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木枯らし

 大きな影が、林の中を抜けていく。のそり、のそりと、歩く。小さな道を、時折周りの木々にぶつかりながら、進んでいく。そのたびに色づいたもみじがさわさわと揺れる。肌寒い風が湯気をなびかせる。大きな影は小川をゆっくりと渡り、小屋の前で止まった。

 持っていた大鍋をそっと玄関の前に置いてからコンコンと二回ノックをして、またのそりのそりと帰っていく。黄色い屋根を超えるほどの、大きな影だった。

 茶色い蓋のついた大きなお鍋は、蓋に空いた小さな穴から一本の白い湯気をあげている。

 小屋の中では女の子が、男女ふたりの客をもてなしていた。男はつばの広い帽子を被って、紺のスーツに革靴を履いている。女は眩しい白のブラウスに同じ色のミニスカートで、ショートカットの艶々の黒髪を耳にかけている。男は優しげに眉を下げて、女は赤い唇をつんと尖らせていた。男が帽子を抑えて頭を下げる。

「お騒がせしました」

「いえ、ここは相談所ですから。仕事をしただけです」

小さな女の子が青い瞳を細めて微笑んだとき、ノックが響いた。

「あら、何かしら」

女の子はふかふかのソファから立ち上がると、男女の横を通って扉を開けた。冷たい風が吹いて、金色の長い髪が揺れる。曇り硝子の扉の外に、茶色い大鍋が湯気をたてていた。ぱっと顔を輝かせて、女の子は振り向く。

「おふたり、お時間よろしいですか」

 相談所に使っている小さな部屋の奥のドアを押すと、床がタイル張りのもう少し広い部屋が現れる。四人がけのダイニングテーブルが壁ぎりぎりに収まっていて、右手にはミニキッチンと棚があった。ふたりを席に座らせて、女の子は鍋敷きやら小皿やらを取り出している。

「あなた、ここに住んでいるの?」

今まで黙っていた女が、驚いた様子で聞いた。

「いえ、住んではいません」

「でも随分生活感のあるところね」

男が、やめろよ、と言うふうに小突く。女の子は小さな声で、そうですね、と言いながら、ミトンで持って大鍋の蓋を開けた。ぶわりと優しい香りが広がる。

 きのこ鍋だった。いろんな種類のきのこがたっぷり入っている。どれも鮮やかで艶々と光っていた。

「わあ、美味しそう」

男女が声を揃えて言う。女の子が小皿によそってテーブルに並べていく。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。

「どなたか、いらっしゃるんですか」

男が問うが、女の子はふるふると首を振った。それから四つ目の小皿を持って、先ほどの部屋に行く。

「不思議な子だ」

「ほんと、子どもだと思って馬鹿にしたらいけないみたい」

「何か事情があって、相談所なんてやっているのかもね」

ふたりは顔を見合わせた。すぐに女の子が帰ってきて、手を合わせる。向こうのほうで、カランカラン、と音がした。

「いただきます」

 きのこ鍋はあっという間になくなった。下に敷き詰められていた白菜も合わせて、三人はぱくぱくと平らげた。誤解が解けてまた結ばれた男女は、女の子にありがとうと言って席を立つ。

 相談所の大きな机に、ふたつぶの白いあめだまと、空の小皿が乗っている。カランカラン、と扉を開けて、ふたりは帰っていく。女の子は微笑んで手を振る。冷たい風が入り込んで、次の季節を告げている。温かい気持ちが溶け合って、真っ赤なもみじが寄り添うふたりを迎える。

「うん、食べたんだわ」

小皿を拾い上げて女の子が言う。

「今年も美味しかったよ」

カランカラン、と、もう一度扉が開く。鈴のようなありがとうが、風に乗って飛んでいった。

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