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ひつじぐも

 朝焼けの終わり、すっかりおとなしくなった太陽を見上げる。彼女は自分の放つ光が、全く見えないところでたくさんのひとを生かしていることに、気がついているだろうか。すんと冷えた空気で、濃い緑色の葉っぱについた朝露が震える。

 いつもどおりの、優しげな朝であった。女はひとつ、ため息をついた。ほうっと湧き出た白いもやが散り散りになって消えた。なんだか無性に寂しくて、葉っぱを揺らす。朝露は張りを失って流れる。水の跡が一瞬残って、消える。

「カンナちゃんは、ここに座ってね」

「うん、何するの」

「じゃーんけーん、ぽん」

 紺色のベレー帽を被って、お揃いのセーラー服に身を包んだ女の子たちが、向かいのベンチに座る。女は少女らの、枝切れのような脚を眺めた。白いハイソックスに包まれた、可愛らしい脚。

「わあ、負けちゃった」

「勝ったよ、勝ったから、カンナちゃんの持ってるそのお菓子、ちょうだい」

 立っているほうの女の子が、座っている子のおでこに指を突きつけた。ちょうだい、ちょーうーだーいー。ちょうだいちょうだいちょうだい。ねえ、ちょうだいよう。

「嫌よう。これは沙里奈さりなちゃんのコラボなんだよ」

「だからじゃんけんしたんじゃない、いじわる。ねえ、ちょうだい。お菓子じゃなくて、沙里奈ちゃんのカードだけでいいから」

「嫌だってば」

 立っている女の子はむくれて、ベレー帽を脱いでもうひとりに投げた。暴力的衝動。優しげな朝を壊すような、破壊的衝動。ベレー帽がぱんと音を立てて座っている女の子に当たる。その深い紺色に、夜の破片を感じる。

 ひつじがいっぴき。

 女は呟いた。

 ひつじがにひき。ひつじがさんびき。

 昨夜はたしか、ごひゃくよんじゅうを過ぎた辺りで諦めたのだった。夜は怖い。たくさんのひつじがやってきて、通り過ぎていく。初めは可愛らしい子羊なのに、だんだんと大きなひつじになっていく。それから、年老いていく。

 しかし不思議なことに、頭のおかしくなるような数を数えても、ひつじが死ぬことはないのだった。老いぼれがよろよろと通り過ぎていく。もしあのまま夜と戦い続けたら。女は首を振る。夜は怖い。早く、逃げ出したい。朝へではなく、もう二度と夜のこない世界へ。

「なんでよう、譲ってよう」

「だめなものはだめなの、沙里奈ちゃんの最後のカードなんだよ」

「やだあ、沙里奈ちゃん、引退しないでえ」

 女は太陽を見上げる。たくさんのひとを生かしているあの光。彼女がいなくなったら、たくさんのひとはどうなるのだろう。太陽はそんなことを考えたことがあるだろうか。女は訴えるでもなく、ただ少し、涙を滲ませる。

 不意に、太陽の光が和らいだ。真っ白の、ぽこぽこした雲に覆われて透ける。雲は大群だった。太陽の前を、ゆっくりと横切って行った。少女たちが、沙里奈ちゃん、沙里奈ちゃんと泣きながら駆け出していく。たくさんのむくむくとした塊が順に太陽を隠す。

 女はただ涙をこらえて、その充血した目でじっと、雲たちが通り過ぎていくのを睨みつけている―。

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