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ぬくもり

 黄色い雰囲気のお店だった。暖かな蜂蜜色の光が上から煌々と落ち、棚や床は木の温もりで輝いていた。売っているのは革の小物や使いやすい文房具。女の子はぶかぶかのブーツを踏み鳴らして、店内をゆっくりと物色していた。

 外はしんしんと雪が降っているのに、このお店はなんとも暖かい。ブーツについた白く柔らかいものは、いつの間にか溶けてなくなってしまっていた。

 女の子はカラフルな文房具を前に足を止める。ボールペンひとつにも数え切れないほどの種類がある。試し書き用の白い紙には、丁寧な文字で「こんにちは」と書かれている。女の子は赤にゴールドのラインの入ったデザインのボールペンを手に取ると、その下に拙い文字で「こんにちは」と書いた。そして、少し考えてから、お花の絵を描き足した。青い目をくるんと光らせて、女の子は満足げに頷く。ボールペンを握りしめて、顔をあげる。

 隣の棚には、たくさんのレターセットが置いてあった。無地の色とりどりのものから、初めて見るキャラクターのものまで。女の子は目を輝かせて眺める。

 封筒が透ける素材になっているシリーズのところに顔を近づける。長い金色の髪の毛がさらさらと溢れ落ちる。便箋の裏側に柄がついていて、封筒を透かして見ると可愛らしい。華やかな花柄のデザインのを選んで、女の子は取り上げる。

「何を書こうかしら」

 引き出しに仕舞った白い手紙を思い出す。真っ白の封筒に便箋。達筆な黒い文字。女の子は少し戻って、文房具の棚から十二色入りの色鉛筆を取り出した。

「そうだ、カナトにも書こう」

くるっとスカートを翻して、女の子はお店のおばあさんに品物を持っていく。蜂蜜色の光の下で、髪の毛が細く一本一本輝く。おばあさんは優しい笑顔で、ボールペンと、レターセットと、色鉛筆を包んでくれた。

「はい、ありがとうね」

「ありがとうございます」

 女の子は雪の中、ベルベットの深緑色のワンピースに茶色いダッフルコートを重ねて、ふかふかのスノーブーツを前に運ぶ。コートのフードを被って、その上に白く優しい粉が落ちてくる。足元が、雪が水になって流れる道路から、だんだんとふかふかの雪に変わっていく。街の明かりはぽつぽつと消え、やがて林の中に入る。

 見上げると、複雑に入り組んだ枝に雪がつもり、その向こうに暗く重たい夜の空が潜んでいる。女の子がつけたライトに照らされて、降ってくる白い雪がきらきらと光る。

 胸に垂らした髪の毛がしっとりと湿って、ぽとりと水滴を落とす。スノーブーツはサイズが大きくて、歩くたびにぱかぱかと鳴る。時折、びゅうと風が吹いて、どこかで雪がばさりと落ちる。すべてに平等に、雪はしんしんと降り続ける。

 木々が開けて、小さな川に出る。濁った水が音を立てて流れている。平らな岩をゆっくり三つ渡って、開けた場所に出る。一面の白。一面の雪。真ん中に、小さな小屋。

 小屋に続く、まんまるの足跡が一筋。

 女の子はその足跡を辿っていく。黄色い屋根はすっかり白い屋根に変わっている。粉のような穏やかな雪が、しんしんと降っている。

 曇り硝子の扉から、暖かな光が漏れ出ている。扉の前に、銀の包が置いてある。手袋を外して持ち上げると、かじかんだ手が溶けていくようなぬくもりが感じられる。

 カランカラン。小屋の中には大きな焦げ茶色の机と、臙脂色のソファと、そこに腰掛ける白髪の少女。

「おかえりなさい、サラ」

「ただいま。お留守番ありがとう、リカ」

 コートを脱いで奥の部屋へ入っていく女の子に、リカと呼ばれた少女がついていく。しばらくしてふたりは戻ってきて、銀の包を開ける。

「わあ…!」

ほかほかの焼き芋が入っていた。割ると、内側はとろっと蜂蜜色をしている。

「あったかいね」

「あったかいね」

 長くふわふわの金色の髪の毛と、短くつんつんした白色の髪の毛が、触れ合ってくすくすと笑った。小屋の中が、優しい黄色の雰囲気で満ちていく。

 小屋から林まで続く足跡は、新しく被さる白い雪で消されていく。その速度に負けないように、ゆっくりと、小さなまんまるの足跡が林のほうへと戻って行った。

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