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溶けていく気がする

 両親はとっても仲良し。週末は二人でいろんな所へ出かける。泊まりに行くことだって、しょっちゅうある。

 そうしたら、私たち姉妹の天下だ。何をしても怒られない。勉強をしなくても、お風呂で歌っても、夜にアイスを食べても、ソファの上で寝転んでも、絶対怒られない。

 昼間の十一時に行ってらっしゃいをして、私たちは二人でソファでごろごろしていた。今日は、私も部活がお休みだし、お姉ちゃんも何にも予定がない。

 三つ年上のお姉ちゃんはこの間、高校の部活を辞めた。中学で始めたバスケっていうスポーツはお姉ちゃんには合っていなくて、今までと違うチームで長い通学時間と戦いながら頑張るのは無理だったみたいだ。

 私はお姉ちゃんがバスケを始めたときに、一緒に始めた。小学校四年生で近所のミニバスチームに入ってから、私はバスケの楽しさにハマっちゃって、めきめき強くなった。そのまま中学のバスケ部に入るのは自然な流れで、ミニバスからの仲間たちと一緒に、厳しい先輩たちにしごかれている。ときどき、お姉ちゃんを知っている他校の先輩たちから、花凛先輩よりうまいじゃん、とか、似てないね、とか言われて、私は嫌な気持ちになる。ミニバスに入ったとき、同世代の子たちはもう試合ばっかりしていて、四年生で始めた私は小さい子たちに混ざって基礎を教えられていた。それが悔しくて、ドリブルとか、パスとか、こっそり練習した。私の練習を見てくれたのは、いつだってお姉ちゃんだった。

 お姉ちゃんは高校生になってやっと買ってもらったスマホをいじりながら、真凛ちゃん見て見て、とお友だちのお洒落なインスタグラムを見せてくれる。このカフェいいね、美味しそう、今度一緒に行こっか、なんてはしゃぐお姉ちゃんを見て、私も嬉しくなる。

 部活をやめてからの花凛ちゃんは、とっても楽しそうだった。

「花凛ちゃん、ゲームしようよ」

二人でやるならスーパーマリオブラザーズがいい。お姉ちゃんは任天堂DSを二つ取り出して、可愛らしいどうぶつの森の柄が描かれた3DSを私に渡して、グレーのDSiLLを自分で開いた。通信モードにして、肩を寄り添ってお互いの画面を見比べる。小さなマリオとルイージが、クリボーを踏んづけて、コインを獲得していた。高校生になっても、まだ中学一年生の私に合わせて一緒にゲームをしてくれるお姉ちゃんが大好きだ。

 お姉ちゃんはゲームが下手くそだった。ジャンプをしろって言ってるのに、すぐパックンフラワーが出てくるドカンに飛び乗って死ぬし、マグマが飛び跳ねる炎の池に落ちて死んだ。でもお姉ちゃんは、ゲームだけじゃなくて、何でも下手だった。バスケも、勉強も。私と同じ育ち方なのに、いつも私のほうがよくできた。両親は揃って私ばかりを褒めるけれど、それは間違いだった。お姉ちゃんがいるから、私は頑張れるのに。

 夢中になってゲームをしていたら、夕方の五時になっていた。結局お姉ちゃんのルイージは一度もマリオに勝てなかった。可哀想なルイージはいつも真っ逆さまにどこかへと落ちて行った。私たちはやっと飽きてきて、DSの電源を落としてまたソファでくったりした。

「ねえ、真凛ちゃん、中学校楽しい?」

寄り添って二人、お互いの体温を感じながら話す。

「うん!とっても楽しい」

「そっか」

「花凛ちゃんは?高校って、どんなところ?」

「つまんないよ。でも、お友だちといるのは、楽しい」

「そうなんだ…」

高校って、つまんないところなんだ。お姉ちゃんは高校受験はうまくいかなかった。それが関係しているのかな。お姉ちゃんを傷付けたくないから、そんなことは聞けないけれど。

 私たちは両親が用意していったハヤシライスをお皿によそって、隣に並んで黙々と食べた。向かい側は両親の席だ。ご飯を食べるとき、私とテレビの間にはお姉ちゃんが座っていて、私はいつもテレビを見るふりをしてお姉ちゃんの横顔を見ている。

 お姉ちゃんの顔は美人のお母さん似だ。私の顔は丸々としたお父さん似だ。全く似ていない。お姉ちゃんの性格は穏やかなお父さん似だ。私の性格は勝ち気なお母さん似だ。これまた、全く似ていない。

 両親のいいところを合わせたようなお姉ちゃんが、私はとっても好きだ。

「ねえ、アイス食べよっか」

冷凍庫からお父さんの大事なチョコモナカジャンボを取り出して、お姉ちゃんがにやりとする。

「明日買い足しておけば大丈夫でしょ〜」

「わーい」

私たちはチョコモナカジャンボを袋から取り出して、真ん中でパッキリ、半分に割った。二つ並べたお皿の上に片方ずつ乗せて、もう一度テーブルに運ぶ。私が意気揚々とかぶりついたとき、お姉ちゃんのスマホが鳴った。

「ごめん、先食べてて」

スマホを持ってリビングから出ていくお姉ちゃんを見送りながら、私はジャンボを噛み砕いた。モナカは思ったより固くてバリッと音がして、中のチョコはパリパリで、静かなリビングによく響いた。私もお姉ちゃんもアイスが大好きなのに、濃いチョコレートの味もあっさりしたバニラアイスも何にも美味しくなかった。

 お姉ちゃんの部屋から、笑い声が聞こえてくる。とっても楽しそう。私といるときに、あんな笑い方、見たことない。早く戻ってこないかな。お姉ちゃんが隣にいない。それだけで全部、つまらなく思えてくる。

 隣のお皿のジャンボは、半分に折ったところからバニラアイスが溶け始めて、お皿にべったりくっついている。私はモナカを一列ずつ黙々と食べ続けて、もう最後の列になってしまった。こんなにゆっくり食べているのに、あと三口で食べ終わる。お姉ちゃんはまだ戻ってこない。

 敵やマグマにぶち当たると、タラッタタラララ、と音がして、ルイージは真っ逆さまに落ちていく。そのたびにお姉ちゃんは諦めたように笑って、もう嫌だー、なんで私ばっかりー、と嘆く。

 お姉ちゃんは、私が嫌いなのかもしれない。三つ年下の妹といつも比べられて、嫌な思いをしてきたんだ。でも優しいから、私と一緒にいてくれる。お姉ちゃんは優しいんだ。でも、大きくなるにつれてだんだん、お姉ちゃんが遠くなる気がする。涙がどんどん流れていく。止めなくちゃ、止めなくちゃ。仲良し姉妹の関係も、どんどん溶けて、流れていく気がする。

 パタパタと足音がする。お姉ちゃんが戻ってくるんだ。私は涙を拭って、精一杯の笑顔をつくる。

 今日は、私たち姉妹の天下だ。二人を比べる人はいないし、私たちは平等だ。比べられなければ、お姉ちゃんは私を好きでいてくれるはずだ。私がお姉ちゃんを大好きなように。

 「もうアイス溶けちゃってるよー」

 リビングに入ってきたお姉ちゃんに、ジャンボが溶け出したお皿を指差して、わざとらしく口を尖らせてみせた。

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