好きになったら負けゲーム
「好きになったら負けゲームしようよ」
あたしは意気揚々と、この先絶対負けることのないゲームをもちかける。蓮はびくっとなって、眉間に皺を寄せた。
「一ヶ月毎晩寝落ち電話して、相手に対する感情が変わったほうが負けね。罰ゲームは愛の告白で。どう?」
「一ヶ月も?」
嫌そうな顔をする蓮の背中をばんっと叩く。
「いいじゃん、試しに今日電話してみようよ。絶対楽しいからさ」
そう言い残して、あたしはダッシュで家に帰った。まさか覚えてくれていると思っていなくて、夜ラインで「何時?」と送られてきたときは思わずガッツポーズをした。夜十一時半、布団に入って電話をかける。
「もしもし」
「蓮、こんばんは」
ちらりとカーテンを閉めた窓を見て、言う。
「もう寝る準備した?」
「おう。寝落ち電話なんだろ」
蓮はなんだかんだいつもあたしのわがままに付き合ってくれる。優しいんだ、昔から。
「でも小夜、彼氏いるじゃん。俺だって彼女いるし、好きになったら負けとか、無理だから」
さっそくきたな、と思って、あたしは用意していた台詞をすらすらと言う。
「お、蓮は負ける気なんですかぁ?あたしは負ける気しないから、全然平気なんだけどなぁ」
負けず嫌いの蓮は狙い通り、「はぁ?負けるわけないだろ、やってやるよ」と乗ってきた。
小さい頃から一緒に育ってきた。お隣の家に住んでいて、カーテンを開けたら蓮の部屋が見える。でもカーテンなんか開けなくたって、あたしたちは毎晩声で繋がることができた。
「蓮、彼女とどうなの」
「どうって?」
「うまくやってんの?」
「まあ、普通じゃね?ときどき出かけたりするよ。小夜は?」
「あたしも、別に、普通」
「あっそ」
ときどき、そんなふうにお互いの恋愛模様も聞きあった。でも相手のを聞きたいだけで自分は話す気はなくて、それよりも恋愛観とか、こういう恋愛が理想だよね、なんて話している方が楽しかった。あたしたちはすごく価値観が似ていたと思う。
他愛のない話ばかり、どんどん話題は移り変わって、眠る頃には初めに何を話していたのかなんてふたりとも覚えていなかった。たいていはあたしのほうが先に耐えられなくなって落ちていたけど、ときどき蓮のほうが早く落ちると、あたしはしばらくその息づかいに耳を澄ませてから電話を切った。
眠たげな小さい声も、普段は話せないような人生相談にかけてくれる優しい言葉も、今まで知らなかった悩み事も、蓮のほうが先に寝るとき聞こえる規則正しい寝息も、全部全部宝物になっていく。
一ヶ月って意外と長かったと思う。たった一ヶ月だと思っていたけれど、その間に夜の電話は当たり前になっていた。最後の夜に、蓮は言った。
「なあ、あのゲーム、俺の負けだよ」
「え?」
「ほら最初に言ってたゲームだよ。でもさあ、小夜だって、負けてるだろ」
あたしは信じられなくて、枕に涙がぽろぽろと落ちた。イヤフォンから、蓮のちょっと低い声が聞こえる。
「俺は毎晩話して、やっぱり小夜とは考え方とか全部合うなあと思ったし、疲れてるときに声聞くと落ち着いたし、会いたくなった。もう認める。好きだよ、小夜」
あたしは声を潜めてぽろぽろと泣く。夢みたいだった。ずっと前から、蓮だけが好きだった。
「なんか言えよ。小夜だって、寝言で俺の名前呼ぶくらいには俺のこと好きだろ」
あまりにも自信満々に言うから、ちょっと笑う。でも、寝言を聞かれていたなんて初耳なんだけど。
「あたしは負けてないよ」
嘘だ、と蓮が言う。どこから湧いてくるのか知らないけど、自信に溢れているところも好きだ。
「あたしはこのゲームする前から、蓮への気持ちは変わってない。好きになったんじゃなくて、ずっと、好き」
「好きなんじゃん!」
「好きだよ」
蓮はちょっと黙る。イヤフォンの向こうでごくりとつばを飲み込む音が聞こえる。あたしのもう一度溢れ出した涙の一滴が、枕に染み込んでいく。
「どうしようね、あたしたち」
あたしは馬鹿だから、両想いになったらすぐに付き合えると思っていた。蓮に彼女ができたと聞いて意地を張ってつくった彼氏とは、当たり障りのない範囲で仲良くしていた。どっちも別れてすぐ付き合うなんて、きっと学校中に変な噂がたつに違いない。蓮が悪く言われるのは嫌だ。今の彼氏と別れる理由を考えて、スムーズに別れて、蓮と付き合えるのはいつになるだろう。枕が冷たくなって、あたしは起き上がってカーテンを開く。
「わからない。でも、俺は小夜が好きだ」
窓越しに見える蓮の部屋は暗い。ぽっかりと浮かんだ冷たい三日月だけが、あたしたちを祝福していた。
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