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黄色い屋根

 顔を出し始めたばかりの朝日が奥から差し込んで、町外れにあるその小屋は新鮮な空気を吸い込む。黄色い三角の屋根の表面は段々になっていて、よく見るとところどころ山吹色や菜の花色、蜀黍色なんかで華やかに彩られている。遠くから見るとそれらが全部合わさって優しい黄色に光るこの屋根を、女の子はいたく気に入っていた。

 満足げにひとつ頷くと、女の子は今日も玄関から小屋に入っていくのだった。

 小さな部屋を抜けて、奥のキッチンでお湯を沸かす。それから、白に真っ赤な木の実の絵柄が入ったティーカップになみなみと注ぐ。紅茶のティーパックの箱をふたつ、棚から取り出して眺める。深い緑色の箱がアールグレイ。淡いグレーがダージリン。二分ほど眺めてから、女の子はふたつとも丁寧に棚にしまった。

 ティーカップを支えて、部屋に戻る。臙脂色の大きなソファにゆっくりと腰掛けると、右の引き出しをほんの少し、その細い腕が一本通るくらいの隙間だけ開いた。中には白いシルクのコースターと、平たい缶。蓋に雲のない大空に天使が浮かぶ西洋画の描かれ、赤のラインで縁取られた缶の中には、濁りのない真っ赤なキャンディが三つ入っている。そこからふたつ摘み出して、女の子は机にコースターを敷いて乗せた。

 引き出しを閉じると辺りはしんとして、女の子はただ背筋を伸ばして前を見つめる。扉の曇り硝子の外側には、もうはちきれんばかりの眩しい朝日が迫っている。

 カランカラン、と音がして、扉を開けて男の子が入ってくる。

「あの、その、おはよう…」

「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」

女の子は丁寧にゆっくりと言う。

「ご相談はなんですか」

耳にかかるほどの長さで切り揃えられた髪の毛をふわふわと上下させながら男の子は慎重に女の子の目の前に歩いてくる。新品の小さなスニーカーが、真っ白の床をきゅっきゅと踏み鳴らす。大きな焦げ茶色の机を挟んで、女の子と男の子は向かい合った。男の子は目を逸らして言う。

「お友だちが、欲しいんです…」

言ってから、顔をぱっと赤らめて俯く。女の子は少し姿勢を崩して男の子の顔を覗き込むようにして、微笑んで言った。

「お名前は?」

男の子は、手の指をいじりながら答える。

「ぼく、カナト」

「カナト、手出して」

鈴のような楽しげな声で女の子が言う。男の子が恐る恐る両手を広げて机の上に出すと、女の子は真っ赤なキャンディをひとつ、その上に乗せた。

「わたしはサラ。カナト、寂しくなったらまたここへ来たらいいわ」

男の子はしばらく女の子をじっと見つめて、それからふっと微笑んだ。手のひらで、キャンディがきらりと光る。ふたりの顔は、小さな天使のように優しかった。

「ありがとう、サラ」

指でキャンディを摘んで、口に放る。じんわりと甘く、きゅっと酸っぱく、暖かな香りが鼻を抜ける。それから頬に入れて、右側だけぷっくり膨らませながら、もう一度にっこりする。

「また来るね」

 カランカラン、と男の子が帰っていく。女の子はそれをじっと見つめる。扉が完全に閉まると、もう一度前に向き直る。

 屋根の上で、チチチ、と鳥が鳴いている。微妙に違う黄色の不思議な魅力に誘われて、鳥たちは自由に止まって歌っていく。

 女の子はティーカップに手を伸ばして、そっと口をつける。ふう、と息を吹きかけて一口飲む。温もりが流れ込んできて、はあ、と息を吐く。

 突然、扉の向こうが暗くなる。曇り硝子を大きな影が覆う。コン、コン、と二回、ノックが響いて、女の子は立ち上がる。すると、影はすっと消えて、また無数の光の粒が膨らみ始める。

 扉を開けると、そこには平たい缶がひとつ。雲ひとつない青空に、優しく微笑む天使が描かれている。縁取りは青色。蓋を取ると、海のように深い青色のキャンディが五つ、ごろごろと入っている。

 女の子は缶を大切に拾い上げると、屋根を見上げた。もうだいぶ高くなった朝日が、大好きな黄色い屋根を燦々と照らしていた。

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