ソーダアイスキャンディ 2/2
爽やかな朝に、夏のきらきらした日差し。光を反射するみたいに眩しく笑うから、あたしは軽く目を伏せる。
「お、怜央じゃん、おはよ」
高木くんは人気者だ。付き合う前からわかっていたことなのに、あたしは少し寂しくなる。同じ学年の陸上部の男の子たちは、あたしには気づきもせずに話し始める。
「おまえ、テスト、どうよ」
「さあな」
「また再試くらったら、さすがに大会出してもらえねえよ」
「またってなんだよ、前再試くらったのは俺じゃなくて勇斗だろ」
「うるせえ」
あたしたちが付き合っているのを唯一知っている矢崎勇斗くんが、扇風機に当たりながら目配せしてくる。みんながいなくなってから、あたしはくすりと笑った。
「矢崎くん、再試だったんだ」
高木くんはこそこそ声が聞こえるように少し顔を近づける。それだけでどきどきしてしまうのは、あたしだけなんだろうか。
「そうなんだよ、あいつ頭悪くて」
「高木くんもぎりぎりだったじゃん」
「それは言うなよ」
くすくすと笑う。最近目に見えて身長が伸びている高木くんは、つり革を掴んだまま背中を丸めている。車内は涼しいのになぜか熱くて、汗が首を伝った。
「あ、ごめん、借りっぱなしだった」
手持ちの扇風機を受け取り、慌てて首元を冷やした。
単語帳を持ち直す。高木くんから見えないようにして、問題を出す。昨日は全然だめだったのに、当日の今日になってやっと、高木くんはだいぶ答えられるようになっていた。
昨日を思い出す。ファミレスで、ドリンクバーでコーラを何杯も飲みながら、一緒に勉強をした。
「すごいな、原さんは」
高木くんが、コップの下に溜まった水を拭きながら何気なく言った。あたしはほんとうにわからなくて、頬杖をついて尋ねる。
「どうして?」
「どうしてって」
困ったように、目が泳いだ。
「だってこんなに勉強ができて、教え方もうまいし」
「やればできたじゃん、高木くんも」
「それは原さんのおかげだよ」
優しいんだな、と思う。優しくて、明るくて、かっこよくて。だから高木くんはみんなの人気者だ。
「あたしは、高木くんがどんなに丁寧に教えてくれてもきっと速くは走れないから、高木くんのほうがすごいと思うなぁ」
「勉強と走るのはまた別じゃん」
高木くんは謙遜する。走るだけじゃなくて、あたしは高木くんの全部をすごいと思っているのに、言葉では伝えきれない。
「うん。でも、すごいよ」
「ありがと」
にこっと笑った。爽やかな笑顔が眩しくて、切なかった。
「コンビニ寄って帰ろう」
うん、と言って、斜め後ろを歩く。あたしのバイト先のコンビニで、アイスコーナーを物色する。今日も出勤している美住さんが、にやにやとこちらを見ていた。高木くんがソーダ味のアイスキャンディを掴む。
「それ、美味しいの?」
「うん! よく陸上部のみんなで食べるんだ」
普段カップのアイスクリームばかり食べるから新鮮だった。あたしも爽やかな青色を取り出して、レジに持っていく。
「彼、背伸びたんじゃない?」
こそこそと、美住さんが言う。高木くんはこのコンビニの常連さんで、美住さんもすっかり覚えていた。
「そうですね」
「ますますかっこよくなって。もてるでしょ」
「もて、ますね」
そうだ。高木くんはもてる男の子だ。すでにできることがたくさんあるのに、勉強まで頑張っている。それに比べてあたしは地味だし、運動もできないし、勉強だって、そこまでできるわけじゃない。
「原ちゃんも可愛いんだから、お似合いよ」
美住さんが言ってくれる。でも、あたしはもっと、頑張らなくちゃいけないと思う。
「ありがとうございました」
自動ドアが開いて、人工的な白い光と夜の闇が滲む。左側に高木くんがいる。アイスキャンディを食べる。
爽やかな青色が、あたしの熱で溶けていく。ときどき触れそうになる左手を持て余している。夏の夜、しっとりと手が湿っている。
すっと息を吸った。頑張る。あたしは高木くんの隣にいていいんだと、確信したい。
慎重に、指に触れた。高木くんが振り返る。かすれた声で、囁く。
「怜央、くん」
指を絡める。耳が溶けそうだ。震えながら見上げる。高木くんは、ん、と答えた。ちらりと目が合った。何か言いたげに開かれた口から、はぁ、と大きな息が漏れた。
何を言いたかったんだろう。今日はいつもどおりだ。あたしの精一杯の勇気に、何と答えようとしたのだろう。
テストが終わったら、高木くんは陸上部の大会がある。まだ二年生だけれど、高木くんは去年から大会に出してもらっているらしい。それが終わるのはいつになるだろう。
「大会、出るんでしょ」
英単語を確認しながら、いじわるで言う。ねえ、高木くん。大会が終わったら、あのとき言おうとしたこと、教えてくれるかな。
「うん。まずは今日のテスト、頑張るよ」
頑張ろうね。でも、あんまり頑張りすぎて、あたしをおいていかないでね。
高木くんが、ふいに腕を伸ばした。練習で日に焼けた、たくましい腕。
「だからさ、試合観に来てよ」
え、と見上げる。そうしたら、みんなにばれちゃうよ。高木くんは優しく笑った。窓の外の太陽を反射するような、眩しい笑顔。熱い指がそっと、あたしの頬に触れる。
「美怜」
大好きな男の子の呼ぶあたしの名前が、今まで聞いたどんな言葉よりも輝いて、心にすっと滑り込んできた。やっぱり高木くんはすごい。一瞬で、あたしの気分を晴れやかにする。
うん、と頷いて、眩しい笑顔に笑い返した。
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