていたこともあり、どのコミュニティでも周囲の人とうまくコミュニケーションが取れずにもいた。もう、誰とも話したくない、とさえ思っていた。
今日はそんな中で取れた一年で唯一の休暇と言っても良い日だった。
 小学校の前でふと我に返る。誰とも話したくないと思ってやっと取れた休暇に、人を探している自分がなんだかおかしくなってきた。
「帰ろう。今日はダラダラするんだ」
 そう呟いて家に帰る。

 結局家に帰ってからは一人の時間を謳歌し、読書とゲームと動画サイト漁りを順番に回し、実に有意義な休日を過ごすことができた。ただ、やはり動画サイトに今日の新作動画が誰からも投稿されなかったことだけが気にかかったが。

 そして翌日。
 今日はまた朝からカフェのアルバイトでオープンからシフトが入っていたため、眠気眼をこすりながら始発電車に乗り、アルバイト先へ向かった。
「おはようございまーす」
「あれ、君、今日はシフトないでしょ? どうしたの?」
 予期せぬ言葉に驚愕した。九月二日はシフトが入っていたはずなのに。
 急ぎスマホに目をやる。スマホの時計は再び動き出し、九月一日の七時三八分を告げている。SNSからはリプライの通知が一件届いていた。
「スクショは二三時五九分だけど、おまえの投稿時間思いっきり九月入ってるからな。しっかり八月終わってるじゃねえか」
 タイムラインを見てみると、まだ早朝だというのに賑わっていた。
「sugoku nemui」
「満員電車で隣だった人が臭すぎて辛かった……」
「ふはははは、今日はオフだ! いいだろうみんな、羨め!」
 そんなタイムラインの中で、自分の昨日の二件の投稿には、数件の「いいね!」がついていた。投稿時間は、どちらも九月一日の0時0分。

 財布からは昨日の弁当代がちゃんとなくなっているし、動画の視聴履歴やゲームの進捗もしっかりと残っている。

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こちらのイベント参加のため、久々に短いものを書いてみました。

言いたいことを字数内で表現しきれていない気がしますが、もしよかったら感想等お寄せいただけると嬉しいです。

それでは・・・


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