ゆらゆら
瞼の裏には数多の星、壮大な宇宙。くらくて、息が苦しくて、つめたい。私はその中で、ゆらゆら、ゆらゆらと浮かぶ。大きな闇がまとわりついて、だんだんと自分の体すらも見えなくなっていく。指先からじわじわと感覚が消えていくようで、思考もままならない。本当の宇宙は空気がないから無音だ。でも、私の宇宙はがやがやとうるさく、どこかで誰かが笑っている。私だけが闇に飲まれていく。重たくのしかかってくる孤独と、どこまでも深い悲しみ。私の存在自体、ゆらゆらと不確かなものに思えた。
バスがぐらりと揺れて、私は薄目を開ける。煌々と遠くで放たれていた光の粒は瞬く間に広まって、眩しい現実が私の中に入り込んでくる。眉をひそめて再び目を閉じる。闇は払われて、元の綺麗な宇宙に戻っていた。
隣に座った彼は、通路側の席で周りの友だちと仲良く何やら喋っている。携帯を使ってゲームでもしているようだ。窓辺にもたれさせた頭を揺れに合わせて持ち上げて、ふかふかの座席にそっと置いた。私の宇宙も少し、角度を変えた。
くじ引きでこの席に決まったときは、心臓が止まるかと思った。よろしくな、と白い歯を見せて笑ってくれた彼に、私は小さく頷くことしかできなかった。可愛らしい彼の恋人が、まあ山本さんなら別にいいか、とため息をついていた。
キラキラと輝く星たちを眺めながら、彼の声を探す。向こうを向いて喋っているからわからない。こんなことなら、どちらがいいか尋ねてくれたときに、通路側がいいと言えばよかっただろうか。でも私はどうせうまく会話に混ざれないし、私越しに話をさせるのも申し訳ないし、やはり窓側でなくちゃいけなかったんだ。彼とは住む世界が違う。何光年先の彼方で煌めく星たちの中から、彼を感じ取ることなどできない。
また、闇が生まれる。見えなくなっていく宇宙。想像の中でくらい、結ばれてくれたっていいのに。楽しそうな修学旅行で場違いな空気を感じながら、私は孤独を噛み締めている。
もう一度バスが大きく揺れて、反射的に体が右に傾く。
「わっ揺れるなー」
すぐ近くで彼の声がして、肩に温もりを感じた。え、これって、もしかして。
「ん?山本さん、さっきからずっと寝てるよー」
また角度の変わった宇宙の上から、彼の声が降ってくる。くらくてつめたい宇宙の中で、私の肩だけが燃えていた。彼と繋がったそこだけは、想像じゃなくて現実だった。嘘っぱちの寝息が不規則になった。小刻みに揺れるバスでさえも、私の心臓の跳ねを隠してはくれなかった。
「そうそう、本当は山本さんも一緒に遊ぼうと思ってたんだけどねー」
明るすぎる彼は、いつもその光を私にまで分けてくれようとする。どんな闇も存在できないほど眩しい彼の隣は、今だけは、私のものと思ってもいいだろうか。
「疲れてるのかな、教室でもよく目瞑ってる」
「放っておきなよー、てか肩寄りかかってずるーい」
「眠ってんだから仕方ないだろ」
一人宇宙で闇にとらわれている私に気付いてくれるのは、いつも彼だった。彼女さん、ごめんなさい。今だけ、今だけだから、彼を想う私を許して。
寝返りを打つふりをして、もう少し、寄りかかる。なんだか自分じゃないみたいに大胆だ。重たかったらどうしよう。一人ぼっちの私は、いつだって重たい孤独を抱えている。
瞼の裏には遠くで輝く星たち、そして光を際立たせる闇。彼の白い歯が蘇って光る。私はつめたい心を溶かしてくれるような温もりを刻みつけるように、ゆらゆら、ゆらゆらと漂っていた。
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