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ロボットみたいな僕

 土曜夕方のファミレスはそろそろ混み始める時間だ。僕らはもう一年半くらい付き合っていて周りにも公認のカップルだから、学校のすぐそばの店だけれど気にしない。氷なしのコーラを音を立てて啜りながら、優希ちゃんはスマホを眺めている。

 さっきから、店員さんがこちらをずっと見ている。ドリンクバーだけで長い時間留まっているからだろう。でも優希ちゃんはまだ動きたくなさそうだから、僕はそっちの味方につく。

 目の前に置かれた参考書に目を落として、気がついていないふりをする。

 なぜかは知らないが、もともと国語の成績が良かった。

 文章を読めば主人公が何を考えているか手に取るようにわかった。筆者の言いたいことも簡単に読み取れた。古典だって結局は文章だ。少しくらい文法にわからないところがあっても、なんとなく推測して理解することができた。

 別に国語の問題だけじゃない。人が何を考えているか、次に何を言うのか、何をして欲しいのか、僕にはすぐにわかるようだった。そのおかげで、人間関係に困ることはあまりなかったように思う。

 部活帰りの友だちが窓の下を歩いていくのが視界の隅に見えた。運動部はあと少しで引退試合だ。高校三年の春。進路について、僕は何も考えていない。

 小学生のとき、親に名前の由来を聞くという課題があった。お母さんに聞くと、面倒くさそうに「適当だよ、そんなの」と言われた。だから僕はこう書いた。

「僕の名前は結城智也です。智という漢字はお姉ちゃんとお揃いです。ふたりとも、かしこく、周りのことをよく考えられる人になってほしい。そして、同じ漢字で結ばれた姉弟として、ずっと仲良くしてほしいという意味が込められているそうです」

先生は、素敵なお名前をもらったのね、と喜んではなまるを付けてくれた。

 適当に付けられた名前のわりに、僕はかしこく、周りのことをよく考えられる人間に育ったと思う。

「ねえ、何考えてんの」

気付けば優希ちゃんが顔を覗き込んでいる。しまった、今、気を抜いていたな。僕は空気を読んで、愛おしそうな顔をつくる。

「んー?優希ちゃん、可愛いなって」

彼女は顔を真っ赤にして、「うっさい、きもい死ね」と早口で言う。口が悪くて素直じゃないところは、いつも結構本気で可愛いなと思っている。

 でも本当は、僕が考えているのは「優希ちゃんが何を考えているか」ということだった。僕には感情がない。嬉しいとか悲しいとか、そういう当たり前の気持ちは、僕の中には見つからない。いつも想像して作っている。長い小説を読んで、主人公の気持ちを答えているみたいに。

 優希ちゃんがスマホを置いて、伸びをする。ふたりのコーラはいつの間にかなくなっていた。僕のことを上目遣いで見つめてくる。

「そろそろ出ようよ」

まるで僕がそうしたいかのようにこそっと告げると、彼女はちょっとむくれたような、照れたような顔をして立ち上がった。

 僕の平凡な物語は、どんなオチが待っているんだろう。小学生のとき、夢は宇宙飛行士だと言った。子どもらしい、いかにも先生に気に入られそうな夢だと思ったから。中学生のとき、お母さんがそう望むと思ったから家から近い適当な公立高校を選んだ。でもこの先は?僕は望まれたことは何でもやってきたけど、自分のやりたいことなんて何にもないんだ。

 誰もいない僕の家で、優希ちゃんとキスをする。彼女は専門学校にいくらしい。いつもやりたいことが明確に決まっている優希ちゃんに、僕は憧れている。

「可愛い」


優希ちゃんはちょっとはにかむ。その笑顔が見られて、僕はきっと嬉しいんだと思う。

「ずっと笑っててよ」

「やだ」

「優希ちゃんが笑っていたらきっと大丈夫だから」

「なにが?」

僕が、とは言えない。僕の行動で心から笑ってくれる存在に安心する。僕が生きている意味が見える気がする。

「優希ちゃんは可愛いから、笑っていて欲しいんだ」

「うっさい。なんでそんなこと軽々言うの。うざい、チャラい、さっさと死ね」

真っ赤な優希ちゃんはなかなか目を閉じてくれない。仕方がないから静かにキスを落とす。

 嬉しい顔をする。愛しい顔をする。とろけた顔をする。プログラムはいちいち意識しないと実行されない。まるで不良品のロボットみたいだ。

 目を瞑ってキスをする間だけは気を抜いていられる。優希ちゃんの唇は柔らかくて、ペタペタしていて、肌から良い匂いがして、だから僕はきっと今、興奮すべきときなんだろう。

 うまく人間になれない僕の物語は、普通の小説と違って結末が予想できないみたいだった。

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