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真面目な女の子

 年明けには転校生がやってくると先生が言っていた。都内の超進学校の編入試験をパスしたのだから相当にすごい人に違いない。名前を聞いて検索すると、何かの賞をとったとかでニュースに顔写真が出ていた。

「初めまして、坂田奈子です。大阪からきました。その前は石川、岩手。生まれてから小学生までは千葉にいました。〇〇年10月15日生まれ、てんびん座、血液型はB。シスジェンダー、ヘテロセクシャル。好きなことは料理と食べること。以上です。よろしくおねがいします」

 深々と頭を下げた彼女は、写真で見たイメージよりも小柄で優しそうな感じがした。

「ねえ、あなたの名前は?」

微笑みながら聞かれたとき、その瞳がキラキラしていて、ちょっとどきっとした。

「私は小嶋ひより。よろしく」

 隣の席で彼女は、みんなが眠そうにしている授業でも一生懸命にノートをとっていた。ちらっと覗くとノートは半分に区切られていて、左半分に板書、右半分には自分の知っている知識と結びつけたりしたメモが書かれているみたいだった。

「このクラスには、トランスジェンダーの人やセクシャルマイノリティの人はいないの?」

「うーん、いないね」

と僕は言った。

「どうしてそんなこと聞くの?」

「先に知っておきたかったの」

「そう」

 昼休み、移動したりするのが面倒なので僕は自分の机でご飯を食べている。彼女もそれに習って一人で食べるみたいだ。色鮮やかで綺麗なお弁当の蓋を開ける。

「変な人だって、言わないのね」

「誰が?」

「たくさん転校したけど、どこに行っても言われたわ。そもそも用語が通じなかったり」

「単に時代が変わってきてるんじゃないの?」

「そうかしら」

 彼女は、きっと女子の集団の中にいたらみんなに褒められるような華やかなお弁当を、僕の隣でぱくぱくと口に運ぶ。美味しそうな真っ赤なウインナーも、優しい黄色の卵焼きも、桜でんぶのびっしりかかったご飯も、一瞬で飲み込んでいく。

「小学校のときね」

もそもそと、彼女が言った。

「トランスジェンダーの男の子がいたの。見た目はとっても可愛らしい女の子だったわ。細くて、白くて、守ってあげたくなるような」

 僕は購買で買った焼きそばパンを食べかけのまま机に置いて、耳を傾けた。思い描きながら話すような彼女の口ぶりはとても優しくて惹き込まれる。

「でも、中身は元気いっぱいの男の子なの。大きくなるにつれて、着替えが男女別になったり、男女で一緒に遊ぶのが不自然になったり、男の子から恋愛対象として見られたりするのが辛くなってしまったみたいでね」

 お弁当箱の蓋をしめて、お茶を飲む。保温の水筒には温かい紅茶が入っているみたいだ。窓からの冷たい風に揺られた湯気が眩しい。

「来なくなっちゃったの。学校」

 ちらりとそちらを向くと、彼女は逆光の中とても眩しく笑っていた。

 僕は心臓がはちきれそうだった。この初めて会った女の子を、どうしようもなく抱きしめたかった。きっと勉強したんだろう。さっきみたいに熱心に、真剣に学んだんだろう。マジョリティにもちゃんと名前がついていることを知らない人だっている。周りの人に説明したりもしただろう。でもきっと理解してもらえずに、一人ぼっちで生きてきたのだろう。そういえば彼女が載っていたニュースは、弁論のコンテストだった。一人で強く訴えてきたのだろう。

 その男の子のために。

「急に重い話してごめんね、聞いてくれてありがとう。もし良ければ私、あなたと仲良くなりたいな」

「僕も、もっと君を知りたいと思った」

 少しでも多く知って、理解して、寄り添ってあげたい。彼女が言いたいことを自然に言える相手になりたい。近くにいたい。それから、僕の話も聞いて欲しい。

 彼女は少し目を丸くしてから、優しく言った。

「良かった。ひより、これからよろしくね」

 そしてできることなら、新しい恋の相手に僕を選んでほしいと思うのだった。

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